第22話 見張り
私とスーは天幕を張り、ミノタウロス達もそれぞれ野営の準備を始めた。
そうは言っても、ミノタウロス族も野宿することはまったく苦にならないようで、この旅の道中も野原に何も敷かずにごろんと横になって眠っていたが。
「ネーヴェの水を飲み損ねたのは惜しかったなぁ」
栗毛の弟がさも残念そうに言う。
「山の上の水と比べてはどうだ」
アインが聞くと、兄弟は口を揃えていった。
「上の水のほうがうまい」
ぴったり重なった声に、思わず私は笑ってしまった。
アインを見ると、遠くに目をやっている。警戒のためかと思ったが、視線が上向きだったので、山を見ているらしいと分かった。
「飲んだことあるの?」
「山の上の水か? ああ、ある。やはりルーラードがいるのはモンテ山で間違いない」
これまで、アインとルーラードさんとの話は聞く機会がなかった。
アインが凶刃カストラートに部族を襲われ、ルーラードというミノタウロスの隠者に助けられてその後暮らした、という部分を聞いただけだ。
家族のような親しみがあってもよさそうなものだが、アインはその恩人のことをあまりよく思っていなさそうで、自分から語ろうとしないし、あまりその名も口に出さない。
聞いてみようかな、と思ったが、もう少し落ち着いた場所の方がよさそうな気もする。
ヌヴォラの街について時間がとれたら、あらためて聞いてみようかな。
「昼間の集団は、なんだったんでしょうか」
葦毛さんが薪をくべながら言う。
「人族の野盗集団と聞いていましたが、あれは明らかに人ではありませんでしたね」
スーが沸かした湯に粉末を入れながら言葉を紡ぐ。たしか、あれはスーの秘密の調味料のひとつで、野菜の旨味を凝縮させた特製のものだと話していたものだ。
「私は、最初に姿を見せたフードの人……人なのかな。あっちの方が気になったな」
「同感だ」
アインが次いだ。
「俺が感じた影の気配は、おそらくあの者から感じたものだった。だが、奴は姿を消し、その後の戦闘には姿を現さなかった。手下をけしかけ、姿を消した、という感じだ」
「俺にはよくわからないんですが、怪物達ってのは、そんなふうに上下関係なんかがあるもんなんですか?」
葦毛さんが言うと、アインもスーも顔を見合わせて黙ってしまった。
沈黙がそのまま答えだ。
それは考えられない、ということなのだろう。
「つまり、まとめると、影の気配をもっている何者かがいて、そいつは影らしき怪物を手下として操ることが出来る、と。そういうこと?」
スーが頷いて口を開く。
「付け加えると、私達が得た情報では、それは人族の野盗だとされていたので、その何者かは人族である可能性がある、と言えます」
「怪物を操る人間……そんな人、世の中に存在するの?」
わかりません、とスーは首を振った。
「ただ、得た情報や見たものから考えると、そういう結論に帰結します。もしかしたら、古代文明などにおいてはそういう力があったのかもしれませんし、魔法のような力なのかもしれません」
「分からんことをいつまでも考えていても仕方あるまい。敵方に知恵があるとして、再度奇襲を仕掛けてくる可能性がある、という部分だけが重要だ。今日は月精の警戒だけに頼らず、交代で見張りを立てるとしよう」
私は頷いて、スーがよそってくれたスープを受け取った。
口に含むと、じゅわっと甘さとしょっぱさが口に広がる。
温かいものを食べると、体に力が戻ってくるような気がする。
「よし、わかった。でも、見張りって、具体的にどうしたらいいの?」
「私がトリル様と二人で、月の頂点まで見張りましょう。見張りのことも含めて、お話できますし」
「では、俺は先に仮眠をとり、そこから朝までを請け合おう」
そんな打ち合わせをしながら、私達の簡単な夕食はすぐに終わり、休める者は休もうという流れになった。
私達はどうすれば、と言う商隊の三人には、眠ってもらって構わないということになった。
「一応、武器になるものは手の側に置いておけ」
アインはそう言うと、彼らが横になったすぐ側で、膝を折らずに立ったまま目をつむった。
あの格好でも十分に睡眠はとれているというのだが、未だに私は半信半疑だ。
「トリル様、こちらへどうぞ」
スーがたき火の近くを指したので、私はそこに腰を下ろした。
休んでいるみんなからは少し離れるが、より見晴らしが良く、周囲を見渡せる位置だ。
土は冷たそうだな、と思って腰を下ろすと、お尻に伝わってきたのは意外にも温かな感触だった。
