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第10話 初陣

 モナルキーア王国東の街オストを出て、三日が過ぎた。

 私は、次第に足に疲労を感じるようになっていた。

 王都を発つときにインテルメッツォ氏にかけてもらった疲労軽減の魔法が、日が経って効果を薄れさせたというのも理由の一つだ。

 でも、それよりも大きな理由が別にあった。

 道の舗装がないのだ。

 ノルドからカステロ、そしてカステロからオストまで、人族の先人達が敷いてくれた街道は歩きやすかった。

 ところが、オストを出てほどなく、草や石が目立ち始めた。

 この辺が中間地点ですね、とスーが教えてくれた辺りになると、スーやアインが方角を示してくれないとすぐに迷子になってしまいそうな、だだっ広い草原が広がっているだけになってしまった。


「そろそろ野営の準備をしますか」


 日の光が朱を強め始めて、スーが言った。

 私はホッとして同意し、アインも頷いた。


「疲労が見えるな」


 アインが私を見て笑う。


「こちとら二本しか足がないもんで」


 私の憎まれ口に、アインは笑った。


「本数の問題だけではなく、長さの問題もあるだろう」


 返す言葉もない。


「オストを出てから、剣の訓練も毎夕していましたからね。今日はゆっくり休むとしましょう」


 スーはそう言うと、荷物を下ろし、手際よく天幕を張った。


「それでは、今日は何か精のつくものを獲ってきましょう。あいにく森はありませんが、野性の馬や鹿は遠目に見かけましたから」


「何度も言うが……」


 アインが眉間に皴を寄せて口を挟み、スーが慌てて言葉を次ぐ。


「鹿にします」


 この何度目かのやりとりに、私は何度目かの笑い声をあげた。

 スーは、馬の肉が好物なのだそうだ。

 ところがアインは、馬を食べるのは抵抗がある。

 自分と同じ見た目の生き物を食べろと言われれば、それはもちろん気が進まないだろう。だから、アインが馬を食べるのを厭うのは、当然だと思う。

 しかしスーはつい、馬も鹿も同じように肉として見てしまうので、ああいう言い回しになる。

 スーはいつも使っている小型の弓を携えて、駆け足で離れていった。丘陵の起伏が激しく、少し経つとあっという間に姿が見えなくなった。


「ケンタウロスを馬扱いするな、と言う一方で、馬の味方をしてしまうのはおかしいのかもしれないが」


 スーが小さくなってから、アインが呟いた。


「まぁ、仕方ないんじゃない? それに、私はなんとなく、二人のそのやりとりがおかしくって好きだしね」


 私は笑いながら、火をつける用意を始めた。

 最終的に火をつけるのはいつもスーが魔法でやっているが、即席のかまどを拵えるくらいのことは私にも出来る。

 あらためて、魔法については機会があったら教わろうと思う。ただ、今は剣の稽古をつけてもらっているから、あれもこれも一気に習うのは気が引ける。

 そういえば、と私は思い当たった。


「アインって、何度も月精ルナの話をするじゃない。それって、魔法なの?」


 アインは首を横に振った。


「いや、ケンタウロスの魔法は、人族の魔法と仕組みは一緒だ。『力在る言葉』で精霊に語りかけ、志向を決め、力を借りる。俺がやっているのは、ただ月精ルナに意識を集中し、彼らの声を聴くことだけだ」


