第99話 発見
「なんだってノルドの図書館なんかに行きたいんだか……」
私はスーの希望に応える形で、長年行き親しんだ場所に案内していた。
「王立図書館を見慣れてるスーが見たって、面白い本なんてないよ」
「いいんです。トリル様がどういう生活をしていたのかを知りたいんですから」
わくわくした表情のスーを連れて、私はこじんまりとした建物に向かった。
ノルドの図書館には、貴族が破棄した書物や、流れの商人が不要とした本などが集められている。そんな場所なので、外見も内装も、お世辞にも綺麗とは言えない。
「おや、ブッフォのところの。久しぶりに顔を見せたね」
長くお世話になっている司書のおじいさんが顔をほころばせた。
「お久しぶりです」
私は笑って受付を通り、スーも同じように進んだ。
スーは物珍しそうにきょろきょろしているが、私にとってはどれも見たことのある本ばかりだ。
そもそも、本棚はどれもがらがらで、何度も繰り返し読んだ本しかない。
あらためて見ると、英雄サルヴァトーレの話を伝える本が多いかな、という気がした。
だが、どれも白馬に乗った、人族の男性が挿絵になっていて、牛や鹿、鱗のある人は描かれていない。
視線を移していくと、一冊の薄い本が目に止まった。
地図が掲載されていて、様々な種族について簡単にまとめられている本だ。
懐かしく感じながら、私はそれを手にとって開いた。
大陸の形を見て、自分が辿ってきた場所を眺めてみる。
鳥の嘴を立って、東側の翼を歩いてきた。
ぐるっと回ってきたつもりだったが、こうして見ると、東側の海岸線までは足を運んでいないことに気付く。
フォンテの街が底に広がっているラーゴ湖は、翼の真ん中くらいに大きく広がっていた。
そこから東に山が広がっていて、そのさらに奥に海岸がある。
マチネとソワレが生活していたのは、この海岸なのだろう。
だから人里近くでケンタウロスを見たという話は聞かなかったし、私達が旅の中で出くわすこともなかったのだ。
視線を移して、西側を見ると、翼のほとんどが山岳地帯だ。
中心に霊峰ファートという名が書かれていて、東の裾にピエトラ王国、南の裾にクラテーレ王国という名が記されている。それぞれ、鉱人の国と、竜人の国だ。
山脈のさらに西には、やはり海岸線が延びている。
こっちにも、マチネ達のような、ケンタウロスの生き残りがいたりするんだろうか。
あてもなく探し回るより、この、西の海岸に望みをもつのがいいかもしれない。
そんなことを考えながら、私はずっと下の方に視線を移していった。
そのときだった。
「あっ!!」
思わず、大きな声が出た。
どうしたんですかとスーが近くに来て、本をのぞき込む。
私は地図を編纂した人の名前を指さした。
それを見て、スーが両手で口を覆う。
「インブロリオ……」
私は小さく頷いた。
「大陸を実測して地図をつくった者、インブロリオ。はっきり書いてある」
私とスーは古いテーブルに本を置き、細かく見始めた。
「インブロリオは、地図を作った人だったんだ」
「……トリル様、この地図、おかしいです」
そう言って、スーが東側の、南の方を指でなぞっていく。
「この森が、アルベロ大森林ですよね。この南東と南西に砂浜がありましたよね。それで、その中間には、ムスキョ樹海があって、抜けたら岬がありました。でも、ほら」
「岬がない」
私達がリリコの案内と協力でたどり着いた、あの穿たれた空間の遺跡があった場所は、海になっていた。
「偶然でしょうか?」
「考えにくいね。インブロリオは、地図をつくっていく過程であの壁画を見た。そして、意図的に、それを隠して地図をつくったんだ」
「話が繋がりますね。そしてインブロリオはカストラートに出会い、人族こそが至上であると伝えた」
「そしてレジーロも与して、コレペティタはカストラートと出会った」
闇の力の始まりが、インブロリオという人族だった可能性が高いと思った。
「この本、お借りできないか聞いてきます」
スーはそう言って、司書の老人のところに行った。
私はその間も地図を眺めた。
この地図は、どこからどこまでが正しいんだろうという気がした。
「許可を頂きました。王都に戻ったら、この地図の原本や、他の地図も確認しましょう。そういった任に着いていた歴代の人物についても調べる必要がありますね」
ノルドに足を伸ばした甲斐が在りましたね、とスーが笑う。
「王都にも地図はたくさんあったはずなのに、どうして気付かなかったんだろうね」
私も笑った。
「もう一日泊まるって言ってなかった?」
母があからさまに機嫌を損ねていたが、平謝りしてすぐに発った。
アウローラとノーチェに乗って、私達は王都に駆けた。
ノルドから王都に戻った私達は、すぐにクプレ大臣のところに向かった。
彼は私達に少し待っているように言って、書斎に行き、すぐに戻ってきた。
「君達の言うとおりだったよ」
大臣は目を細めた。
「もう三百年も昔の記録だが、たしかに、時の王命で大陸の地図を作成した者がいた。その名がインブロリオだ」
私とスーは顔を見合わせて喜んだ。
しかし、クプレ大臣が表情を曇らせる。
「どうかしたんですか?」
「いや、このインブロリオという者、記録がほとんど残っていないのだ」
「記録というと……出自や所属などですか」
大臣は厳かに頷く。
「古い記録だから破棄されてしまったということもあるだろうが、それにしても少なすぎる。まるで、意図的に破棄されたかのようだ」
「そういった調査を任されるのは、どういった立場の方なんですか?」
私が尋ねると、クプレ大臣は顎に手を当てて考え始めた。
「そうだな……今なら宮廷魔術師から選出されるのは間違いない。それでいて、旅に出てもうまくやれる技能をもち、万が一命を落としたとしても体制に影響がない家の生まれが望ましかっただろう。今とは時代は違うが、おおむね、そういった人物だったはずだ」
私とスーは目を合わせて頷いた。
「あの遺跡に入るには、風精の力が必要だった」
「魔術師だったのなら、それができた可能性はあります。風精でなくても、海が近かったので水精の魔法でもどうにかできたかもしれませんし」
では、とクプレ大臣が口を開く。
「この人物については、部下に調べさせることにしよう。他に、古代文明に関わることで発見はあったかね」
私は首を横に振った。
「左様か。まぁ、本を漁って見つかるようなことならば、とっくにもっと多くのことが明らかになっているだろうからな。やはり、旅に出て各地を巡るより他に仕方あるまい」
クプレ大臣はそう言うと、また執務室に戻っていった。
私達は宮殿を出て、カステロの大通りの長いすに腰を下ろした。
「モナルキーアで出来ることはこれくらいかな」
「そうですね。あとは、アイン様達が遺跡の残滓を見つけてくるかどうかですが……」
「厳しいかもしれないね。だって、スー達、現代の魔術師だってあちこちを見て回ってはいるはずだし」
「ええ。そろそろ帰ってこられるでしょうし、旅の再開が近いですね」
クラテーレに行くとなったら、マチネとソワレは一緒に行くんだろうか。
前のように、三人で笑い合っての旅にはならないかもしれないな。
どうせ人が増えるなら、シラブルとリリコが一緒ならよかったのに。
駄目だ、駄目だ。
ちゃんと気持ちを追いつかせて、しっかりしないと。
そのアイン達がカステロに帰って来たのは、それから二日後のことだった。
読後感と必然性を大切にしたい、作者の成井です。
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それでは、また次のエピソードで。




