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第13話 牛人のもてなし

「もぅ一杯どうだい」

「こっちのもいけるよ」

「この焼き菓子、売り物にならないやつだけど、よかったらどうぞ」


 私達は、たくさんのミノタウロスに囲まれて、広場でもてなしを受けている。


「一応、コリーナ共和国南の街チェーラまでは、あと一日程度なのですが……」


 ミルクの注がれた木の杯を受け取りながら、スーは私を見て小さく言った。


「ごめんね、途中にある村に私が気付いたがためにこんなことになっちゃって……」


 私も小声で返す。


「いえ、是非行ってみましょうと言い出したのは私ですから。私も、気になったら確かめてみたくなるタチで」


 小さくうなだれるスーを尻目に、アインはと言えば大柄なミノタウロス達の中でもひとまわり大きな体のミノタウロスと、何度も体をぶつける力比べをしている。


「やるなぁ、馬の若いの!!」


「ケンタウロスの代表として、情けない真似はできん!」


 周りが囃し、当人達も汗だくになりながら笑って体をぶつけあっている。


「びっくりしたでしょう、急に囲まれちゃって」


 私とスーが座る円卓に、皺の多い茶色い顔をしたミノタウロスが座った。

 声の細さや雰囲気、物腰から、女性なのだろうと察しがついた。


「春小麦の収穫の程度がよくて、勢い、宴をしようっていうところにあなたたちが訪れたものだから、それはもうみんな喜んじゃってね」


 牛頭の女性はそう言いながら、まだ空になっていないスーの杯にミルクを注ごうとする。

 スーは慌てて杯を飲み干し、それを受けた。


「実は私、ミノタウロスの方と会うのが初めてで……作法もよく知らず、失礼をしてしまったらごめんなさい」


 私が言うと、女性は笑った。


「ミノタウロスの流儀はただひとつ『競えど争わず』だもの。失礼なことなんて、きっと何もないと思うわ。楽しんでもらえないと、私達はちょっぴり傷ついちゃうかもしれないけれど」


 そう言って笑い、女性は私にミルクの入った小樽を向けた。

 私は苦笑して、半分だけ飲んで杯を向けた。

 ほんのりとお酒のような香りがするけれど、酔ったりしないだろうか。

 少し心配になる私をよそに、女性は「それにしても」と付け加えて言葉を次ぐ。


「あのケンタウロスの子の姿は、私達を喜ばせたわぁ。私達の村では、真っ白い牛は幸運の象徴だって言われているのよ。ちょっと種族は違うけど、あの美しい白い毛並みは、紛れもなく幸せの使者よねぇ」


 女性はアインの方をうっとり見つめる。

 私が周囲を見渡してみると、確かに、真っ白い毛並みの人は一人もいない。茶色や黒、栗色などが一色だったり混じっていたりするが、灰色がかったような色もない。

 私はスーに言う。


「人族にも白馬の王子様の物語があるけど、それと同じようなものかな」

「どうなんでしょうか……白、という色は確かに共通していますけど」

「もらうぞ」


 私の杯が宙に浮いたかと上を向くと、それを奪ったアインがそこにいた。

 いつの間にぶつかり合いを切り上げて来たのか、アインはぐっと杯をあおり、ミノタウロスの女性に差し出す。女性は喜び、大きく頷いて、また杯になみなみと注いだ。


「やはりミノタウロスは戦士として優秀な種族だな。単純な力比べでは、正直かなわん」


 アインは膝を折り、二杯目のミルクを口に含んだ。


「やはり、って……そう言えば、バルカロール様のお屋敷で言ってたっけ。酔狂なミノタウロスの人に救われたって」


 私が問う。


「そうだ。カストラートの襲撃から逃げ延びた俺は、ミノタウロスの隠者に拾われ、彼の元で育てられた。とは言え、ずっと山奥に潜んでいたわけではない。ミノタウロス族と交流とまではいかないが、買い出しついでに話をした者もいたしな」


 手ぬぐいで汗を拭きながら、アインが言葉を紡ぐ。


「それって、コリーナ共和国のどの辺りなの?」

「北の方だ。確か、街の名はヌヴォラといったか」

「おや、お兄さん、ヌヴォラを知っているのかい」


 ミルクの女性とは別の女性が話に入ってきた。

 ミルクの女性は角が短めで横に伸びていたが、こちらの女性は角がそれより長く、上の方に伸びている。牛の頭に人の体というイメージしかなかったが、よく見ると角にもみな違いがあって、個性があった。


