婚約を申し込もうとした相手が、皇太子殿下にかっさらわれた上、性別が転換してしまいましたわ( ゜Д゜)
レティシア・ミルディアルク公爵令嬢は、まだ16歳。金髪ですみれ色のこの高貴な令嬢はとても美しかった。王立学園へ入学したレティシアは、美しいだけでなくあまりにも優秀な為、皆に注目される。
「さすが、名門ミルディアルク公爵家の令嬢。出来が違いますわ。」
「本当に。」
皆が口々に褒め称える。
レティシアは当然とばかり頷いて、
「それはもう、ミルディアルク公爵家に恥じないようにわたくし、頑張っているのですわ。」
誇らしかった。
入学して一年が過ぎた頃、そんな自信に溢れたレティシアは恋をした。
アレスティ皇太子殿下と共にいる令息の一人、メラルド・カルデルク公爵令息にである。
アレスティ皇太子殿下もそれはもう金髪碧眼の美しき皇太子殿下で、女生徒からは人気があった。ただ、皇太子殿下と言われてはいたが、実は女性である。
フィレスト帝国における唯一の皇族の後継者は彼女一人であった。
だから、彼女は皇太子殿下と呼ばれ、男性の格好をし、男性達と共に行動をしているのだ。
「私は皇帝になる。そのための努力は惜しまない。」
それが、アレスティ皇太子殿下の口癖で、常に身体を鍛え、書を嗜み、努力を怠らなかった。
そんな皇太子殿下の事を学園の皆は頼もしく思い、女生徒達は憧れを持って接していたのだ。
しかし、レティシアが恋したのは、その取り巻き令息の一人、メラルドだった。
黒髪碧眼のメラルドは、名門カルデルク公爵家の長男であり、勉学も出来て、彼も又、女生徒達からモテた。
- 彼ならば、わたくしの結婚相手として不足はないわ。-
レティシアは、教室で本を読んでいるメラルドに話しかける。
「ねぇ。わたくしなんてどうかしら。」
「え?何?どうかしらって?」
「わたくし…貴方の事が。いえ。何でもないわ。」
父であるミルディアルク公爵に頼んで、カルデルク公爵家に話を持っていって貰えばいいのだ。
婚約を結びたいと言えば、向こうも断らないだろう。
政略的に両家が結びつく事は得である。
それが、まさか一足先に越されるとは思わなかった。
三日後の事である。
アレスティ皇太子殿下に宣言されたのだ。
「メラルドは私の婚約者となった。これからは未来の皇妃として、メラルドではない。メリーディアとして生きる事になった。メリーディア・カルデルク公爵令嬢だ。よろしく頼むぞ。彼女はこれから二年間、私と結婚する為に皇妃教育もこなさねばならん。皆、力になってくれ。」
メラルド改め、メリーディアは女生徒の制服を着て、薄く化粧を施していた。しかし、髪は短く動作もまだ男性的である。
「メリーディア・カルデルクになりましたわ。よろしくお願い致します。」
教室中の生徒が驚いた。
勿論、レティシアも驚いた。
続いて、アレスティ皇太子殿下がメラルドに皇妃として生きて欲しいと命じた理由を説明した。
「この国を統べるのに、ドレスで出来るか。化粧に割いている時間などあるか。帝国の唯一の後継者である私は女である必要はないのだ。私に必要なのは王配ではない。私を支え、社交をしてくれる皇妃だ。だが、私は後継者を残さねばならん。フィレスト帝国の皇族の血が途絶えてしまうからな。だから、私が皇太子の間に、必ず男の子を産む。私と結婚する相手は褥では男性で無くてはならない。そして、皇妃として私を支えてくれる相手でなくてはならない。だから、メラルドには女性として生きて貰う事になった。」
皆、唖然としている。
婚約をしようとした相手を、皇太子殿下にかっさらわれた。
それはいい。それは仕方がないとしても、性別が転換してしまったのだ。
メラルドが女性として生きる???それはどういう事?
