第17話 牛人の街
道行く人が皆、牛の頭をしている。
ミノタウロスの国なのだから、当たり前といえば当たり前だ。
しかし、自分と同じ人族で埋め尽くされた街に16年も暮らしていたのだから、今の目の前の光景に圧倒されるのは仕方ないと思う。
人族の街と同じように街の外周は石壁で囲われていたが、その高さは違った。
王都カステロはもちろん、ノルドもオストも、高梯子を使っても乗り越えられないくらいの高さがあって、その上には見張りの兵士が闊歩していた。
ところが、ミノタウロスの街の石壁は低く、ケンタウロスのアインが助走をつければ楽々と飛び越えてしまえそうだった。
また、街中の通りも、ノルドでは主要な通りはすべて石畳が敷かれていたが、この街にはそんなものはまったくない。人が歩いている所には草が無く、それ以外のところには青く草が茂っている。
建物も、石造りである点は人族のものと変わりなかったが、その大きさが違った。ただ、大きさの違いについては、来る途中に寄った村ですでに見ていたから、それは大きな驚きにはならなかったが。
「それで、どうするの? 街の情報が集まるのは酒場、っていうのが定番ではあると思うんだけど」
一通り呆気にとられてから、私はスーを見た。
「それは一理あるのですが、よそ者の私達が歓迎されるとは限りません。一応、このチェーロという街の首長様は、私達の国モナルキーアと書簡でやりとりをして下さっている方その人ですから、伺ってみましょう」
そう言ってスーは、道行くミノタウロスのご婦人に声をかけ、首長の居所を尋ねた。
婦人は笑顔で応対し、スーに丁寧に道を伝えている。
「途中で寄った村でもそうだったけど、ミノタウロスって、すごく優しい感じだよね」
私がアインに言うと、アインは頷いた。
「俺がルーラードの所にいた時も、時折街に下りる俺をいつもあたたかく受け入れてくれたものだ。人族の街でそうだったように、ケンタウロスなど奇異な眼で見られても仕方ないと思うが、今も、誰も俺を特別な目で見たりしない」
なんとなく責められているような気になって、私は頬を掻いた。
「実は、交流が難しいと考えているのは人族の方だけなのかもね……自分たちで勝手に心の壁をつくってしまっていて」
そこまで言ったあたりで、スーが戻ってきた。
「この街の名前はチェーロで間違いないですね。そしてここの首長様はカデンツァという方で、いつもこの時間帯は、街のちょうど中央にある円形の広場にいるそうです。行ってみましょう」
私とアインは了承し、スーの先導に従った。
歩きながら街を眺めていると、穏やかなミノタウロスの人々が談笑したり、威勢良く商売をしている姿が目に入ってくる。時折、明るく挨拶をしてもらい、あわてて返す場面もあった。
「そう言えば、種族は違っても言葉は同じなんだね」
私が小声で言うと、スーは頷いた。
「七つの種族はすべて言葉は同じだと聞いています。何故か、と聞かれるとはっきりした答えは誰も知らないのですが……それも、旅の中で分かったらおもしろいですね」
スーの言葉に、今度は私が頷いた。
「俺と普通に会話出来ている時点で普通のことだとは思わなかったのか?」
頭の上からアインの声が降ってきて、私は顔を上げた。
「アインの場合、言い回しがわかりにくくて、そっちに気を取られたの。だいぶ慣れてきたけど、ケンタウロスの言葉って難しいことが多いんだもん」
口を尖らせた私に、スーがくすくす笑う。
「分かります、分かります。どこかカタイというか、それこそ『力在る言葉』を翻訳したようなぎこちなさがあるんですよね」
アインが、むう、と唸る。
そうしている内に、街の中央広場とおぼしき場所が見えてきた。
いくつもの石のベンチが並んでいて、その中央には大きな木が立っている。
その下に、ひときわ大きな体のミノタウロスが座って、たくさんの牛頭に囲まれていた。
大きなミノタウロスは私達に気が付いたらしく、立ちあがり、それから大きく手を振った。
「おお~い、お客人! ぜひともこちらに参られよ!!」
招きに応じて私達が近付いていくと、周囲にいた人達も道を開けてくれて、私達は首長らしき人物の前に座る形になった。
「いつも手紙を持ってくる人とは違うようだが、旅の方かな?」
首長は鼻から大きく息を吐き出した。