スーのことだから、静かに魔法を唱えてくれていたのかも知れない。
そのスーは、私のちょうど真正面に座った。
たき火を挟んで、彼女の顔が見える。そのきれいな緑色の目に、炎の明るさがゆらゆらと映っていた。
「こうすれば、一応の死角は消えます。見張りは二人いると楽なんですよ」
スーが笑って言う。
「こういう技術は、騎士団から学ぶの? それとも、魔術師としての知識?」
「騎士団の斥候技術のひとつですね。でも、何もかも聞いて回ることも出来ませんし、ほとんどは独学というか、その場の思いつきだったりしますよ」
感心しながら頷き、私はなんとなく手を炎にかざす。
てのひらがじんわり温かくなってくる。
「でも、非戦闘員と共に旅をする、という経験は、実は私は初めてのことなんです。今日の襲撃は、少し、緊張が走りました」
そうは見えなかったけど、と私が笑うと、スーは照れたように笑う。
「今でも緊張していますよ。アイン様が言うように、今夜の襲撃の可能性はあると思っていますから。たいした相手ではありませんが、全員を無事に守れるかというと、やってみなければわかりません」
「私は正直、あの三人の方が私よりも強いような気さえするけどね。お父さんの剣があるから昼間はなんとかなったけど」
「……迷いは、まだありますか?」
スーが少しためらってから私に言った。
私も少し考えてから、口を開く。
「結果的に変な相手ではあったけど、一人目を斬ったときは、迷いはなかったよ。胴体を一刀両断、って感じだった」
はは、と笑って私は続ける。
「アインの「守る戦いでは逡巡するな」っていう助言が大きかったかな。三人を守り切るんだって思ったら、なんのためらいも無くなってた気がする」
スーは大きく頷いてくれた。
「大きな一歩ですね。トリル様に危険が及ぶことを望んでいるわけではありませんが、これからも危険なことはあるはずですから、私も含めて、成長して行くに越したことはありません」
そう言ってから、スーは、あ、と言って外套の中でごそごそし始めた。
「これを差し上げます」
スーが渡してくれたのは、一冊の薄い冊子だった。
閉じた状態なら掌に収まるくらいの大きさで、厚さもそれほどではない。
中を見ると、『力在る言葉』の発音と意味をまとめたものだということがすぐに分かった。
「私がまとめた、陽精の魔法に関する単語の表です。それが全てというわけではもちろんありませんが、手引きにはなるはずです。時間があるときに、読んでください」
ざっと見た感じ、単語が少なくとも百以上はまとめられている。
「貴重なものだよね。いいの?」
私が言うと、スーはきょとんとした表情を浮かべてから、あははと笑った。
「カステロに戻れば十冊以上もある内のひとつですから。私、書いて覚える方なので、そういうのがたくさんあるんです」
「そっか……それじゃ、遠慮なく」
たき火の明かりを借りて、私は冊子を繰る。
『活力……上がれ……輝け……』
口にしたことのない古い言葉を声に出してみる。
「あ、その発音は、もう少し後ろの方が強くて……」
「じゃあ、この難しいのは? 『かくせい』……?」
「それはですね……」
スーに教えてもらいながら、私はふむふむと発音を確認していく。
これらの言葉を頭に入れて、組み合わせて、しかも組み合わせ方や言葉の流れなどを考えて、魔法を編むのか。
これは大変だ、と苦笑してしまう。
「魔法って、すごいのね。これを咄嗟に呪文として口にするんでしょ」
スーも苦笑する。
「私も所属は宮廷魔術師団ですが、正直、剣を振っている方が気が楽です。読み方がたどたどしいと、父に咎められますし」
「あ、それは分かるかも。私もお父さんによく叱られるよ、鎚の振りが雑だ、研ぎ方が甘い、相槌が遅い、ってね」
父の口調を思い出しながら再現すると、スーは声を上げて笑った。
「すみません、つい……見張りといいながら、自分たちの居場所を知らせてしまっていますね」
「まぁ、たき火も焚いてるし、丸見えだから今更って気もするけど……獣避けとしては、声もあったほうがいいかもしれないし」
いいながら、周囲を見渡してみる。
特に変化はないように見受けられた。
そろそろアインと交代の時間かな。
私がそう思って空の月を探した、まさにそのときだった。
「こんばんは」
女の声がした。
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