第12話 月への祈り
食事が終わり、片付けを済ませても、私は天幕の外に残った。
スーが「剣の手入れは私がしましょうか」と申し出てくれたが、断った。襲撃を受けてもアインがいれば心配はないのだろうが、手元に武器がないのは心許なかったからだ。
スーが天幕に入って、私は火を消したかまどの近くに座った。
父に教わったように、木目の剣を鞘の先で研ぐ。
シュンッ、シュンッと乾いた金属音が鈍く走る。
私は手を動かしながら、空を見た。
街を離れて旅をして、星が明るいことを実感した。
いつも街中で見ていた星はもっと少なかったし、月の光に隠れていたような気がする。
「トリル」
少し離れた場所で月を見ていたアインが、私を呼んだ。
私は剣を収めて立ち上がり、彼の側に立った。
「月は何色に見える」
そう言われて、私はまじまじと月を見る。
「白、かな。黄色みがかった白」
「月精は何色だ」
そう言われて、私は月を見る。
月は見えるが、精霊の姿は見えない。
目を凝らしても、月がただ見えるだけで、アインが求めている答えは出せそうにない。
「ごめん、私には見えない。というか、陽精の姿だって、見たことないしなぁ」
私が言うと、アインはくっくと笑った。
「な、何?」
なんだか恥ずかしくなって、私は口を尖らせて言った。
「俺も月精の姿など見たことはない。声を聞くことはあるがな。数日、共にいて思うのだが、トリルは何に対しても真面目だ」
からかわれていたことがようやく分かって、私は頭を掻いた。
アインが言葉を次ぐ。
「精霊が見えないことを謝り、助けてもらってありがとうと言う。飯を食うときは必ず命に感謝を告げ、命を奪うことに対して心を痛める。
俺は一族で暮らしていたとき、助け合うのは当たり前で、助太刀されたら次の助太刀を誓って終わりだった。飯はただ食っていたし、命を奪うのは戦士の必然でしかなかった。いちいち言葉にしたり、思い悩んだりしなかった」
話がどこに向かっているのか分からず、私はとりあえず頷く。
「スーと比べても、トリルは随分丁寧に生きているように見える。
月への祈りの話をしたが、実を言うと、俺も一族の倣いで形だけをやっていた。真剣に、屠った命に思いを馳せたことなど何度あったか。トリルのおかげで、俺はようやく、ケンタウロスが月に祈る本当の意味が分かったようにも思う」
私が見上げると、アインは優しい表情で私を見ていた。
月明かりに照らされて、彼の銀色の髪が煌々としていた。
「感謝する」
頬に火照りが戻ってきた。
アインの透き通った青い瞳に見つめられると、胸がドキドキする。
「どういたしまして……それで、月への祈りっていうのは、どういう風にやるの? 作法を教えてよ」
私が照れた表情を隠しながらそう言うと、アインは口を開いた。
「まず、膝をつく」
私は両膝を土につけた。
「両腕を胸の前で交差させ、月をまっすぐ見る」
言われるまま、私は月を見上げる。
「そして両手を高く掲げ……」
「ちょっと待って、どうしてアインはやらないの?」
私は腕を交差させたまま、アインを見上げた。
膝をつけているせいで、なおさら彼の顔の位置が高くなっている。
「それは……」
私はアインが笑いを噛み殺しているのに気が付き、立ち上がって彼の馬部分の胴体を平手でペシンと叩いた。
「もう、からかわないでよ!」
ハッハッハと声を上げてアインが笑い、私もつられて笑った。
「さすがに気付かれたか。月への祈りは、ただ、月を見て戦いを思い出し、明日に思いを馳せるというだけだ。決まった姿勢などない。それでも、死者への手向けにもなるのだと俺は教わった」
まったくもう、と鼻息を荒くしながら、私は月を見た。
初めての戦いがあって、オークの腕を切り落とした。
首を刎ねることは出来ず、アインに助けられた。
でも、そのためらいが、次は命取りになるかもしれない。
アインのようには出来ないかも知れないけれど、覚悟を決めて、戦おう。
