転生?転移?
人は生命の危険に瀕したとき周りの者が遅れて見えるのだという。話によるとそうすることによって危険を回避できる方法をとれるようにする効果があるのだとか、でも動きが遅く見えても自身が早く動けるわけではないからあまり意味はないだとか、そういう話を聞いたことがある。
俺の時はどうだったかと言うと車にはねられるまで車の存在に気が付いていなかったのでよく分からなかった。強い衝撃で跳ね飛ばされて、さらに勢いよく階段を転げ落ちる。
階段から転げ落ちながら不味いと思った。車にひかれたことが? 俺が死ぬことが? いや違う。そんなことより俺が角くんを殺そうとしていたことがばれることがだ。
そんなこと分かったら両親は後ろ指をさされて会社を辞めなくてはならなくなって引っ越さなくてはならなくなる。妹だって虐められる。最悪自殺の可能性もあるかもしれない。守ろうと思っていたものを逆に壊してしまう。
俺だけならなんとでもいい逃れられるように考えて足が付かないように行動してきたつもりだ。
でも俺が死ぬなんて想定していなかった。しかもバイクをいじった道具はまだ所持している。
角くんのバイクに細工がしてあって近くで俺が車にはなられた。しかも深夜に電気ドリルとスタンガンを持って。証拠はなくたって状況証拠は十分だ。バイクに細工してるところを監視カメラに収められたりしてたら役満だ。
最悪の事態ばかり頭をよぎる。なんとか思考を巡らせて打開策を考える。
俺はまだ角くんを殺していない。バイクに細工をしただけだ。
ガソリンを給油しようとしたらかぎが壊されているのに気が付く。着火装置だということは見ればわかる。だけど、ガソリンを給油するのにちょっと時間が…何週間か間があれば話は別だ。
俺がひかれたのと1週間くらいばれないでいてくれたら、俺との関連性は薄くなる。1か月気づかなかったら監視カメラの映像も塗り替えられるかもしれない。そうしたら別件として処理されるかもしれない。運次第となるが…ああ、ガソリンはどれだけ残っていただろう?
でもやっぱり電気ドリル所持は言い逃れできない。最悪車にひかれて死ぬのは仕方ないとしても今死ぬのは不味い。そこでひかれるのは不味い。もうちょっと自然な時間帯に、離れたところで、電気ドリル持ってない時にひかれたらよかったのに。
なんでだ神よ。俺は確かに悪いことをしようとしたが、角くんだって悪いことをしていたはずだ。それとも今の世の中だと援助交際の方が正しいことなのか神よ。
しまいには神に不満などを訴えてみた。
俺はしぬ。それは仕方ない。でもそれは今じゃないはずだ。
階段を転がり落ちながら俺の体よなんとか無事であってほしいと願っていた。ちょっとだけでもいい。動かなければ、電気ドリルとスタンガンだけでも処理しなくてはいけない。その後なら別に死んでしまってもいい。でも最初の衝撃はものすごかった。ちょっと無事でいれそうにない。
でも…階段?
俺は逃走ルートを一通り確認していた。そこに階段なんてなかった。なかったはずだ。
じゃあなぜ俺は階段を転げ落ちているのか?
何かがおかしいと気が付く。車にぶつかった際にはこれはもう俺の人生終わったなと思った。でももう手足の間隔は戻っている。案外大丈夫だった? 身体を確認すれば額からは出血しているものの、小さな手足には掠り傷があるくらいで大した怪我はない。
いや違う。
なんだこの小さな手足は? 明らかに高校生の男の体ではない。それにまるで中世の貴族みたいな服を着ている。周りだって変だ。石畳の廊下に赤い絨毯。普通の町中を歩いていたはずが、まるで中世の建物の中のように見える。
混乱していると、青い顔をしたメイド達が近寄ってくる。
メイド? そうメイドである。現実のメイドはメイド服なんか着ておらず、漫画やゲームの中だけの服装のはずだ。ところがこいつら全員そのものずばりのメイド服を着ている。髪の色も赤青黄緑ピンクとどこかの5人戦隊みたいにカラフルだ。しかも角くんみたいな明らかに染めたような不自然な髪質ではない。生まれたときからそうだったようにしっくり容姿に馴染んでいる。
まとめ役らしい一番年長のメイドが心配そうに覗きこんでくる。この人は黄色の髪の毛、つまり金髪ということもあり1番普通の人間のように見える。
「大丈夫ですかカマセ様。ああ、額から血が」
てきぱきと俺の額をハンカチでふく。
カマセ様?
