第14話 鍛冶屋流のお礼
私が目を覚ましたのは、日が昇り始めたくらいだった。
部屋の空気は涼やかで、心地よい。
体を起こして横を見ると、スーが寝息を立てている。
ぐぐっ、と体を伸ばして周りを見る。
「そっか、泊めてもらったんだっけ」
いつもの天幕ではなく、石積みの簡単な建築の一部屋に私とスーはいた。
外で寝ると、朝は大体スーの方が早く起きているのだが、私の気持ちが高ぶっているのか、スーが安心して寝入っているのか、今日は私の方が先に目覚めたらしかった。
私はブーツを履き、ベルトと剣を帯びて、革鎧に手を伸ばした……が、まだいいか、と思い直して、鎧は元の位置に戻した。
私達にあてがわれた住居は、今は誰も住んでいない空き家だとかで、普段は外で眠るアインも一部屋を使って寝ているはずだ。
どんな格好で寝ているのか見てやりたい気もしたが、さすがに配慮がなさ過ぎるとかと私はそのまま外に出た。
澄んだ空気に、いろいろなにおいが運ばれてくる。
花の香り、動物のにおい、スープの匂い。
トン、トン、トンとナイフで何かを切っている音も運ばれてくる。
ただ、私はそのリズムが一定でないのが気になって、音がする方に歩いて行った。
「あら、おはよう」
外の炊事場で、一人のミノタウロスが野菜を刻んでいる。
髪が長いし、体が細めで、何より声が少し高いから、女性だろうと思った。
「おはようございます」
私が挨拶を返すと、彼女も笑った。
「あなたたちの朝食の準備も私がしようと思って早起きしたんだけど、間に合わなかったかしら」
私は笑って首を振った。
「いえ、たまたま早く起きてしまっただけです。仲間はまだ寝ていると思います」
そう言いながら、私は彼女の手元を見た。
ナイフは、彼女の大きな手には少し小ぶりで、扱いにくそうだった。それに、刃の光は鈍く、あまり研がれていないような感じだ。
「あの、そのナイフ……」
「ああ、これね。切れ味が悪くなってるんだけど、私達って不器用なもんだから、研いだり整えたりっていうのが苦手なのよね。一応、研ぐための石はあるんだけど、誰もやりたがらないのよ。でもまぁ、料理はきちんと出来るから、期待してて」
豪快に笑ってみせる彼女に、私は頷いた。
炊事場には次第にミノタウロスのご婦人方が集まってきて、みなそれぞれに料理の支度を始めた。
ただ、どの人が使っているナイフも、錆びたり綻びたりしていた。
よく見ると、どの人の手もゴツゴツとして分厚く、人族に比べて指が太く短い。
「私も、手伝わせてもらっていいですか」
「お客さんに手伝ってもらうのも……と思うけど、手持ち無沙汰なのもしんどいわよね。それじゃ……」
私は早起きのご婦人の指示を受けながら、野菜を洗ったり井戸から水を汲んだりして朝食の準備を手伝った。木の枝みたいな指だね、と笑われながら。
スーが起きてきたのは、昨日の広場の円卓に一通り食事が揃ってきてからだった。
仮住まいから出てきたスーは顔が白くなっていて、駆けつけて開口一番に謝った。
「申し訳ありません、トリル様が準備をしている最中に悠々と……」
「気にしないで、スーも気を張って疲れていただろうし。それに、ノルドの家にいたときは、朝食の準備は専ら私がしていたんだから」
私がスーをなだめていると、そこにアインも姿を現した。
「すまん、すっかり寝入ってしまっていたようだ。一宿一飯の礼にと、何か狩ってこようかと思っていたのだが……」
「でも、ミノタウロスって、基本的に菜食じゃなかったっけ?」
私がアインに指摘すると、周りにいたミノタウロス達が笑い声を上げた。
アインは珍しく照れたような表情を浮かべている。
ミノタウロス族は、いくつかの家族ごとに集まって食事を摂るのが一般的なようだ。私達を囲む人々とは別の所でも、スープの湯気が立っている。
「昨日も思いましたけど、本当に美味しい食べ物ばかりですね」
私が言うと、早起きの夫人が嬉しそうに目を細めた。
「他の種族にそう言われると、嬉しいわ。土精の恵みに感謝だねぇ」
それを聞いて、スーが手を挙げる。
