チュートリアル
何事も迅速な行動が大切だ。
俺は自分ではあまり頭がいいとは思っていない。けれど成績がいいのは常に人より早く行動しているからだ。常に最悪のことを考えてそのとき対処する方法を用意しているだけ。
妹が虐められて売春をやらされるかもしれないという。
原因は俺にあると言うが、俺はきっかけに過ぎないだろう。妹の周りで売春行為が横行している以上、遅かれ早かれそうなる危険性はあったはずだ。
なら俺はそれを解決するために早めに動かなくてはならない。妹を守らなくてはいけない…いや、本当に守らなくていけないのか? 妹が言うには売春行為に抵抗がない者もいるという。なら放置してもいいのでは?
それが正しいのかどうか考えるべき点はある。だが最悪の場合を想定して行動する以上、悩むのは解決策を用意してからだ。いざ解決策が必要になっても用意してなかったらそこからさらに時間が必要になる。
解決策が必要なくなるならなくなるで構わない。ただ、準備はしておかなくてはならない。
「角谷 吉信」
表札にはそう書かれていた。
角くんの父親の名前だろうか? 中学の卒業アルバムから割り出したからたぶん角くんの家に間違いないと思う。結構古い家だからお爺さんの家かもしれないけれど。
深夜2時、あたりは真っ暗だった。でも間違いははない。場所は既に確認してある。昼間図書館で妹がDVDを見だした時、気づかれないように抜け出して。
図書館に行ったのは補導されるのを避けるためではなかった。それだけならしばらくコンビニで時間をつぶして家に戻ればいいだけだった。両親は二人とも働いている。家にいたって誰も気づかない。わざわざ図書館に行ったのは調べ物をするためだった。妹は気が付いていなかったけれど。
図書館で調べたいこと自体は1時間とたたずに調べることができた。でもどうしても実物を見ないと分からないことがあった。だから妹には内緒でこっそり角くん宅に確認しに行った。
角谷吉信宅に車庫はなく、バイクはバイクカバーに覆われて駐車場にとめてあった。
角くんが本当にこの家に住んでいるのか確証はなかったがバイクのおかげで確信が持てた。
仮面ライダーのバイクのようにコテコテに改造されたそれはどう見ても普通のバイクではなかった。
名字が角谷で改造バイクを症有している。さらに卒業アルバムとも住所は一致している。となればほぼほぼ角くんの家で間違いないだろう。
調べたかったのはその角くんのバイクだった。
昼来た時にバイクの車種、ガソリンタンクの位置、ブレーキフルードの位置は確認済みだった。
図書館に行った本当の理由はバイクの情報を得るためだった。
自分のスマホで検索したのではもしもの時に足が付く。だから図書館のパソコンで検索することにした。
検索しただけではわからないことも図書館には豊富な本もある。でもどの車種か分からないことには限界があった。だから実物を見る必要があった。
昼来た通りバイクはバイクカバーに覆われて駐車場にとめてあった。
時計を見る。スマホは家に置いてきた。追跡機能があるから。後で証拠を探してもスマホは家にあるから俺は家にいたことになる。まぁそんな上手いこといくとも思えないけど多少のカモフラージュにはなるだろう。
角くんの部屋から明かりが消えて1時間が立った。念のためもう1時間待つ必要があった。
俺がここに来たのは、角くんのバイクに細工するためだ。
走行中に爆発させる。
方法はバイクのガソリンに着火する。最初はブレーキフルードを着火させようとしたがガソリンに着火する方が難易度がひくそうだったからやめた。シンプルイズベストだ。ガソリンタンクをこじ開けて無線式の着火装置を取り付ける。ガソリンを入れ替えなければ給油口を目にする機会はない。壊れてると気が付かないだろう。