いえいえいえいえ、有り得ないっ。有り得ないわっ。
これは夢かと頬をつねってみたが、どう見ても目の前のメラルドは女生徒の制服を着て、もじもじと立っている。
眩暈がした。
そして、同時に気の毒に思った。
彼はカルデルク公爵家の嫡男。公爵になる為に努力している姿を見て来たのだ。
それがいきなり、女性として生きろだなんて…
レティシアは恋していた相手に向かって、優しく話しかけた。
「何かわたくしで力になれる事がありましたら、おっしゃって下さいませ。力になりますわ。」
「有難う。レティシア。」
失恋???失恋なのかしら…ショックの方が大きすぎて…。
ともかく、メラルドの、いえ、メリーディアの力になってあげよう。
レティシアはそう誓ったのであった。
「このクリームは肌を美しくするクリームですわ。どうか、メリーディア様、お使いになっては如何。」
教室で美肌のクリームを勧めてあげた。
「まぁ、美肌のクリームですって。」
「ええ。女性はお肌に気を遣う物ですわ。」
「嬉しいわ。さっそく使ってみるわ。」
嬉しそうに美肌クリームを受け取るメリーディア。
あれからメリーディアは皇妃教育に追われているみたいで、見る間に顔色は悪く疲れ切っている様子だった。
それはそうだろう。学園の勉強の他に、数か国語をマスターし、女性としてのマナーやダンス等、皇妃教育は覚える事が沢山あるのだ。
暇さえあれば、学園でも本を開いて、メリーディアは勉強していた。
レティシアはメリーディアが数か国語を苦労して勉強しているのを見て、つい声をかけた。
「わたくしの母は隣国の出ですから、わたくしも隣国の言葉は得意ですの。わたくしとメリーディア様の会話は隣国の言葉で致しましょう。その方が習得が早いですわ。」
お昼ご飯を一緒にと誘って令嬢達と食べながら、隣国の言葉でレティシアはメリーディアと会話をしたりした。
他の令嬢達も、それを見て、メリーディアにマナーとか色々と教えるようになったのだ。
アレスティ皇太子も一緒にお昼を食べながら、
「メリーディアには苦労をかける。レティシア、それから皆の者。協力してくれて有難う。」
皇太子殿下から礼を言われてレティシアは嬉しかった。
「帝国民として当然の事をしているまでですわ。」
レティシアは燃えていた。
好きだったメラルドと結婚出来ないのは凄く悲しいし、辛い。
でも、帝国の為ならば、協力を惜しまないと。
そんな中、とある令息と知り合いになった。
アレスティ皇太子殿下の取り巻き令息の一人、ルイス・ハミルトン公爵令息だ。
彼はハミルトン公爵家の次男で、茶の髪の明るく快活な性格の青年だった。
「レティシアってさ。メラルドの事、好きだよな…」
「え?」
ある日、そう言われてドキリとした。
「いえ、あの…どうしてそのように思いますの?」
「俺、聞いたんだ。カルデルク公爵家に婚約を申し込むつもりだったって…だって、君の母上と俺の母上は仲がいいから。」
「ああ…そうでしたわね。」
公爵夫人のお茶の集まりで、自分の母はおしゃべりなハミルトン公爵夫人と仲が良かった事を思い出した。
ルイスは、レティシアに、
「皇族にやられたな。先を越されるなんて。メラルド程、優秀な男性はいないから、彼なら皇妃としてもやっていけるだろう。悔しかったんじゃないのか?好きな男性がさ。皇太子殿下に取られたんだ。」
「それは…悔しかったし、悲しかったわ。でも、わたくしは、帝国民としてお二人の力になると決めたのです。ですから、今は応援してますのよ。」
「偉いなぁ。レティシアは。ねぇ、ハミルトン公爵家なんてどう?」
「え?だって貴方は次男じゃない。」
「それがさ。兄上が隣国の公爵令嬢に惚れられちゃって、そちらへ婿入りが決まりそうなんだ。そっちは一人娘だから。だから俺が公爵家を継ぐことになるわけ。そりゃカルデルク公爵家程名門じゃないが、どうかなぁって…」
「どうかなぁって…それならば、正式に家を通じて申し込みして下さらないかしら。父が承知したら、わたくしは従うしかありませんわ。」
「俺は君の気持ちを大切にしたい…」
