第21話 挟撃
進むしかない。
アインの言葉に頷いて、私達は意を決した。
先頭にアイン、その後ろに私が続き、さらに商隊の三人がついた。スーは最後尾だ。
せせらぎに挟まれて私達は橋を渡る。
進みながら、この水飲んでみたかったな、と余計なことが頭をよぎる。
「水のことは後だ」
振り向きもせずにアインが言う。
どうして水のことを考えてるのが分かったんだろうと気になるが、無言で頷いて終わる。
なお構えながら進んでいく。
橋を渡りきり、アインが止まった。
少しだけ後ろを向き、言う。
「みな、走れるか?」
後ろを見ると、スーが大きく頷いた。
大きさで言えば届かなさそうな声だったのに、スーにきちんと届いている。
アインの声って、不思議だ。
アインが走り始めた。
普段は、とても人族には、というよりケンタウロス族以外には出せない速さで駆け抜けていく。
けれど、今は明らかに私達の速度に合わせて……というよりも、私達に追い抜かせるくらいの遅さで走っている。
百歩ほど走ったあたりだろうか。
後ろの方でガサガサッと音がして、振り返ると大勢の黒衣が立ち並んでいた。
よくは見えないが、かなりの数がいるように見える。
「スー、前に出ろ!!」
叫ぶやいなや、アインが四つの踵を返して来た道を戻る。
手に大剣を持ち、後ろの連中を薙ぎ払うつもりだ。
入れ違うようにスーが前に出ると、前方にも十人ほどの人影が躍り出た。
さっと見た感じ、さっきのフードの人物は見えない。
「みな、荷物を一度置き、迎撃の準備を! ここで撃退します!」
スーが双剣を握り前に進み出る。
三人のミノタウロスは背中の荷物を下ろし、その手に石造りの手斧をそれぞれ握った。
私の役目は、この人達に迫る敵を切り払うことだ。
守るための戦い。
逡巡は許されない。
ふーっ、と息を吐く。
アインとスーは大丈夫だ、自分の剣を振る。
ザッ。
藪から影が飛びかかってきた。
私は一歩踏み込み、両手で柄を握ってその胴体を薙ぐ。
サンッ、と乾いた音が響き、その体を裂いた。
(奪った……!)
これが、私にとって初めての……
そう思った矢先、気付いた。
人影は瞬く間に影となり、ちりになって消えた。
「えっ?」
いくらなんでも早すぎる。
これまでに遭遇した怪物達は、倒れ伏して時間を置いてから消えていたのに。
ザザッ。
また一体、二体と影が躍りかかってくる。
逡巡は許されない。
私は振りが小さくなるように、しかし致命打になるように、相手の動きを見ながら腰の付近に刃を滑り込ませていく。
断ち切れば、霧散する。
四体、五体と斬って、分かった。
この敵には、体がない。
最初は、木目の剣の切れ味ゆえに斬った感触が少ないのかと思ったが、そうではなかった。
斬る、というより、剣の風圧でかき消しているような感じだ。
私の剣が十の敵を撃退したあたりで、勢いが止んだ。
スーとアインも、どうやら一応の決着を見たようだった。
「ふぅ……みなさん、大丈夫ですか?」
三人を見ると、それぞれ汗を流してはいるが、どこにも怪我はなさそうだった。
「今のはいったい……」
葦毛さんの言葉に私は首を振って応える。
「分かりません。影のようですが……」
私の知っているどの怪物とも違った。
オーク、サイクロプス、オーガ、ゴブリン……これまでに読んだどの本の記憶を辿ってみても、実態のない影というのは心当たりがない。
「荷を持て。進むぞ」
後ろから合流したアインが言った。
「油断するな」
私を見て、アインが鋭く言った。
言われて気付いたのは、私が無意識に剣を鞘に納めていたことだった。
いつそうしたのか、自覚がない。
これが油断というものなんだろう。
私はあらためて木目の剣を抜き、握り直した。
アインが後ろ向きに歩いて後方を警戒しながら、前にいたスーと合流する。
「しばらく、この隊列のまま進みましょう」
スーの言葉に従い、私達は森の切れ目までその状態で進んでいった。
警戒していたようなことは起きず、誰も怪我することなく開けた場所にたどり着くことはできた。
「どうしますか?」
栗毛の兄が心配そうな顔で言う。
「急いで進んだ方がいいのか、ゆっくり進んでいいのか……」
私はアインを見上げた。
アインは顎に手を当て、考えている様子だったが、少しして口を開いた。
