第18話 護衛
「えっ……」
雲行きが怪しくなって、私はつい声を出してしまった。
それを聞いた首長が慌てた様子で口を開く。
「ああ、いや、パッサージョが教えてくれないというのではなく、ヌヴォロに向かうというのが難しい、という意味なんだ」
「野盗の件か?」
アインが口を開くと、首長は頷いた。
「素晴らしい、よく知っているね、その通りだ。近頃、チェーロからヌヴォロに向かう途中でおかしな連中に襲われて、荷物を奪われたという事件が相次いでいるんだ。今こうしてみんなで集まっていたのも、それについてどうしようかという相談だったんだよ」
言われて周りを見ると、広場にはまだ多くのミノタウロスがいて、固唾を呑んで私達の話を聞いている風だった。
「相談、ということは、こちらにいる皆さんは、いわゆる役人に当たる方々なのですか?」
スーが言うと、首長は声を上げて笑った。
「はっはっは、まさかまさかだ。そこの赤毛はパン屋で、そっちの黒毛は服屋。向こうの曲がり角は薬屋で、横にいるのは、今は仕事にも就いていない若者だよ」
首長の言葉を受けて、周りにいたミノタウロス達も笑い出す。
カデンツァ首長は続ける。
「私達ミノタウロス族は、どこの街でもこうして、みなが意見を言い合い、それを尊重して街の在り方を決めているんだ。たしか人族には王様がいて、その下に部下がいてという仕組みだったかと思うが、それではみんなの意見を聞くのは難しいだろう」
ほ~、と頷く私だったが、スーは難しい顔をしている。
「意見が対立したときや、合意が得られなかった場合は、どうなさっているのですか?」
今度は、ふむ、といってカデンツァ首長が難しい顔をする。
そして少し間を置いて、口を開いた。
「それをどうするかについて、よく話し合えばいいのではないかな」
にっと笑う首長に、スーも釣られて笑みを浮かべた。
きっと、宮廷の中で生活をしてきたスーにとっては、信じられない差だったのだろう。
町娘に過ぎない私には政治のことはよくわからないが、なんとなく、人族の街の在り方とは違うものなのだということは分かる。
少なくとも、私や私の両親が街の在り方について意見を言ったり、求められたりしたことは一度もない。
ただ、日々の仕事は結構忙しくて、そんなことにかかずりあってはおれない、というのは、正直なところかもしれない。
それぞれに善し悪しがあって、どれが正解というわけでもないのかもしれないな、と私は思った。
「それでカデンツァ、明日の荷運びはどうする。前回の被害があって、行きたがる奴は今のところいないぜ」
すぐ近くで話を聞いていた黒毛の男性が言った。
「ヌヴォラにもヴェントにも、運んでやりたいものは山のようにあるからねぇ。特に今年のチェーロの果実水は、角がふやけるほどに良い出来だし」
「俺達が護衛に就く、というのはどうだ」
アインが口を開いた。
「見ての通り、俺達は戦働きに慣れている。モナルキーアを出てから、オンブラを何体も影に返してきた。俺達が護衛に就こう」
その言葉に、広場に集まっていた人々がにわかにざわつきはじめた。
端々を聞くと、どうやらアイン、つまり白いケンタウロスの戦士が行動を共にする、ということ自体が彼らにとって魅力的な意味があるらしかった。
「素晴らしい。しかし、何の報酬もない、というわけにもいかないだろう」
首長が苦笑する。
「度々手紙をもらって分かってはいるつもりだが、人族の取引というのは、そういうものだろう。何かを与える代わりに、何かを得る。私達ミノタウロスとは違い、後日や先日、果ては去年世話になったからというわけではいかないだろうしね」
そう言われて私がスーを見ると、スーも私を見た。
なんとなく、同じことを考えついたような気がして、私はスーに話を促した。
「恥ずかしながら、私達人族の取引とはそういう文化です。しかし、私達はあくまで旅の身で、元々北に向かおうとしていました。ついでという言い方では失礼かも知れませんが、旅の道連れに荷運びの方々がいらっしゃっても、何もおかしいことはないと思います」
お~、と広場にどよめきが広がり、それはやがて拍手に変わっていった。
拍手が賞賛や感嘆を示すというのは、ミノタウロス族も人族も同じようだった。
「素晴らしい。君たちの申し出を、快く受け入れさせてもらおう。そしてこの恩は、いつか別の形にして君たちに返すことを約束しよう」
カデンツァ首長はそういって、大きな木のボトルを持ち上げ、私達に差し出した。
「これは、その恩とは別に、私達の出会いを祝してのものだ。さあ、存分に飲んでくれ」
私達はとびきりの果実水を頂いてから、翌日行動を共にする商隊と顔合わせをし、予定をすり合わせた。
彼らが使っているという建物を宿としてつかっていいということだったので、ありがたくそこに移動し、私達は少ない荷物を下ろすことが出来た。
「いろいろと衝撃を受けた出会いでした……」
スーが長い息を吐きながら言葉を紡ぐ。
「街の動かし方の話?」
私が問うと、スーは頷いた。
「ええ。モナルキーアでは女王陛下の命で何事も動きますから、誰かが具申すること自体が少なかったので。言うとすれば父のインテルメッツォか、騎士団長のバルカロール様か、大臣のクプレ様くらいものでした」
「それでうまくいくのなら、問題はないのだろうな。俺から見れば、ひとつところに留まっていること自体が不思議なのだ」
アインが笑って続ける。
「さて、少し街中を回ってみるとするか。うまい飯もありそうだし、色々と新しい発見があるかもしれん」
私は頷いて同意を示した。
スーは、と見ると、私の顔を見て黙ったままだ。
「スーは? 行かないの?」
あー、と言いよどみ、はっきり言おうとしない。
首を傾げて見つめていると、ついに観念した顔で言葉を紡いだ。
「お二人の邪魔にならないかな~、と思いまして」
言い終わってにやにやし始めたスーの頬を、私とアインの指が左右から突き押した。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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