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たらこのエッセイ集

穴 ~他人がのぞいた深淵の先にあるもの~

この作品はノンフィクション作品です。

本来はエッセイとして投稿するつもりでしたが、やはり怖い思いをしてしまう人がいると思い、ホラージャンルに変更させていただきました。


エッセイでは一人称を「たらこ」にしています。

この点は変更しないでおきたいと思います。

ご了承ください。

 皆様は穴を覗いたことがあるでしょうか?


 穴と言ってもピンときませんよね。

 では、想像してほしいのです。


 あなたが普段使っている通学路、あるいは通勤路に、ぽっかりと穴が開いています。

 アスファルト、コンクリート塀、工事現場の仮囲い。

 向こう側が見えない壁、あるいは地面に、穴が開いている。

 大きさは野球ボールくらい。


 普段はそんなもの見かけないのに、変だなぁと思いながらも、その穴はどうなっているんだろうと気になるはずです。

 たいていの場合、気になっても穴を覗いたりはしません。

 そのまま通り過ぎて行ってしまうでしょう。


 地面に開いていた穴を覗こうとしたら、身体をかがめるか、這いつくばるしかありません。

 そんなことをしたら周囲の人から変人だと思われてしまいます。


 穴に興味を持ったとしても、それを覗いて得られるリターンがあるかと言うと、そんなものはないとほとんどの人が思うはずです。

 実際にのぞいたところで、それはただの穴だったと分かるだけですから。


 正体不明の穴の底は案外浅かったりします。

 工事のために開けた穴なのだと納得して、たちまち興味を失ってしまうことでしょう。


 そう……どんなに気になったとしても、穴は穴でしかないのです。

 底が見えてしまったら、深淵もただの穴になってしまう。


 とまぁ、ここまで駄文を書きなぐったたらこですが、一度だけ、その穴を覗いたことがあります。


 穴と言っても、穴ではありません。

 たらこが覗いたのは窓でした。


 たらこが通っていた小学校の近所に、名物オジサンがいました。

 いつもニヤニヤして自転車を乗り回し、子供たちを追い回すのです。


 といっても、暴力をふるうような危険な存在ではなく、ただのキモイおっさんとして知られていました。

 当時はそれほどセキュリティも固くなく、割とおおらかな時代でした。

 学校側もそのオジサンに対策をとることはせず、野放しの状態。


 ニヤニヤしたおっさんはいつものように自転車を乗り回し、子供たちを追いかけまわす。

 こう書くとやっぱり危険じゃねぇかと思われるかもしれませんが、自転車を漕ぐペースは非常に遅く、おまけにふらふらしていたので、子供の足でも簡単に逃げられます。


 まぁ……それでも放っておくのはどうかと思うのですが。


 学校のセキュリティが大幅に強化されたのは、例のあの事件以降だと記憶しています。

 あの頃はまだ、そんな事件が起きるとは誰も思わなかったのでしょう。


 脱線してきたので、話を元に戻します。


 ニヤニヤオジサンは、学校の近くにある借家の庭に侵入し、窓の中を覗いていました。

 その姿を多くの生徒が目撃しており、何を覗いているのかとみんな気になっていたようです。


 オジサンは窓に張り付くようにして中を覗きながらずっとニヤニヤ。

 正直言って怖いと思うのですが、あまりにそのオジサンが危険視されていなかったため、子供たちの間では怖さよりも好奇心が勝っていたようです。

 あのおじさんは何を見てニヤニヤしているのか。


 あの部屋の中にエッチなものが置いてあって、それを見てニヤニヤしているのだと予想する子供もいました。

 エッチと聞いて男子たちが放っておくはずがありません。

 あの借家の中に何があるのか確かめに行った子もいました。


 しかし、カーテンが閉まっていて中に何があるか分かりません。

 オジサンが覗きに行くときに限って開かれるようです。


 さすがに不法侵入したり、窓を割ったりして、その中に何があるのか確かめようとする子供はいませんでした。

 平和な事です。


 ニヤニヤオジサンが何を覗いているのか、それを突き止めた子供は一人もいませんでした。


 その日、たらこは一人で学校から帰っていました。

 何かの用事で帰るのが遅くなったと記憶しています。


 いつもは子供たちでごった返す通学路は時間が遅かったからか、とても寂しかったです。

 たらこの他に誰もいませんでした。


 ふと、あの借家の前を通りがかりました。

 門扉などはなく、誰でも敷地の中へ入っていけます。


 たらこはニヤニヤオジサンが覗いていた部屋が気になりました。

