第2話 同行
呆然とする私のそばに、両親が駆け寄る。
そして父がケンタウロスの戦士に向かって剣を構えた。
それに呼応するかのように、護衛の戦士二人もまた、それぞれの槍を持って戦士に突きつける。
えっ、どうしてと思うと同時に、そうか、この人が味方とは限らないのか、と思い至った。
しかし、だ。
「お父さん、剣を下ろして。この人は、明らかに私たちを助けてくれたじゃない」
私は握っていた剣を、わざと手から離して落とした。
ガラァン、という金属音が響く。
父は何も言わず、剣を腰の鞘に納めた。
護衛の二人は、四歩、五歩と後ずさって、槍を垂直に構え直した。
私は剣を逆手に拾い、切っ先を後ろの地面に向けて、あらためて戦士を見た。
銀色の髪が風になびき、その両目は青く透き通っている。
精悍な顔つきでこちらを見ているが、その表情から彼の感情は読み取れなかった。
服装は、よくなめされ使い込まれた色合いの革鎧の上にくたびれたジャケットを羽織っている。下半身といえばいいのか、馬の部分には革のベルトや鎧のようなもの、手斧や手投げ槍など物騒なものをあちこちに帯びていた。
「ありがとう、戦士殿」
父が口を開いた。
「あなたのおかげで命を拾った。家族を代表して、深く感謝を申し上げる」
父が深々と頭を下げ、母がそれに続いた。
私もあわててそれに続いた。
「人族の家長よ、顔を上げられよ」
戦士が言った。
「俺は偶然居合わせた畜生どもを影に戻しただけのこと」
影に戻した、という表現を聞いて、私はハッとしてオークたちの死体を見た。
いや、正確には死体があったところを見た。
言葉持たぬもの達は、死ねば影だけ残して消える。本で読んだ知識はあったが、見るのは初めてだった。彼らが『影』という別名で呼ばれるゆえんだ。なぜそんな風になるのか、彼らがどこからやってくるのか、少なくとも私や、私の周りの誰も、知らない。
「結果的にあなたがたが救われたとて、それを恩に感じる必要はない。恩に着せるつもりもない」
巨大な剣の刀身を大きな布で拭きながら、戦士は言った。
私はピンと閃いて、一歩歩み出て言葉を紡いだ。
「そういうわけにはいきません。どうか、命を救っていただいたお礼を受け取ってはいただけませんか」
戦士が私を見下ろす。
本人には見下ろすつもりはないかもしれないが、そもそも小柄な私からすると、馬の背の高さのさらに上に人の体があるのだから、自然と目の高さはとてつもなく高くなる。
「ただ、私たちは街道を南下し、王都で仕事を為す予定です。着いて来ていただき、その地でお礼をさせてはいただけないでしょうか」
私の言葉を聞いて、戦士はふっと笑った。
「その間、俺が護衛にもなるということだな」
私はにっと笑って戦士の青い目を見た。
「いいだろう、小さき娘の言葉を承ろう。影の群れがまた現れないとも知れない。俺たちの種族は別なれど、命の尊さに別はない」
戦士の言葉に、私は満足感を覚えた。
なんとなく、この人は信頼に足る人物だと思った。
根拠はないけれど、そんな気がした。
「それに、そなたらと共に王都へ入れるとなれば、それこそ何よりの報酬となる。あらためての金品は、辞退させていただこう」
こうして心強い同行者を加えた私たち一家は、命を落とした護衛の戦士二人と御者を簡素に埋め、あらためて王都へ向かうことになった。
ただ、御者と一緒に二頭の馬も殺されてしまい、私たちは持参した武具を手分けして持っていく羽目になってしまった。
「あの方に、馬車を引いてもらってはどうかしら」
母の発言を、私はすべて言い切る前に制した。
「それはダメ」
意外そうに私を見る母に、私は言った。
「あの人を馬のように扱うのは、とても失礼なことだと思う」
「お嬢ちゃん、もしかして種族学だとか歴史学だとかに詳しいのか」
護衛の戦士の一人が、小声で私に言った。
詳しいわけではない。