着火装置は直接タンクの中に取り付けるタイプも考えていたが、その必要はなさそうだった。バイクが改造されていたせいで死角が多くなってなっていてからだ。これなら外に取り付けても大丈夫そうだった。内部に取り付けるものとなると1日では出来ないかもしれないし、取り付けるのも簡単にはいかなかっただろう。変な改造をされていて助かった。
着火装置自体はもうすでに作成済だった。図書館から帰って3時間ほどで作った。ライターとゲームのコントローラー、後は2年前に壊れた型落ちのスマホをばらして作った。簡単なものだ。簡単すぎてバイクが爆発した後は何だったのか分からなくなってくれればありがたい。バイクが爆発した後でもガソリンンタンクをこじ開けたのはすぐにばれるだろうが、もともとバイクを改造している角くんのことだ。不審なものが見つからなければ素人が勝手にバイクを触った者として処理される可能性もある。事件性がないと判断されれば警察の調査など杜撰なものだ。作業はスピードが大切だった。俺と角くんの間に小競り合いがあって次の日にバイクが爆発したとなれば俺は疑われない。正確には2日目になりそうだけど。
普通の人間はそんな簡単に爆発物を用意できないと考えるだろう。実際はそこまで凝ったものではないのだが一般的な印象としてはそうだ。普段から爆発物を作ってるような怪しい奴なら話は別だが俺はそうではない。しかし時間がたてば用意できる可能性が高くなる。俺が疑われる可能性が増える。実行するなら速いほうがいい。明日だ。決行の日俺は学校にはちゃんと出席していつも通りの日常をおくりたい。事件のあった日に特別なことをするのは怪しまれるから良く無い。
万が一爆発させたとばれても足がつくようなものはないはずだ。スマホは2年前に買い替えたものだがその前に10年近く使用している。小学生で買ってもらって高校生のころに買い替えた。これだけ期間があいてれば裏を取られることもないだろう。ライターもゲームコントローラーももともと家にあったものでわざわざ用意したものではないし特別な品でもない。作業のための電気ドリルも家にあったものだ。昨日今日で用意したものではないから過去にさかのぼって購入を調べるのは難しい。
角くんは売春の元締めをやっていたとなれば他にも恨みを抱くものがたくさんいるはずだ。昨日小競り合いがあったとは言っても俺との接点はとても薄い。他に容疑者はいくらでもいるだろう。
問題点はガソリンタンクをこじ開けるのに電気ドリルを使うから音が響くことだった。角くんの家がだれもいない時に侵入しないといけない。車庫があったら侵入するのが大変だっただろう。でもその心配はなかった。角君の家に車庫はなくバイクは野ざらしだった。後はドリルで鍵をこじ開けるときに響く音だけだがこればかりは賭けになる。
昼間角くんが学校に行っている間にやろうか、深夜にやろうか迷ったが結局深夜にやることにした。
角くんの家はやけに古くて立派だ。お爺さんと同居しているのかもしれない。昼間にやってお爺さんと鉢合わせしたらまずい。
決行は深夜に決めたが深夜にだってリスクはあった。角くんがゲームなどで夜遅くまで起きているかもしれない。だからわざわざ速めに来て消灯を確認してそこからさらに2時間待つことにした。それでも夜中にドリルで金属音をまきちらしたら起きてくるかもしれない。角くんじゃなくても近所の誰かが。確実とは言えないが仕方がない。見つかった時のために逃走経路を確認。念のためにスタンガンも用意した。スタンガンばかりは今日購入するはめになったが、バイクへの細工に直接的な接点はない。スタンガンを使うとしたらバイクの細工に失敗した時だからバイク事故で証拠になることはないだろう。
もうそろそろ角くんの部屋から電気が消えて2時間が立つ。夜中の3時を回っていた。俺は意を決するとゴム手袋をはめバイクに近づいていった。
ドリルで給油口を破壊するのには予想以上に大きな音が響いた。
でもまぁばれるならばれるでいいのかもしれないとも思っていた。