「ふぅん……でも、私達人族の中で、陽精ソルの声を聴く、なんて話はないけど」


「守護精霊の声を聴く、というのはケンタウロス族だけなのかもしれん。もしかすると、常に自然の中で生活を営んできた種族だからこその可能性も」


 そこまで言って、アインは腰の大剣に手をやった。

 それを見て、私も腰の剣に手をかける。

 急に緊張感が高まり、私は膝を軽く曲げて重心を落とした。


「何?」


 私が小さく呟く。


「たてがみが逆立った。オンブラだ」


 アインは剣を構え、スーが行った方とは反対側に視線を送った。

 私も同じ方向を見て、剣を抜いた。


「先に弩を構えておけ。一発撃って、装填の隙があったら二発目の用意をしろ。迫られたら弩は捨て、剣を抜け」


 アインが遠くを見据えながら言う。

 私はこくこく頷いて、木目の剣をしまい、後ろに帯びっぱなしになっていた小型の弩に持ち直した。

 取っ手を回し、かちりとなったところで矢をつがえる。

 風が吹き、背の低い草がなびく。


「あの岩が見えるか」


 アインが剣の先で示した先に、大きな岩が確認できた。

 私は小さく、見える、と言った。


「あの陰から来るぞ。この辺りで多いのは、黒鬼オーク独眼鬼サイクロプスだ」


 私はごくりと固い唾を飲んだ。

 サイクロプス。

 本で見たのは、一つ目で緑色の肌、大きな体。

 絵本ではミノタウロスの戦士と取っ組み合いの喧嘩をしていたが、今は現実だ。

 思わず、弩を握る力が強くなる。


「来たっ!!」


 アインの指した岩陰から、影がいくつも躍り出た。

 黒い肌の怪物達、オークの群れだった。

 アインは駆け出し、一刀の元に数体を切り伏せると、体を翻らせて二の太刀、三の太刀と舞うように剣を振る。

 明らかにオーク達が怯んでいる。

 援護の必要もないかな、と油断したそのときだった。

 別の方向から一体、私の方に迫ってきている影があった。

 角度的に、アインからは見えていない気がする。


「わっ……」


 思わず声が漏れた。

 オークは私に向かって走り出している。

 引き金を引く。

 つがえた矢が飛ぶ。

 薄暮れの中に矢は消え、オークは何事もなかったかのように私の方に迫って来た。

 外れた。

 二の矢は次げない。

 私は弩を捨てて、剣を抜いた。

 呼吸が苦しい。

 胸が痛い。

 敵は棒切れのようなものを持っているが、それが木なのか、金属の棒なのかも、よく見えない。


「腕を斬れ、です」


 スーの言葉を思い出す。


「トリル様が教わっていた剣術は、対人用の護身術ですね。きっとお父様が、娘の身を案じて伝授してくださっていたのでしょう」


 私はふむふむと頷きながら、スーの説明を待った。


「間合いの取り方や詰め方はお上手です。ただ、受けを狙うのが主眼ですから、旅での戦いには不向きと言わざるを得ません」


「雨に打たれるのが嫌なら雲の下から走り去れ、というやつだな」


 アインが口を挟む。


「先手に勝る手はない、というケンタウロス族のことわざだ。実戦では初太刀を受けようとしてそのままやられるということも少なくないからな」


「先手必勝、ってわけね。でも、アインみたいに大剣やら大斧を振り回して一刀両断! なんて私には出来ないよ」


 そこで、とスーが言ったのが「腕を斬れ」だった。


「相手が武器を持っていればなおさら、持っていなかったとしても、腕を斬られると大抵の相手は本来の戦い方が出来なくなります。腿を斬るのも有効ですが、多くの場合、脚は避けられてしまうので、初手は腕を狙います」


 私は正面に剣を構え、オークが間合いに入る前に切っ先を細かく振る。

 狙ったとおりに怯んだか、ぐっと踏みとどまって私とにらみ合う。

 近くまで来て分かったのは、敵が手にしているのはただの棒切れだということだ。

 それを持つ右の腕を、狙う。

 私は一、ニと踏み込んで、直線的に木目の剣を振り下ろす。

 受けようとしたオークの棒切れを断ち、剣はその腕にまっすぐ滑り込んだ。

 サンッ、という音とともに、刹那、グズッという感触が握った柄に響く。

 魚を骨ごと断つ感触よりも、振動が強い。

 オークの腕は切り落とされた。

 ギュオッ、という言葉ではない声を上げ、オークが仰け反る。

 剣を打ち鍛えて集中している瞬間のように、光景がゆっくり見える。

 歪んだ黒い顔が上を向き、首が露わになる。

 返す刃でそこに木目の剣を走らせれば、首を刎ねることが出来る。


 首を、刎ねる、ことが、出来る……?


 私は大きく後ろに跳んで、間合いを広げた。

 はあはあ言いながら、敵を見る。

 黄色く澱んだ目を血走らせて、私を睨みつけている。

 頭がしびれているみたいに、目を離せない。

 勝負はついたでしょ。

 逃げなよ。

 そっちに勝ち目はないんだから。

 私は木目の剣をぎゅっと握り直す。

 ガッ、と音がして、オークは急に眼を上に向けて前のめりに崩れ落ちた。

 倒れたオークの背中には、手斧が深々と突き刺さっていた。

 アインが遠くから斧を投げた姿勢で止まっていて、彼の周りには黒い屍がいくつも横たわっていた。

作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


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それでは、また次のエピソードで。

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