「ということは、農耕の作業で土精の力を借りているということですか?」
彼女の好奇心も目を覚ましたようだ。朝から元気いっぱいに。
「別に魔法を使っているってわけじゃないよ。トイ、トイ、トイ、なんて誰も言わない。
ただ、日々、土精に感謝し、その気持ちをみんなで伝えるんだ。そのための祭もあるし、昨日みたいな宴も開くしね」
スーはこくこく頷いてふわふわのパンをひとかじりした。
「ねぇ、スー。昼まででいいから、この村に留まらない? スーもいろいろ話を聞いてみたいだろうし」
私の提案に、スーは頷いてから、小首を傾げる。
「私としては嬉しいですが……何か、あるのですか?」
「うん、ちょっとやりたいことが出来ちゃって。アインは、ルーラードさんのところに急がなくても大丈夫?」
私が問うと、アインはパンを口に詰めながら頷いた。
もごもご何か言おうとするが、口の中が一杯でそれは言葉にならない。
美味しいパンに濃厚なミルク、野菜の旨味が凝縮されたスープを頂いて、私は食器の片付けをしてから、他の調理場にも足を運んでみた。
思った通り、ナイフは専用の収納箱にきちんと並べられていたが、どれも刃がぎざぎざだった。
私は一度借宿に戻り、記録用の手帳を開いていたスーに話しかけた。
「スーの砥石、借りてもいい?」
私の問いに、スーはきょとんとして言う。
「構いませんが……トリル様の剣は、鞘に付いた魔法の砥石で磨くのでは?」
「うん、私の剣はね。でも、この村にあるナイフを一通り研ぎたくて、そのためには普通の砥石の方がいいんだ。金精の砥石は、あくまでも少し前の切れ味に戻すっていう感じみたいだから」
「わかりました。正直、あまり上等なものではないと思いますが、使って下さい」
スーは笑顔で自分の砥石を貸してくれた。
彼女は謙遜していたが、鍛冶屋の娘の私が見ても感心するほど上質なものだ。旅用にやや小振りなのも、玄人向けだと思った。
私は砥石を持って一つ目の調理場に向かい、水を張った。
まずは砥石に水を含ませて、磨ぎ汁が出るようにしなければならない。
待っている間、村のあちこちを見ると、男女協力して牛の世話をしたり、畑で何か作業をしていたりする。のどかで、落ち着く光景だった。
どこからか子ども達が遊んでいるような声がするが、その姿は見えなかった。
「よし、やるか!」
私はナイフケースを開き、その内の一本を握り、研ぎ始めた。
長年研がれていなかったせいでガタガタの刃を、まずは角度をつけて研ぎ、形を整えてやる。
何度もひっくりかえしながら形をまっすぐにし、ある程度まで来たら角度を変えて切れ味を増していく。
研ぐにも力が必要だ。
父の太い腕ならもう少し短い時間で次々と研ぎ上げていけるのかも知れないが、自分はそこまで力はない。同年代の女の子から比べればたくましい腕をしている自覚はあるし、単純な力だけならスーにも決して負けたりしないと思うが、経験豊富な職人とは比べるべくもない。
それでも私は額の汗を拭いながら、二本目、三本目とナイフを研ぎ上げていった。
おいしいごはんに、一夜の寝床。
それに何より、旅をして出会った最初の人族以外の種族に、歓迎してもらったことが嬉しかった。
この旅を続けていけそうな、自信をもらった。
自分がお礼に出来ることなどたかが知れているかもしれないけれど、これくらいは、と思う。
一つ目の調理場のナイフをすべて研ぎ上げて、私はケースをしまった。
調理場は全部で四つあったから、まだまだこれからだ。
次の調理場に歩いていると、スーの姿が見えた。
東屋で、一人のミノタウロスから話を聞きながら何か書き付けている。よく見るとチカチカ光が見えるから、何か魔法の講義を受けているのだろう。
アインの姿は見えなかったが、彼の場合は別段心配することもないだろう。
私はふたつ目の調理場に着いて、また作業にとりかかった。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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