どうやら俺の事を言っているらしい。嫌な予感がする。俺が知っているカマセという名の人物は現実の存在ではない。スマホゲームの登場人物だ。
昨日あのケームでうっかり徹夜してなければこんな迂闊な事故にあわなかったかもしれない。あの忌々しいゲームの。
「申し訳ありません。私が目を離したばかりに」
おろおろと弁明するのはピンク髪のメイド。1番胸がでかい。ピンクだから淫乱…漫画だとそういうテンプレがあるよな、なんとなくそんなことを考えた。
いやいや、何を考えている? そんなのんきなことを考えている場合ではない。
ピンク髪つながりで角くんのことを思い出した。俺は一刻も早く電気ドリルとスタンガンを処理しないといけない。そのはずなのに、電気ドリルもスタンガンもどこにも見当たらなかった。
「本当にどんくさい娘ね」
メイド達が俺を心配している中、一人ピンク髪を責めているのは赤い髪の女。つり目で性格もきつそうだ。赤い髪だけに激しい性格なのかもしれない。
「そんなこと言っている場合ではないでしょう?」
たしなめる傍らのメイドは青い髪をしている。冷静だから青か? さらに特徴的なのは眼鏡をかけている点だ。
中世の時代にもメガネは一応あったらしいのだが、その時のメガネは現代で一般的なつるを耳にかける形のものではなかった。直接手で押さえるなどして使用していたはずだ。しかし青いメイドがかけている眼鏡は現代人が付けている耳にかけるタイプのものだった。
違和感がどんどん積み上がっていく。一つ一つは大したことなくても積み上がっていくたびに確かなものになっていく。
「擦りむいておられます。これを」
最後の5人目のメイドが緑色の小瓶を抱えて走り寄ってくる。
髪の色は液体と同じ緑色。小瓶はどこかのゲームに出てきそうなポーションのような形状をしていた。
「ポーションです」
本当にポーションだった。緑髪は回復薬の緑ってことか?
「怪しいものではありません。怪我を治すお薬です」
俺がそんなことを考えているとはつゆとも知らず。年長のメイドが緑のメイドからポーションを受け取る。
そんなこと言われたって怪しげなもの飲みたくない。まだ目の前で起こっていることが理解できない。年長のメイドがぐいぐいとポーションを口に流し込もうとしてくる。今の俺は子供の身体だ。女の力とはいえあがらうことはできなかった。無理やりポーションを口に流し込まれる。
「げほっげほっ」
飲んでしまった。
するとすりむいていた膝や腕の傷があっという間になくなる。
本当に回復した?
あっけにとられる。決定的な証拠を突き付けられた気がすした。こんなのおかしい。現実の世界にこんな薬は存在しない。本当にゲームの世界に来てしまったのか?
