第15話 白の物語
「ねぇ、何してるの?」
不意に声をかけられて見ると、そこには小さなミノタウロスがいた。ただ、小さいと言っても、十分私よりも目の高さは上だったが。
「ナイフを研いでるの」
牛頭の少年は、首を傾げる。
「といでる、って何?」
「えっと……ナイフを磨いてるの。ほら、見て」
そう言って私は、まだ研いでいないナイフの刃面を見せた。
まじまじと見つめる瞳は、つぶらで大きかった。
「ギザギザしてるでしょ」
「うん」
「これだと、あまり切れないの。それで、石で磨いてきれいにするとね」
私は作業が終わったナイフを見せる。
「こんな風に、まっすぐになって、力を入れなくても切れるようになるんだよ」
「でも僕、力があるから大丈夫だよ」
首を傾げる少年に、私の中の鍛冶屋の血が騒いだ。
「そう思うでしょ。でもね、違うんだな。えっと……」
周りに何かないかと見渡すと、カゴに入ったこぶし大の赤い実が目に入った。
昨夜も食卓のあがっていた果物で、クーラの実と言っていた。皮を向かない状態で饗されていて、その皮の固さがなかなか顎に刺激的だった。今にして思えば、刃の欠けたナイフで皮を剥くのは厳しかったのだろう。
私はクーラの実を一つ拝借して、するすると皮を剥いていった。
大きな目をさらにまんまるくして見つめる少年に、私は得意な気持ちになった。
「はい、どうぞ」
皮を剥き終わったクーラの実を少年に渡すと、彼はしゃくっとひとかじりした。
驚いた表情を浮かべる少年に、私はにっと笑って見せた。
「どう?」
少年はパッと表情を明るくした。
「すごい、すごいや! ナイフを磨くってすごいね!」
少年の声を聞いて、あちこちから他の子どもも姿を現した。
何事があったのか少年が説明し、皮の剥かれたクーラの実を口にした子どもたちは次々に歓声を上げた。
「おいしい!」
「食べやすい!」
「人族、すげぇな!」
歓声は次第に、自分もやってみたいという声に代わり、私の作業は中断せざるを得なかった。
「……と、まぁこういう風にやるんだけど、この砥石を探すのがちょっと大変なの」
私が苦笑すると、子どもたちは顔を見合わせてにんまりと笑い、走って去ったかと思うと、すぐに戻ってきた。
どの子も、その手に砥石らしい外観の石を持っている。
「俺たち、いつも土精と仲良くなるために石集めして遊んでるんだ。だから、その石みたいな石なんてたくさん持ってるよ」
感心した私は、あらためてナイフの研ぎ方を講義して、子どもたちはそれぞれが自分の持参した砥石で作業にとりかかった。
子ども達の指は既に大きく、太く、分厚く、細かい作業をするのには不向きだったが、それでも一本一本丁寧に力を込めて研ぎ上げていく。
作業の速さ自体は、手慣れている私よりも明らかに早く、やはり父のような力があると楽なのだろうなとあらためて思い知った。
結局、私が研ぎ上げたナイフは全部で七本くらいしかなく、村にあった他のナイフは子どもたちの手ですべて磨き上げられてしまった。
「お礼をするつもりで始めたのに、結局助けられちゃったね。ありがとう、みんな」
私が言うと、牛頭の少年達は得意満面に笑みを浮かべて、また別の所に遊びに行ってしまった。
「ご苦労さん」
子どもたちを見送った私に声をかけてきたのは、ひときわ大きな体の、黒毛のミノタウロスだった。
なんとなく、男女が見分けられるようになってきた気がする。
「ガキどもの相手をしてくれて、ありがとうよ。それに……」
彼はチラッとナイフケースを見た。
「村のナイフを研いでくれてたのか」
「はい。食事のお礼にと思って……これくらいしか、出来ることがありませんけど」
私が笑うと、黒毛の男は「いやいや」と笑って言葉を次ぐ。
「この村には、そんなチマチマした作業を進んでやるやつは誰もいない。それに、ガキどもが暇を持てあましても、大して新しいことを教えてやることも出来ない。あんたがやってくれたことは、食事以上に価値があることさ」
私は照れくさくなって頭を掻いた。
「人族ってのは、みな、あんたみたいに律儀なのかい?」
問われて、私は首を傾げた。
自分が律儀かどうかはひとまずよそに置いたとして、だ。ノルドにいた頃、私よりきちんとしている客もいれば、私が憤慨するほど礼儀知らずな客もいた。
人族としてひとくくりにするのは、ちょっと難しい気がした。
「人による、と思います」
彼は笑った。
「それじゃあ、立派な人族に出会えたのは幸運だったって事だな。さすが、白い生き物と一緒に旅をしているだけのことはある」
「そういえば、昨日もそんな話を聞きました。白い牛は幸運の象徴だ、とか……」
私が言うと、彼は大きく頷いてから言葉を次いだ。
「この村に限らず、ミノタウロス族に伝わっている言い伝えさ。遙か昔、大陸を悪い王が支配していた。しかし、白い牛の王サルヴァトーレが王を倒し、世界に平和を取り戻した。それ以来、白い毛並みの生き物は幸運の象徴して大切にされるようになった、ってな」
得意げに語る彼の話に、私は不思議な気持ちになっていた。
英雄サルヴァトーレの話は、私達人族にも伝わっている。
ただ、私達の知る英雄は、白い馬にまたがって戦った騎士だ。
名前と、白という色が共通しているけれど、微妙に違う話になっている。
種族が違うのに、似たような物語が伝わっている……これは、偶然なのだろうか?
「それはともかくとして、昼飯も村で食っていけるのかい? うちの女房が、またごちそうをつくらないとって張り切ってたぜ」
ごちそうと聞いて心が揺れたが、いつまでもお世話になっているわけにも行かないし、アインの恩人の身も心配だ。
「いえ、ナイフを研ぎ終わったら、発つ予定でした。これから仲間達に声をかけようと思います」
「そうか、まあ、旅の身で長居もできねぇか。それなら、ちょっと村の連中に声をかけて、持てる分の食い物は持たしてやるとするか」
おかまいなく、と私が言うよりも早く、彼は駆け足で去っていた。
私がスーに声をかけ、出発の準備をしていると、ほどなくアインも借宿に帰ってきた。
聞けば、近くの丘や山を見回り、ついでに薬草として使えるものを摘んできたのだという。さすがは旅慣れたケンタウロスだと感心する。
私達が村を出て北に向かうことを伝えると、明らかに持ちきれない量のパンやミルクを持たされそうになり、悪くならないうちに食べられそうな分だけを受け取った。
「帰りにもこの道を通るなら、また寄っておくれよ」
そう言って、長角の婦人が最後まで手を振ってくれた。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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