第16話 魔法の仕組み
「それは興味深いですね」
私が聞いた、ミノタウロス版の英雄サルヴァトーレの話を教えると、スーは頷いた。
「人族の話では人族の英雄、ミノタウロスの話ではミノタウロスの英雄。自分の種族の物語をつくるのは当然といえば当然のように思いますが、色や名前が同じというのは、偶然と言うには出来すぎている気がします」
「うん、私も不思議だな、って思った。ケンタウロスには、そういう言い伝えはないの?」
スーの言葉を受けて、私はアインに話を振ってみる。
「白い姿がどうこう、という話は聞いたことはない。ただ……」
顎に手を当てて考えるアインを、私とスーが見つめて待つ。
「思えば、部族の中で、白い姿をしているのは俺だけだった。父は黒で、母は灰青。他の仲間達にも白はいなかったから、割合、珍しい色ではあったかもしれない」
今となっては、ケンタウロス自体が珍しいがな、と苦笑するアインの腰に、私は手を当てた。
「じゃあ、そんな珍しいケンタウロスに出会えた私は幸運だね」
私が言うと、アインはそうだな、と言って笑った。
横でスーがにやにやしているのに気付き、私は慌ててアインから手を離した。
「そういえば、スーは何してたの? 何か魔法みたいな光が見えたけど」
スーが頷く。
「土精の魔法にはどういうものがあるのか、教わっていました。畑を耕す魔法や、雑草の成長を抑える魔法、落とし物を捜してくれる魔法など、便利そうな魔法がたくさんありましたね」
ふぅん、と言いながら、私はいい機会だと思ってさらに聞くことにした。
「正直、魔法の仕組みがよく分かってないんだよね。今言った魔法って、私にも使えるの?」
う~ん、とスーは首を捻った。
「使えるかも知れませんし、使えないかも知れません。もしよければ、今日は早めに野営の準備をして、魔法の手ほどきをして差し上げますか?」
是非、と色めき立つ私の横で、アインも頷く。
「俺も学ばせてもらおう」
幸い私達は食事の用意をする必要がほとんどなかったので、ふかふかのパンと皮の水筒に入れてもらったミルクを飲み、お腹を満たしてからスーの教授に望んだ。
「どの種族の魔法も、基本的な構造は一緒だと言われています。古代に開発された『力在る言葉』を使い、精霊に語りかけ、その力を借りる、という流れです」
私は頷いた。
「トイ、トイ、トイっていうやつね」
「はい。それが精霊に呼びかけ、これから力をお借りしますという言葉です。そして、お願いの内容を伝え終えたら、よろしくお願いします、頑張って下さいという意味で『イン・ボッカ・アル・ルーポ』と唱えます」
私とアインは、聞いたとおりに『イン・ボッカ・アル・ルーポ』と言ってみた。
「お二人とも、お上手ですよ。舌を巻いたり唇を噛んだりと、細かい発音も丁寧に行う必要があるので、咄嗟に唱えられるように練習は必要ですけれど」
私もアインも、前のめりになってふむふむと次の言葉を待つ。
「そして、もっとも重要な魔法の内容は、精霊の力と、術者の意志・志向によって決定します。私達人族は陽精の守護を受けていますから、彼らの力を借りるのが一般的です。彼らが司る、活力や輝き、色などに関わる魔法が可能です。アイン様達ケンタウロスの守護精霊は月精ですから、休養や導きに関わる魔法が得意ということになります」
「俺が月精以外の精霊の力を借りることは出来ないのか?」
アインが聞くと、スーは首を横に振った。
「不可能ではないとされています。実際、私の知り合いには、人族でありながら火精の力を行使できる人もいますよ。ただ、個人差が大きくて、相性がよければ可能ですし、相性が悪ければ不可能です。ただ、守護精霊であれば必ず相性が良いというわけでもないのが、魔法が万人のものではないと言われている理由です」
「なるほどね……私がたまたま土精と相性がよければ、さっきスーが言っていた魔法は使えるよ、ってことか」
スーが頷いた。
「大まかにはそんな感じです。しかし、精霊達にも想いや機嫌があり、こちらの才能のようなものもあるので、一概には言えない部分もあります。ただ……」