「この先で、同じような場所はあるか? つまり、進む道が細く、両脇に姿を隠せるような場所は」
栗毛の兄が弟の方を見ると、弟は首を横に振った。
「いいえ、ヌヴォラまでの道で視界が悪くなるのは今の箇所だけです。あとは、ヌヴォラまで一日くらいの距離にモンテ山へ進む道のひとつがあり、そこでは片側が森というか藪になっているくらいです」
「そうか。では、もう少し進んで一度野営の準備をしよう。慣れぬ戦いの後に無理に進むべきではない。見張りは立てるゆえ、しっかり眠って構わない」
アインの自信に満ちた口ぶりに、ミノタウロス達は安心した表情を浮かべた。
かく言う私も、アインの頼もしい様子に気持ちが落ち着いたのも事実だ。
スーが前に出て、商隊の三人が続き、私とアインは横並びになって後ろに着いた。
「トリル」
「えっ?」
唐突に声をかけられ、私はアインを見上げた。
「さっきは確かめなかったが、怪我はないか?」
あらためて聞かれて、私は両腕の表も裏も確認してみる。
しかし、どこにも傷は見当たらない。
「大丈夫、だと思う」
「そうか……」
それだけ言うと、アインはまた前を向いて何も言わなくなった。
急にどうしたのだろうと疑問がわいて、私はそのまま口にした。
「急にどうしたの?」
アインはちらっと私を見たが、何も言わずに歩く。
「アイン?」
再度声をかけると、アインは小さく息を吐いてから、私を見て言葉を次いだ。
「心配だっただけだ」
青い瞳に見つめられて、私は顔が熱くなった。
「アインは……大丈夫だよね、そりゃ」
私は目を逸らして言った。
自分の剣術で怪我をしないような相手なのだから、熟練の戦士なら束になったところで相手にもならなかっただろう。
「手応えのない相手ではあったな」
そうだね、と言いながら、私はその言葉の意味がどちらなのかとも思った。
比喩的に、相手にならなかったという意味か。
それとも、物理的に斬った感触がなかったということか。
「あれは、なんていう影なの?」
私の問いに、アインは首を横に振った。
「分からん。見たことのない、戦ったことのないやつだった。切り伏せてから消えるまでが早すぎた。それに、オークやサイクロプス、ゴブリンなどはそれなりに顔の形があるものだが、奴らは肉薄しても顔が影で覆われていた」
「顔なんて見る余裕なかったけど、思い出してみるとそうかも……それに、最初に橋の向こうに見えたフードの人も、なんだったんだろうね」
「影の近くにいたからには人ではなかろう。スーが言っていた人族の野盗とは別なのか、それともフードのやつとは別に、人族の野盗はやはりいるのか……」
こうして話していても、答えは導けそうにない。
私は首を振って話題を変えることにした。
「スーは大丈夫だったのかな」
アインは笑った。
「彼女は問題ない。何度か戦う姿を見ているが、実に洗練された剣の腕だ。ケンタウロスの戦い方とは根本的に違うが、一対一の戦いでも一対多数の戦いでも応用できるように編まれた剣の運びだな。あの程度の相手なら、まるで問題にならんさ」
余裕のある語りぶりに、アインからスーへの信頼の高さが表われているように思える。
それは別にいいのだが、なんとなく、面白くないような気持ちが私の中で頭をもたげた。
「ふ~ん……随分、高く評価してるんだね」
「ケンタウロスは、強い戦士には種を問わず敬意を払うものだ」
「……強い戦士、ね」
自分でも何を言いたいのか、アインからどんな言葉を引き出したいのか、よく分からなくなった。
「二刀を使いこなすのは無理だとしても、剣の運びは俺にとってもトリルにとってもよい勉強になるだろう。時間を見つけて、教わるか」
アインが笑みをつくって私を見る。
その顔を見て、また胸がどきりと動く。
戦いの直後だからか、なんだか、気持ちが不安定な気がする。
「アイン様、トリル様。もう少し先に行けば見晴らしが良さそうなので、野営の準備をしましょう」
前を進んでいたスーの声が聞こえた。
「……長い夜になるかもしれないな」
ぼそっと呟いたアインの言葉が、私の耳にくっついた気がした。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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