「俺は訳あって、ヌヴォラの北にある山中で生活していた時期があるのでな」


 アインの言葉に、長角の女性は、ふむと言って何事か考えているようだった。


「ヌヴォラの北っていうと、モンテ山かい」

「いや、名前は知らない。あの辺りは山が多かったし、俺の知己も山の名など言っていなかったように思う」


 アインはそう言いながら、ちらとスーを見た。

 スーは、私を見た。

 うん、分かってるよ。

 モンテ山っていうのは、スーが聞いた、人族の野盗団がいるであろう山、だよね。

 でも、それって、つまり、アインが過ごした山に、野盗団が住み着いたっていうことなんじゃないの。

 それで、そこにまだアインの恩人が住んでいるのなら、すごく危険なんじゃ……

 私達の無言の会話をさておいて、長角の女性が口を次ぐ。


「まあ、なんにせよ、ヌヴォラの方に行くのは今はやめておいた方がいいよ。チェーロとヌヴォラを行き来している行商が、よからぬ輩に襲われたとか逃げ延びたとかいう話が、こっちにまで聞こえてきてるからね」


 それはともかく、こっちのパンも食べておくれと女性は大皿を提供して、またどこかへ行ってしまった。

 祭の喧噪の中で、私達はお互いの顔を見合う。

 口を開いたのはスーだった。


「オストで聞いた情報は正しいようですね。野盗団がいて、ミノタウロス族が被害に遭っているのは間違いなさそうです。」


 アインは頷く。


「だが、下手人が人族であるかどうかは言っていなかったな」

「問題はそこじゃなくて、アインがお世話になった人の身が危ないかも、ってことじゃない?」


 私が口を挟むと、アインは、おお、と気の抜けたような返事をした。


「言われてみれば、そうだな。だが、彼は人族の野盗に後れを取るような手合いでない。窮地に陥ることもなかろうし、もしそうなっても地の利を使って逃げ果せるだろう」


 恩人の身をもう少し案じても良さそうなものだけど、と思いながら、もう一方でアインがそこまで言うのなら、大丈夫なのかも知れないなという気もした。

 スーが私とアインを見て、口を開く。


「予定では、コリーナ共和国南の街チェーロで古代遺跡の位置の詳細を聞き、まっすぐ向かってみるつもりでした。しかし、アイン様の恩人の身に危険が迫っている可能性を考えると、チェーロで情報を集めた後、北上してヌヴォラへ向かい、野盗団の討伐も検討すべきように思います」


 私は頷き、アインを見た。

 アインはスーと私を交互に見て、口を開く。


「ルーラードの身を案じて、というのはともかくとして、野盗の輩を成敗することには異論ない。それは、元より変わらないことだ」

「ルーラードさん、っていうのが、アインがお世話になった方の名前なのね」


 私が確認すると、アインは頷き、本当に酔狂な人物だぞ、と付け加えた。

 そこまで強調して言うからには本当に変わった人物なのかもと心配に思うが、それならそれで会ってみたいという気もする。

 アインにとられた杯が返ってこないので、私はとりあえず、今し方置かれた大皿のパンに手を伸ばした。


「えっ……」


 思わず声が出た。

 ふわっふわだ。

 昔、母が鶏卵の白身だけを泡立てて不思議な泡をつくって見せてくれたことがあったが、あれをそのまま焼いて口に放り込んだような食感だった。

 私の反応を見たスーがパンに手を伸ばし、ひとかじりする。

 スーの大きな目がもう少し大きくなった。


「これは……すごいですね」


 どれどれ、と言ってアインが私の持っていたパンを奪い、口に入れる。


「それ、私の……!」

「……うまい。スーの味付けとは違ううまさだ。こんなもの、ルーラードは俺に食わせたことはなかったぞ」


 聞く耳を持たないケンタウロスをにらんでから、私は大皿の横にあった焼き菓子に手を伸ばした。

 思った通り、口に入れた瞬間、ほろほろと舌の上で溶けて優しい甘さが広がる。


「ミノタウロスの食べ物って、おいしいんだねぇ……」


 思わずうっとりして、言葉が口から出ていく。


「喜んでくれてるみたいだね、嬉しいからもっと持ってこようか」


 どこからか声が聞こえて、私達の卓には大皿いっぱいのパンが追加された。

 さすがにこの量は食べられないと思うけど、と思いながら、私とスーは顔を見合わせて苦笑した。

作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

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それらの数が増えたり、感想やコメントを頂けると、書く力が湧いてきます。


それでは、また次のエピソードで。

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