 以前に何人もの子供が侵入して中を調べに行っていたので、たらこもなんとなく足を踏み入れてしまったのです。


 ひび割れたコンクリートの上を慎重に歩き、錆びた鉄の柱に触れないよう、ゆっくりと進みます。

 目的の窓まであと少し。


 たらこは勇気を振り絞って窓の前まで歩いて行きました。

 そして……カーテンが開かれていることに気づいたのです。


 唾を飲み込みました。

 ごくりと音を立てて。


 恐る恐る中を覗き込むと……。




 そこには何もありませんでした。




 いえ、まったく何もなかったわけではありません。

 空になった棚。座布団がいくつか。

 薄いピンクの壁紙が所々剥がれ、ふすまには穴が開いていました。

 他には目につくようなものが何もなく、ただがらんとした空間が広がっていました。


 どうやら空き家だったようです。


 どんなにくまなく中を見渡しても、何も見つからない。

 これ以上は無駄だと思って、たらこは引き上げることにしました。


 借家の敷地を出て家に帰ろうとすると……。

 向こうの方から自転車に乗ったニヤニヤオジサンがこちらへ向かってくるのが分かりました。


 なぜか……途端に怖くなりました。

 たらこは道の端に移動し、進路を譲ります。

 顔を合わせないようにずっとうつむいて、オジサンが通り過ぎるのをひたすら待ちました。


 おじさんは何をするでもなく、たらこをスルー。

 そして……例の借家へと向かったのです。


 気になりました。

 たらこはとても気になりました。


 おじさんはあそこで何をするつもりなのでしょう?

 振り返ると、彼が自転車を降りて、例の部屋の前へと歩いて行くのが見えました。


 何を思ったのか、たらこは来た道を引き返し、借家へと向かいました。

 そして……窓に張り付いて中を覗き込み、ニヤニヤするオジサンの姿を目撃したのです。



 オジサンは窓を覗き込みながら一人で……




 ニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤ。




 とても楽しそうに笑っていました。


 たらこはとても怖くなりました。

 彼はいったい、あの何もない部屋の中に、何を見ているのでしょう。

 何がそんなに面白いのでしょう。




 ぱきっ。




 うっかりさんのたらこは、割れたコンクリートの破片を踏んでしまいました。

 音に気付いたオジサンはこっちを向いて手を振ります。


 こっちへおいで、こっちへおいで。

 ニヤニヤ笑いながら、こっちを向いて、手招きをします。


 たらこは怖くなって逃げました。




 あれ以来、たらこはオジサンを避けるようになりました。

 といっても常に学校付近に現れるわけでもなく、たまに目撃されるくらいだったので、それほど困りませんでしたが。


 学年が上がるにつれ、オジサンの出現頻度は下がっていきます。

 中学校へ上がるくらいになると、ついには完全に目撃証言が途絶え、オジサンは噂上の存在になってしまいました。


 実は……たらこはオジサンの顔が思い出せません。

 どんなオジサンだったのか、すっかり忘れてしまいました。


 覚えているのは、ずっとニヤニヤ笑っていたこと。

 そして、オジサンが覗いていた部屋には何もなかったこと。


 オジサンの顔は思い出せないのに、あの部屋の光景は今でも思い出せます。

 確かに、あの部屋には何もありませんでした。


 何もありませんでした。




 見慣れた場所、通りなれた道。

 もしそこに不自然な穴があっても誰も気にしません。


 ですが、その穴を興味深く覗き込んでいる人がいたら、ちょっと異様に思えるかもです。

 その人はいったい何を見ているのでしょうか。


 もしかしたらその人が覗いている穴よりも、その人の心に開いた穴の方がずっと深いのかもしれませんね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 見える人には見える世界があるのでしょう。 もしかしたら、私には見えていて、みんなには見えないものがあるのかもしれないですね。 穴、異空間への入り口かもしれないですね。 ひやりと面白かったで…
[一言] 読み終えて最初に思ったのは 「何もない」ではなく「何も見えなかった」ではないのかなと おじさんと一緒に見たら何か見えたのかもしれないなとも思いましたが、おじさんにしか見えないのかもしれない気…
[良い点] これは……いろいろ深く考察していくと、どんどん怖くなっていく話ですね。 もともと「空き家」って存在自体、なんだか怖いですし。 [一言] 個人的には、たらこ様の文章の書き方が上手くて、怖さが…
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