そうじゃないと、また、我知らず涙が出てきたり、落ち込んだりしてしまう。
そこまで考えて、私ははたと気付いた。
「元気づけてくれてた?」
私がアインを見上げると、アインは月を見上げたまま口を開いた。
「いや、小さな人族をからかっただけだ」
顔はよく見えなかったが、声の響きが優しくて、アインの青い瞳の優しさが目に浮かんだ。
「さあ、明日も一日移動になる。そろそろ横になって休め」
私は恩人の言葉に頷き、天幕に戻った。
中にいたスーは、座って手帳を開いていた。
「いつもの記録?」
「ええ。この旅の記録を書き留めることも、任務の内ですから。でも、ちょうど書き終わりました」
そう言って、スーは手帳を閉じた。
「それでは、睡眠をとりましょうか」
「そうだね」
スーが横になり、私も隣に寝そべった。
ちらっと横目で見ると、スーは既に目を閉じていた。
「何やら、楽しそうでしたね」
スーが言った。
「アインにからかわれたんだよ」
私も目を閉じたまま苦笑した。
「きっと、トリル様を元気づけようとして下さったんですね。とても強い戦士であると同時に、優しい方だと私は思います」
「優しいことは、確かに優しいよね」
私は同意しながら、ふと、疑問が浮かんで口にした。
「スーは、初めての戦いのこと、覚えてる?」
はい、とスーは言った。
「初めての実戦は12のときです。国の外れにある小さな里村が影に襲われたという報が入り、バルカロール様に従って随伴しました」
私は黙ったまま次の言葉を待った。
「村に着いたとき、既に多くの人が倒れていました。敵勢は、やはりオークで……その内の一人が、既に息絶えているであろう女性を足蹴にしたんです。その瞬間、私の中で怒りが弾けました。私は馬を下り、走り寄って、一太刀で足を、二の太刀で首を斬りました。乱戦の中、私は3体のオークを斬り捨てました」
「すごい……訓練の賜だね」
私が言うと、小さな沈黙が流れた。
それからスーが、小さく言葉を紡いだ。
「小娘の初陣の成果に、周りは囃してくれました。バルカロール様にも褒めて頂けるかと思いましたが、違いました。静かに言われました。怒りに任せて剣を振るい、命を奪うことに躊躇をなくすようではならぬ、と」
私はどきりとした。
さっき、アインが彼の父に言われたという言葉に似ていると思った。
「命を奪われることよりも、命を奪うことをこそ恐れよと。打ち倒した相手にも守るべき存在があったかもしれない、と。アイン様が同じような言葉を口になさったので、正直、驚きました」
「でも、人が殺されてる状況だと、そうも言ってられないよね……」
はい、とスーは言った。
「私は私の剣で人の命を救い、あるいは無念を晴らすことを誇りに思っています。そこに迷いはなくて、命を奪うことになんのためらいもありませんでした。しかし、今日、トリル様の涙を目の当たりにして、師の言葉をはっきり思い出しました」
私が目を開けてスーを見ると、スーも私を見ていた。
「種族の違う戦士が、同じような境地に至って、それを継いだ私やアイン様が、命を奪うことを恐れるトリル様に巡り会った。予言とは違う事象ですけれど、不思議な巡り合わせを感じます」
スーが微笑む。
自分としては、ただ戦いを怖がってしまっただけのように思うのだが、こうも意味ありげに、持ち上げられてしまうと、不思議な心持ちになってくる。
私は視線をスーから天幕の天井に移した。
アインもスーも、私の身を案じてくれたり、私を大切に扱おうとしたりしてくれている。
予言の乙女だから、というわけではないのは、もう分かっている。
ふたりに恥じないように、自分も成長しよう。
私は、今日の戦いで振るうべきだった一太刀を思い浮かべながら、目を閉じた。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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