と
「何事だ!」
女しかいないはずの周囲に怒気に満ちた男の声が響く。
ドスドスと冗談みたいな足音。
振り返れば立派な服を着た山賊がいた。もしくはオークか。身長は高いがそれ以上に横に大きい。でっぷりとした体格。しかしそれがただのぜい肉でないのは腰の大剣からも分かる。
俺はそいつに見覚えがあった。トンスコン男爵。スマホゲームのチュートリアルのボスでありカマセの父親。チュートリアルの最後でモンスターにかえられて哀れな最期を迎える。戦闘シーンすらなくテキストでやられているカマセよりはいくらかマシだが大差はない噛ませ犬キャラといえる。
これで疑惑は決定的なものとなった。俺は今スマホゲームの中にいる。カマセとして。
それに気が付いた時の、いや、目をそらせなくなった時の俺の内心は筆舌に尽くしがたいものがあった。ゲームのカマセ犬キャラに成り代わっていたから、ではない。これでは電気ドライバーやスタンガンを処理することは絶望的だったからだ。
背丈が縮んでカマセ様などと呼ばれたときにそうじゃないかなとは思ってはいたが、そんな馬鹿な話はあるわけないと必死に否定していた。でももう現実を否定することはできない。実際にゲームのキャラが目の前に現れてしまっては。
「りょ・・・領主様!?」
メイド達が慌てて地面にひれ伏す。
俺の絶望など知る由もなくこの世界の現実は止まることなく進んでいく。
ゲームだったらボタンを押さないと、画面をタップしないと進まないイベントもここではそうもいかない。俺の意思とは関係なく進んでいく。
メイド達は真っ青になりガタガタと震えている。俺にも尋常ではない気配が伝わってきた。
「これはどうしたことかと聞いておるのだ!」
再び怒鳴るトンスコン。
メイドの中でもまとめ役らしい、一番年長の金髪が恐る恐る答える。
「カマセ様が階段を踏み外して…で、でも念のためにポーションを飲ませましたので大事はないかと思います」
メイドの声は震え、可哀想なくらい狼狽している。
ゲームの世界の住人とはいえ、今この場では現実の人間として存在している。この狼狽ぶりから言っておそらくトンスコンは横暴な領主でメイド達は罰を恐れているのだろう。
一応フォローしてあげたほうがいいだろうか?
自分が原因みたいだしこれでメイドに罰が下るのは寝覚めが悪い。息子の俺が一言いえば収まるのではないだろうか? あまりに気の毒になってそんなことを考えていると、それはあっというまの出来事だった。
「これだけいて誰も止められなかったのか? 」
トンスコンは無造作に剣を抜き、メイドの首をはねた。
血が飛び散る。ごろりとメイドの頸が転がる。それは先ほど俺にポーションを飲ませてくれた一番年長のメイドだった。
「!?」
俺は何が起きたのか理解できずにその場に硬直した。
首をはねた? このくらいで? 俺のせいか? というか首ってこんなにきれいに切れるものなのか? ここはゲームの世界だから可能なのか?
思わず落ちた首を凝視したせいで、生首と目が合う。
胴体から首が切断されても即死はしないという話がある。脳に酸素がいっている間はしなない。その間10秒とも20秒とも言われる。
彼女の瞳にあったのは驚きでも苦悶の色でもなった。どこか悲しみに満ちていた。
たぶん彼女は自分が首をはねられたことを理解して亡くなった。最後の彼女の感情は怒りでも絶望でもなく悲しみだった。
胸が締め付けられる思いがした。
彼女を殺したのは俺なのかもしれない。助けられたかもしれない。階段から落ちなければこんなことにはならなかった。トンスコンにメイド達の慈悲をこうていればこんなことにはならなかった。
ゲームの中の登場人物と侮っていなければ、自分の事ばかり考えていなければ、冷静だったらこうはならなかったはずだ。
「この傷がなんだか分かるか? 」
「メイド…あのメイドがお前の母親だったのか。それなら…」
「違う! 俺がやったんじゃない! 父上があっという間に首をはねてしまって」
ゲームの中のカマセは言っていた。10年以上前メイドの不手際で階段から落ちて額に傷をおった。そのメイドは主人公の母だった。それが原因で主人公の母親は首をはねられてしまう。つまり、今首をはねられたメイドこそが主人公の母親ということだろう。
カマセが階段から落ちて額を切ったという時点で気が付いても良かったはずだ。
昨日徹夜でリセマラしている時に何度も何度も見たシナリオなのだから。
彼女は幼い主人公を置いて城に連れていかれたという。最後の彼女の悲しみの表情は残される主人公を思ってのものだったのかもしれない。
俺は兵士たちに連れられてカマセの自室に連れていかれながら、深く後悔していた。