スーの目つきが少し鋭くなり、私とアインにも緊張感が漂った。
「命を傷つける魔法は、絶対に望んではいけません。全ての精霊に嫌われ、二度と願いを聞いてもらえなくなります」
「他者を傷つける魔法とは、つまり相手を燃やすとか、切り刻むとか、そういう魔法か?」
アインが神妙な表情で言葉を紡いだ。
「そういった直接的な魔法はもちろんです。また、気をつける必要があるのは、例えば「そこにある木に火を点けて」という、魔法などです」
そう言って、スーは私が座っていた丸太を指した。
「お願いとしては、倒れた木を燃やすことですから、精霊はやってくれるでしょう。しかしその結果、その上に座っている命を傷つけたとなると、精霊は「騙された、こいつの言葉は信じてはいけない」と怒り、二度と声を聞いてもらえません」
「なんだか、ちょっと怖くなってきた」
私がそう言うと、スーは笑った。
「正しい心の持ち主であれば、精霊は必ず力を貸してくれます。そういう点では、トリル様もアイン様も、十分に魔法を使う資格と才能があるはずです。『力在る言葉』を習得するには時間が必要ですが、簡単な単語で行使できる魔法をいくつかお伝えしますね」
こうしてスーから魔法の手ほどきを受けた私とアインは、習ったとおりに実行してみることにした。
まずはアインだ。
人差し指を突き立てて、口を開く。
『トイ、トイ、トイ。月精、指先、小さい、光。イン・ボッカ・アル・ルーポ』
唱え終わると、アインの爪の先がぽわんとほのかに光り、すぐに元に戻った。
成功といえば成功なのだろうか。
「精霊に声は届いていましたね。あとは経験と学習です!」
スーは興奮した声で言ったが、ふむ、と言って小さく頷いただけのアインの気持ちは、私にもちょっと分かる。
どうしても魔法というと、大きな変化をもたらす超常の技という風に考えてしまう。今の光では、とても何かの役に立ちそうには思えないのだ。
「では、トリル様も挑戦してみましょうか」
今のアインの魔法を見てからでは、少し気が重い。
何も変化が無ければ才能がないことが露呈して恥ずかしいし、かといってアインと同じくらいの変化では私もアインと同じような反応をしてしまうだろう。
まあ、やってみるよりほかにない。
『トイ、トイ、トイ……』
唱えながら、私は人差し指を突き立て、目を閉じた。
なんとなく、目を閉じた方が声が届きそうな気がする。
『陽精、指先、短い、光。イン・ボッカ・アル・ルーポ』
唱え終わって目を開けると、私の指は夕暮れに包まれているだけで光っているようには見えない。
これは、うまくいかなかったということかと思って二人を見ると、何故かふたりとも驚いた表情を浮かべている。
「……どうしたの?」
私の問いに、口を開いたのはスーだった。
「アイン様、見ましたか?」
「うむ」
二人の反応を見る限り、何かは起きていたようだ。
少し安心して、私は言葉を次ぐ。
「何が起きたの?」
ハッとして、スーは私を見た。
「一瞬ですが、閃光のようなきらめきが走って、すぐに消えたんです。確かに発音的に、小さいというより短い、という音になっていましたが……はっきり魔法になっていました」
私は思わずアインを見る。
アインはこくこくと数回頷いた。
「少なくとも、俺よりは精霊に声が届いていたようだ」
笑みがこみ上げてきて、私は口を手で覆った。
「トリル様は、魔法の才能がありそうですね。これから時間を見つけて、少しずつ『力在る言葉』の語彙を増やしていきましょう。語彙や語感、並べ方によってまったく変わってきますから、学ぶのは大変ですけれど」
スーが不敵な笑みを浮かべる。
学習の前途は長そうだが、旅の前途もまた長い。
ゆっくり、少しずつ、二人の力になれるように、頑張ってみよう。
私は自分の指を見つめて、そう思った。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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