「あら、今時、珍しい事をおっしゃるわね。」
「公爵家の婚姻は政略だろうけれども、でも、君が嫌々、俺と結婚するのは悲しいんだ。」
「先を越されないように、急いだほうがいいんじゃないかしら。うふふふふ。」
「急ぐっ。急ぐよ。」
今まであまり交流は無かったけれども、とても快活で良い人だって知っていたから、
彼が本気だったら受けてもいいかなぁとレティシアは思ったのであった。
そんなある日、ルイスに、
「放課後、ちょっと飯を食いに行こうと思っているんだ。友達達と、君も一緒にどう?」
「わたくしもご一緒していいのかしら。」
「俺が責任持って、危ない目には合わさないから。」
レティシアは数人の貴族令息達と食事を共にすることにした。
ただ、護衛の騎士を二人、着けて貰う事にはしたが。自分は公爵家の令嬢だ。
何かあったら困るからである。
そしてその中に、メラルド、改めメリーディアがいたのには驚いた。
最近ではすっかり女性らしくなってきたメリーディアは今日は男性の格好をしていた。
長くなった髪を後ろに束ねて、ルイスと仲良さそうに話をしている。
そう言えば、この二人は親友だったわ。
高級な食事処の二階を貸し切って、皆で食事をする。
護衛の騎士達の席も用意して貰った。彼らも食事を楽しんでもらう。
食事をしながら、ルイスは正面に座るメリーディアに向かって、
「俺、レティシアと婚約しようと思っているんだ。」
「そうなのか?おめでとう。二人とも。私からもお祝いを送らせて貰うよ。」
レティシアはルイスの隣に座り、斜め向かいのメリーディアに向かって、にこやかに微笑み、
「有難うございます。今日は女性ではないのですね。」
「ルイス達とたまに息抜きをする事にしているんだ。女性っていうのは疲れるね。アレスティ皇太子殿下の為でなければ、とっくに音を上げている所だ。」
「そうですの。メリーディア様。貴方は後悔はないのですか?」
思い切ってメリーディアに聞いてみた。
メリーディアは微笑み、
「後悔等あるものか。アレスティ皇太子殿下の御世に役立つ事が出来るんだ。後悔なんてない。それに、皇太子殿下や私にはルイスやレティシア、頼もしいクラスメイトが力を貸してくれる。なんて有難い事なのだろう。有難う。レティシア。有難う、みんな。」
レティシアは涙がこぼれる。
恋心を持っていたメラルド。
彼が突き進む道をこれからも応援していきたい。
彼は先行き皇妃になるだろう。
その時、社交界で彼はトップに君臨する。
自分はハミルトン公爵夫人として皇妃様の役に立とう。
そう思ったのであった。
それから、正式にハミルトン公爵家から婚約の申し込みが来た。
母親同士が仲良しなのだ。
それはもう、あっという間に婚約が決まってしまった。
ルイスはとても紳士的で、優しかった。
レティシアを学園でも大切にしてくれた。
その後、無事に学園を卒業してから、ルイスはレティシアに正式にプロポーズしてきた。
「その…学園も卒業した事だし、結婚してくれないかな。」
「ええ…結婚してもよろしくてよ。」
綺麗な赤薔薇の花束を貰い、レティシアはルイスをぎゅっと抱き締めた。
- わたくしは幸せになるわ。幸せに… -
アレスティ皇太子殿下と、メリーディアの結婚式が行われた翌月、二人は教会で式を挙げた。
クラスメイト達が皆、祝いに駆けつけてくれて、二人を派手に祝ってくれた。
勿論、アレスティ皇太子殿下もメリーディアも駆けつけてくれて、豪華な祝いを二人に贈ってくれた。
後に、ルイスは宰相まで出世をし、凄腕の宰相として、アレスティ皇帝の御世に役立った。
レティシアは社交界の華として、メリーディア皇妃を助け、外交にも力を貸した。
レティシアとルイスの仲は良く、二人の娘に恵まれた。そのうちの一人は皇室へ嫁ぎ、次代の皇妃になる。縁とはまた不思議な物…そして繋がるもの…
レティシアは、娘を皇室へ嫁がせる時に、
「皇妃様を見習って、立派な皇妃様になって。わたくしからのお願い。いいわね。」
と、学園当時を懐かしみながら、そう言い含めたと言う。