そもそも、これまでに読んだ本の中で、ケンタウロス族について詳しく書かれたものはなかったように思う。明日には絶えるかもしれない少数の種族だ、という記述だけが記憶にあるくらいだ。
「いえ。でも、なんとなく、彼は誇り高い人だと思います」
白馬の王子様の幻想が、まだ私の中に残っているからかもしれない。でも、私は白いケンタウロスの戦士に敬意を払うべきだということが、何か確信のように強く感じられていた。
俺もいくつか持とう、と申し出てくれた分は甘えさせてもらい、それ以外は護衛の戦士も含めてどうにか背負って街道を進んだ。
歩きながら、戦士といろいろな話をした。
彼の名前がアインザッツであるということ。
彼を呼ぶときはアインでよいということ。
これについては、私からも、トリルという名をそのまま呼んで欲しいと伝えた。
その流れで、彼は私よりも三つ年上だということも分かった。
また、ケンタウロスという種族は国を持つことをせず、ずっと流浪の民であること。
彼の家族や部族は既に亡く、自分が世界で最後のケンタウロスであるかもしれないと思っていること。
王都に入ろうとしたが、門前払いをくらい、仕方なく北に向かっていたこと。
そこで、オークらに襲撃されている私達に出会ったということだった。
深刻な話もあるにはあったが、彼の話し方が理知的で、高潔な雰囲気が漂っていたので、私は途中から結構な敬意と親近感を覚えて聞き入っていた。
私は時間が経つのも忘れることが出来たが、ずっと上を向いていたせいで首が疲れてくるのは少し参った。
「そういえば」
アインが口を開いた。
「君達は、俺に車を引いてくれと言わなかったな」
あぁ、と私は言った。
「なんとなく、失礼だろうな、と思ったの。ケンタウロスの人に会うのは初めてだったけれど、馬みたいに扱うのは、違うな、って」
そう言った私の頭に、アインの大きな手が乗っかった。
「ありがとう、トリル。それは絶対的に正しいことだ。俺達ケンタウロスは、荷車を引いたり、他の種族を背に乗せたりすることを禁忌としている。それは誇りを汚すことだからだ」
青い瞳で優しく見つめられ、私はなんだかドキドキしてしまった。
「それじゃあ、私も人族のしきたりをひとつ教えてあげようかな」
私は私の頭の上に乗せられた大きな手をポンポンと優しくたたき、言葉を次ぐ。
「頭の上に手を乗せるのは、子ども扱い。年頃のレディには、しない方がいいよ」
おお、と驚いてパッと手を離し、これは申し訳ないと恐縮するアインは、戦士と言うよりも一人の若者にしか見えなくなった。
「見えてきたな」
護衛の一人が口を開いた。
遠目に、そびえる石壁が見える。
ノルドの街のものよりも、幾分高いように見える。
「アインくんのことは、私から話そう」
父が言った。
「命の恩人だからな」
無骨ながら、きちんと筋を通す父が、私は好きだった。
アインは頷いて応えた。
「止まれ」
門の衛兵ふたりが、互いに槍を交差させて私達の前に壁をつくった。
「何者か。手形はあるか」
高圧的な声の出し方で、私はたぶん、憮然とした表情を出していたのだろう。隣にいた母が、肘で私の脇腹を小突いた。
「私はノルドの職人ブッフォ。この手紙を読んで頂きたい」
門番は例の手紙を受け取り、読み進め、次第に表情が変わってきた。
「了解した。バルカロール様の客人であらせられたか。して、その後ろの面々は」
父が振り向き、門番に向き直る。
「護衛の二人と、命の恩人だ。彼が屈強な戦士であることは、見ればわかるだろう」
アインを見上げる衛兵二人は、自覚してか知らずしてか、二歩ほど後ずさった。
通ってよし、と言われた私達は、護衛の二人とは別れ、四人でバルカロール氏の館へ足を向けた。
作者の成井です。
今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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では、また。