第19話 北へ
「移動が長時間になることや敵襲が予想できているときは、あまり食事をとらないほうがいいです」
スーが言った。
借宿は石造りの大きな窯のような建物で、藁を敷き詰めて寝床をつくるような場所だった。
人族の宿に比べるとお世辞にも上等とは言えないが、雨風がしのげるだけよかったし、ミノタウロス族の建物のつくりはどこもおおざっぱであることが分かっていたので、それほど気にはならなかった。
スーがテーブルに出来そうな木の板を見つけてきたので、私達は簡易的な台をこしらえてそこにパンや干し肉を並べた。
「食べられるときに食べておく、っていうわけじゃなくて?」
「それもひとつの考え方ですが、今回は違います。食事の前に言うのもなんですが、食べても飲んでも、人はどうしても便が出ます。今回は守るべき対象がありますし、そういった都合で足を止める回数自体を極力減らさなければなりません」
なるほど、と私は思ったが、アインは別に思うところがあるらしく、口を挟んできた。
「いや、トリルの言葉の方が正しい。次にいつ食事をとれるか分からない以上、体力をつけておくことが重要だ。旅とはそういうものだ」
「それは全員が戦える場合や、敵襲の可能性が少ない場合の話です」
「いや、しかし……」
ふたりの意見交換を、私はただ黙って聞いていた。
ミノタウロス達が、とことん話し合って自分たちのことを決めていく、というのはこういうことなのかもしれないな、と思った。
きっと、ふたりの言っていることはどちらも正しい面もあり、正しくない面もあるのだろう。
ただ、集合時間のことを考えると、あまり長い時間議論に興じているわけにもいかない。
「よし、こうしよう!」
私が柏手を打って二人の発言を制した。
「私とスーは人族でお腹が小さいから、それを考えて食べる。アインはお腹が長くて大きいから、それを考えて食べる。今回はそうしてみて、問題が起きたら、次の機会に訂正する。どう?」
スーはこくこくと頷き、アインも頷いた。
「そりゃ、命がかかってるから次の機会なんてない、って怒られたらそれまでだけど、二人の実力から考えたら、次は確実にあるわけでしょ?」
私が言葉を次ぐと、二人は笑って食事を始めた。
「そう言えば……トリル様、昨夜寝る前に魔法の練習してました?」
スーに指摘され、私は照れを感じながら頷いた。
「ほら、この間は目をつぶってたから、自分で光を見ることが出来なかったでしょ。どんなものかな~、と思って。色々試している内に、少しだけコツが分かったしね」
私の言葉に、スーもアインも私をじっと見つめてきた。
「な、なに?」
「いや、その成果を披露するのかと思ってな」
「食べながらやることでもないと思うけど」
言いながらスーを見ると、その視線は明らかに魔法の行使を期待していた。
食事中に魔法を使うというのは、行儀としてはよくないような気がするのだが、まぁ、いいか。
私は手の持っていたパンをテーブルに戻し、息を吐いて、意識を集中させた。
そして、顔の前で手の指を組んだ。
『トイ、トイ、トイ。光の化身、陽精よ。光れ。イン・ボッカ・アル・ルーポ』
唱え終わると、私の顔と手を光が包み、放射状に光を放った。
光は膨らむように広がり、まばゆさで私の手が隠れるほどになったかと思うと、瞬間、消えた。
「すごいな……」
アインが呟く。
「昨夜はここまでじゃなかったんだけど……でも、うまくなったでしょ?」
私がスーを見ると、スーは口を開けたまま、パンをテーブルに落っことしていた。
私とアインの視線に気付くと、ハッとしてパンを持ち直し、両手で大事そうに持った。
「うまくなったどころか……指を組むという型もそうですが、『光の化身』という言葉も、どうしてご存じなんですか?」
ああ、と私は口を開く。
