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第11話 命を奪うこと

 私とアインを襲撃したオーク達は、影となって消えた。


「また助けられちゃったね。ありがとう」


 駆け寄ってくれたアインを見て、私は言った。

 アインは口を開いて何か言いかけたが、別の声が響いた。


「ご無事ですか、お二方!」


 スーだった。

 駆け寄ってきたその手には、大きな山鳥の足が二羽分握られている。


「近くに水辺があったので鳥は獲れたのですが、戻りしな、オークの影が見えて……戦いに間に合わず、申し訳ありません」


 そう言いながら、スーはハッとした表情で私を見た。


「トリル様、大丈夫ですか? お目元が……」

「え?」


 言われて指で目の下に触れると、自分が涙を流しているらしいことが分かった。


「あ、あれ……なんでだろ」


 自覚なく泣いていたらしい。

 しかし、なんの感情で流れているのか、自分でも分からない。


「天幕で横になってください。食事の支度が済んだら、声をかけますから」


 スーの言葉に甘えさせてもらい、私は天幕に入った。

 横になろうとベルトを外すとき、剣を外すのが何故か憚られた。

 普段はそうではないが、なんとなく、外した剣を鞘ごと抱えて横になった。

 ふう、と息を吐く。

 ぼーっと休んでいて、いくらか時間が過ぎてから、声が聞こえた。


「負傷は……」


 天幕越しではっきりと聞こえないが、スーとアインが話している。


「……と思うが、はっきりは……」


「不覚でした……」


 私の身を案じてくれているのだろう。

 怪我はないよ。

 大丈夫。

 父の剣の鋭さに助けられたし、アインにもあらためて救われた。

 自分が想像していた以上に、戦えたと思う。

 自分の手を見る。

 この手で剣を振るい、オークの腕を斬り落とした。

 感触がまだ残っている。

 父やスーの攻撃の方が激しくて、間合いをとるのも難しくはなかった。

 敵の動きがはっきり見えたし、とどめの隙もはっきり見えた。

 でも……

 私は背筋に冷たいものを感じて、唾を飲みこんだ。

 命を奪うということの重さ、恐ろしさが、私を高ぶらせていた。

 さっきの涙は、そのせいだ。

 私は体を起こし、天幕を出た。


「トリル様、もう少し休んでいられた方が……」


 スーが驚いた表情で私を見る。


「うん、そう思ったんだけど、なんだか落ち着かなくて。怪我したわけでもないしさ」

「では、三人で飯の支度をするとしよう」


 アインが私に鳥を一羽差し出した。

 羽むしりも内臓抜きも終わっていて、あとは味をつけて焼くだけの状態だった。


 これも、命なんだよなぁ。


 今までも魚はさばいてきたし、鳥の羽だってむしってきた。

 でも、どれも食べるためだった。

 私はそれを恐る恐る受け取り、スーから塩をもらってふりかけ、金串で刺した。

 スーが火をつけてくれたかまどにそれを設置すると、したたる油で炎が盛り、熱かった。

 炎の揺らぎを見ていると、アインが私の隣に腰を下ろした。

 アインはおもむろに、私に手斧の一つを差し出した。

 柄の方を私に向けたので、手に取れということだろうか。

 意味も分からず、私は手斧を受け取った。

 ずっしりと重い。

 ケンタウロスのアインが手にしていると軽々と投げられそうに見えるのに、自分で持ってみると、とてもではないが遠くまで投擲することなど出来そうにない。


「それは、今日お前が対峙したオークを絶命させた斧だ」


 ハッと顔を上げる。

 アインは透き通った青い目で私を見つめている。


「これまでに何体ものオンブラを殺してきた斧だ。これからもそうするだろう」


 私は斧に視線を落とした。

 拭き取られていて刃面はきれいだが、よく見ると赤黒い染みがこびりついていた。


「俺の父がよく言っていた。命を奪うことに慣れるな、と」


 私は斧を見つめたまま、アインの次の言葉を待った。


「相手の命を終わらせる。そんな恐ろしいことをしている自覚を持ち続けろと教わった」

「アインも、殺すの、怖い?」


 なんとなくアインの顔を見上げられずに、私は下を向いたまま聞いた。


「正直に言えば、初めてオンブラを屠ったときから、それほど怖いとは思わなかった。戦いの興奮に酔い、勝鬨をあげ、自分の手柄を周囲に報せてまわった記憶がある」

「それって、アインがいくつのとき?」

「七つだ。俺たちの一族では、七歳の誕生日を過ぎるとオンブラ討伐に参加できた」


 戦士の言葉に、私は苦笑した。


「すごいね。根っからの、ってやつだ。

 私は……違ったな。

 腕を斬り落として相手が仰け反って、首がはっきり見えたんだよ。

 それを薙げば殺せる、勝つっていうのが、明確だった。

 でも、出来なかった。怖くなって、駄目だった」


 結果は、変わらなかっただろう。

 私が首を刎ねれば、あのオークは死んだ。

 でも、私がそうしなくても、あのオークは死んだ。


「それでいいのではないか。命を奪うことに慣れる必要はない。だが、俺達の命は常に他の命を奪ってつながっている。この山鳥の命は、俺達が奪い、糧にする。その命に感謝をし、明日を生きる」

「それは分かるよ。肉も魚も、植物だって、命だもん。私はそれを食べてる。

 でも、怪物は? 

 言葉持たぬ者達、オンブラ、この世界に生きるあらゆる生き物の敵。

 打ち滅ぼすことで、すべての種族の平穏が保たれる。

 理屈は分かってる。分かってはいるけど、心がついていかない。

 食べもしない生き物と戦って殺す、っていうのが、自分の中でうまく消化できてないのかも」


 私は横にいるアインを見上げて顔を見た。

 アインは微笑んでいた。

 その穏やかな微笑みは、夜空にぼんやり光る月のようだった。


「俺達ケンタウロスは、怪物を屠った夜は、月精ルナに祈りを捧げる。奴らも必死に生きている。それは間違いない。だから俺達は、奪った命に恥じない生き方をすることを、月に誓うのだ」


 アインが手を差し出したので、私は手斧を持ち主の手に戻した。


「私も、そうしてみようかな」


 私が無理に笑ってみせると、アインは大きな手で私の頬に触れた。


「戦って心が痛みを感じるのは、根底に優しさがあるからだ」


 私はアインの手に触れながら、言葉を紡ぐ。


「しみる言葉だね」

「母の言葉だ」


 ハッとして、アインは私に触れていた手を引いた。


「そういえば、頭に手をのせるのはよくないという話だったな。顔に触れるのもまずかったか」

「まずくはありませんが、ふたりきりのときになさった方が、よろしいかもしれませんね」


 スーがにやにやした顔で私を見る。


「やはり、トリル様とアイン様が予言に謳われた運命の二人であることは、間違いないように思われます」


 スーの言葉のせいか、盛る炎のせいか、顔が熱くて仕方なかった。


作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

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それらの数が増えたり、感想やコメントを頂けると、書く力が湧いてきます。


それでは、また次のエピソードで。

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