顔は栗色の毛で覆われているが、目の回りに白い模様が入っている。角はねじれて上を向き、全体としては白いが先の部分だけが黒い。村では見なかった見た目だな、と思った。
「お初にお目にかかります、コリーナ共和国チェーロの街の首長、カデンツァ様でいらっしゃいますね。私はスーブレット、こちらの二人は仲間のトリルとアインでございます」
流暢に、上品に言葉を紡ぐスーに少し驚いた。
考えてみれば、彼女は都で、王家に直接使えている役人なのだ。こういったかしこまった場は慣れたものなのかも知れない。
「素晴らしい。これは丁寧にありがとう、スーブレット。そしてようこそ、チェーロへ、お三方。ところで……」
首長はそう言いながら、スーに木の杯を差し出した。そして私とアインにも、同じように杯を手渡す。
「そんなにかしこまっては、深まるはずの仲も深まらんというもの。まずは一杯、チェーロ自慢の果実水を飲んでもらって、心を開いてもらいたい」
にかっと笑う首長に、私は思わずつられてくすっと笑ってしまった。
ちらと首長の視線を感じて、私はあわてて杯に口をつける。
「あ……クーラの味」
一口飲んで私が呟くと、首長はおぉ、と感嘆の声を上げた。
「素晴らしい! 人族がこの味を知っているとは! 君たちの方には、この果物が成らないと聞いていたのだが」
「えぇと、故郷では味わったことはもちろんなかったのですが、途中で立ち寄った村でこの果物を振る舞って頂きまして……」
私があわてて言葉を紡ぐと、彼は満足そうに頷いた。
「そうか、カエーゼ村だな。そうかそうか、あそこは良い村人ばかりだっただろう」
「はい、それはもう。食事もとてもおいしかったですし、子どもたちもすごく素敵で……」
ぐわっ、と首長が立ちあがり、私は思わず体がびくついてしまった。
スーもアインも、のけぞるように後ろに引いている。
「素晴らしい! 白い姿の客人と、我らミノタウロスに心を開いてくれた旅人が街に訪れてくれるとは」
両手を掲げ、彼は空を仰いだ。
「君たちの守護精霊である陽精、月精、そして我らの土精に感謝しよう。さぁさぁ、ぐっとそれを飲んでくれ。是非、君たちの旅の話を聞かせてもらいたい」
私達は測ったように同じタイミングで杯をあおり、口の中に広がる甘さと清涼感を味わった。
首長はどしんと音を立てて石のベンチに座り、顎を撫でて口を開いた。
「いつもチェーロに来る人族は、いつも緊張した様子で一言も発さずに手紙だけを置いていく。こちらからは何度も、会話が出来る者を送ってくれる方が楽しいぞと返事を書いているのだが、どうにもうまくいかん。てっきり君たちが新たな使者かと思ったが、そういうわけでもなさそうだね」
首長の言葉に、スーは頷いた。
「私達は、国同士の交流のために訪れたわけではなく、ある目的のために各地を旅している者です。具体的には、古い時代につくられた、人々に忘れられた遺跡を調べる、そういう目的の旅です」
ふむ、とカデンツァ首長は言った。
「遺跡の調査、か。確かにコリーナにもいくつかあると聞いているが、私達ミノタウロスは日々の生活を大切にすることを願っているから、新しいことや見知らぬ場所にはいかないから、定かではないのだよなぁ。ただ……」
顎を撫でながら言う首長の言葉に私達は聞き入る。
「北の町ヌヴォロの首長、パッサージョが、そんなような話をしていたような気がするね。どういうわけか、ヌヴォロにはちょっと変わったミノタウロスが集まるようで、だいぶ前には、魔法の研究をしたいと街を離れたものもいたくらいだからね」
アインが、ふーっ、と頭を掻きながら長い息を吐いたので、それがルーラードというミノタウロスのことなのだろうと察しがついた。なるほど、ミノタウロスは変化を求めない種族だというのなら、魔法の研究をする人物は変わり者ということになるだろう。
「ということは、北に向かえば遺跡のお話も聴けるでしょうか?」
スーが問うと、カデンツァ首長は首を捻った。
「う~ん、それは難しいかも知れない」
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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