「どっちも、インテルメッツォさんの魔法を思い出してみたら、こういう言葉を言っていたな、っていうのと、顔の前に手をかざしてたな、って。指を組むのは、なんとなく、精霊に声が届きやすくなるような気がしたからなんだけど……」
スーが何も言わないので、私は沈黙に耐えかねてパンをひとかじりした。
つくられてから結構な時間が経っているはずだが、それでもまだノルドで売られているパンよりはずっと柔らかい。
「夜よりも朝の方が効果が強くなるのは、太陽の精霊だから当然なのではないか」
アインの言葉に、私は今更納得した。
「トリル様、本当に、魔法を深く学びましょう」
スーが真剣な表情になって私を見るので、思わずのけぞってしまう。
「アイン様はさも当然のことのように言いましたが、精霊が自分たちの力を貸し与えてくれること自体が、精霊と相性の良い証左なんです。誰がやってもそうなるというものではなくて」
スーの目が爛々としてきた。
こうなるとまずい。
火が点いたように講釈が始まる前兆だ。
「そもそも精霊とはこの世界が創造されたとき、生命よりも早くこの地に宿っていた存在です。だから私達よりも遥かに高度な存在であり、敬うべき相手だという考えもあるくらいです。そんな彼らに力を貸してもらえるということは決して当然のことではなく、トリル様には是非陽精以外の精霊にも呼びかけて頂き、『力在る言葉』も……」
「スー。スー。まず、食べよう」
身を乗り出して語り始めた熱心な魔法使いを、私は両手で制した。
テーブルがひっくりかえって、上の食べ物が全て宙を舞ってしまいそうだ。
「す、すみません。つい……」
止めはしたが、スーのこういう面を見るのが、私は好きだ。
昨日カデンツァさんと話していたときにそうだったように、普段の彼女はとても落ち着いていて、すごく頼りになる。ただ、そのせいで私と同じ年だということをつい忘れそうになる。
こんなふうに焦ったり、照れたりしてくれると、なんだか安心する。
「あ、ちょっとアイン、そのお肉、最後の一枚……!」
「お前達が話ばかりしているから、もう食わないのかと思ったが」
口をもぐもぐ言わせながら言うアインを見ると、それでも年長者かという思いが出ないでもない。
こうして私達の朝食は済み、それぞれが身支度を済ませて借宿を出た。
時間はまだ早い朝だったが、すでに街の人々は闊歩していて、昼ほどではないにしても活気が出始めていた。
「集合場所は北門って言ってたっけ」
私が確認すると、二人は頷き、スーが前を歩き始めた。私とアインはそれに続く。
門近くまで来ると、昨日打合わせた商隊が既に集合していた。
栗色の毛並みの隊長と、その弟さん、そして恰幅のよいまだらな葦毛さんだ。
とりわけ栗色の兄弟の毛色はスーの髪に少し似ていて、お互いにそっくりですねと笑っていた。
ただ、それぞれがその背中に大きな荷物を負っていて、はてとスーが尋ねた。
「馬車や牛車は使わないのですか?」
スーが問うと、栗色の隊長がふるふると首を横に振った。
「本当はどちらかを使いたいのですがね。前回の商隊が襲われたときに、牛や馬が先に狙われて犠牲になってしまったので、あまりに不憫で……」
その目に哀しみが宿って見えて、スーも私も言葉を失ってしまった。
自分に似た生き物が目の前で殺されたら、それは嫌な思いもするだろうなと思う。
「ケンタウロス殿に車を引いてもらえれば良いのですが、そういうわけにもいかないでしょう」
まだら葦毛さんが笑って言った。
「我々ミノタウロスも、牛達と同列に扱われるのは良い気分ではないですからな」
それを聞いて、アインは笑って頷いた。
種族が違っても同じ部分もあるというのは、なんとなく良いことのように思える。
ふたりのやりとりが終わって、栗毛の弟が口を開く。
「それでは、ヌヴォロ目指して出発しましょう。歩きだと、ここから10日ほどの道のりです」
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