俺は必ずしも自分が正しいとも思っていなかった。ちょっと昔の、厳格だった父の価値観であったならあるいは正しいといいきれていたかもしれない。そう言い切れたならもっと確実な行動をとっていたのかもしれない。でも妹が言った通り今はもう売春だって悪いことではないのかもしれない。ならば間違っているのは俺の方だ。なら運命か、神か、何かそういったものが俺を止めればいい。
できれば角くんとは話をしておきたかった。やっぱり人殺しなんて悪いことだ。話し合えば何か妥協点が見つかったかもしれない。それがきっと正しいことなのだろう。
でも実際に話して俺が敵意を持っていることがばれれば上手くいかなくなる可能性が高くなる。足が付く可能性が高くなる。角くんは何故か馬鹿高に通っているけど頭は良かった。確実に殺すなら意識してない隙をつく必要があるし、俺は角くんを殺したことによって自分の人生をあきらめるつもりもなかった。
妹が売春させられるかもしれないと聞いた時、俺は角くんを殺すことを考えた。実際に殺そうと思っていたわけではない。最悪の事態としてそうなることを考えた。そしてその準備を整えつつ、思いとどまる理由も探していた。結果的に俺はその理由を思いつかなかった。だから今こうして俺はここにいる。
俺はドリルでガソリンの給油口を破壊しながら数時間前のことを考えていた。
…
「ねぇ、もうそろそろスマホ返してよ」
図書館から帰ってからすぐに着火装置の作成に取りかかった。
角くんのバイクには死角になる十分なスペースがあったから小さなものは必要ない。作業自体は単純なものだった。小学生のころはプラモが趣味だったから妹も特に不振がってはいなかった。
普通はプラモではんだごてとかは使わないが、妹にそんなことは分かるはずもない。
小学生のころプラモの部品をなくして俺に怒られて以来、妹はプラモ制作中の俺には近づかない。終わるのを待ち受けていたようだった。
スマホを変えしたら角くんと連絡を取るかもしれない。今はまだそれは不味い。なんとか誤魔化さないといけなかった。
「なぁもしかしてお前、俺が虐められてることで虐められたりしてたのか? 」
「え…」
虚をつかれる妹。
「そんな厄介な俺から守ってくれる相手だから角くんのことが好きなんじゃないか?」
「そ、そんなことないよ」
動揺した。わかりやすいやつだ。
本当は俺もわかっていたのだ。不仲になった理由は思春期だからというあやふやな理由ではない。俺が虐められるような情けない奴だったからだ。俺が誰からも尊敬されるお兄様であったならこんなことにはならなかっただろう。だから俺に愛想をつかした。そういうことだ。
「嘘だな。お前は角くんと二人して俺を笑っていたんだ」
「違う。私お兄ちゃんが変わっちゃってずっと心配してたんだよ。それなのにそんな酷い」
そう俺は酷い奴だ。本当はそんなこと思ってないって知っている。スマホの事を誤魔化すためにこんなことを話しているだけだ。
「酷いのはどっちだよ。お前は角くんが俺の事を情けない奴だって言ってたことを知ってたじゃないか。どこをどう好意的に解釈したらつきあえるんだよ」
「蓮太郎がお兄ちゃんと仲良くなれたらまた昔のお兄ちゃんに戻れるかもって」
「はぁ? 」
スマホから話題をそらすために言ってみただけだったが今のは少しカチンと来た。
「そんなあからさまな嘘はいいんだよ。俺だって別に最初からお前らが俺を見下そうと思って付き合ったなんて思っていない。最初は顔が良いから惹かれたんだろう。それはいいよ。でも俺を虐めたと分かってからどんな気持ちで付き合ってたのか聞いてるんだ」
自分が悪い奴になりたくないからあからさまな嘘をついたことにカチンと来た。
何故かとてもカチンと来た。いつもなら聞き流せたはずだ。今日の俺はいつもより攻撃的だった。もしかしたら図書館であんな夢を見たからかもしれない。
ユウちゃんが虐められていたのが俺のせいだなどと。馬鹿げたことだ。そんなことはとんだ思い上がりだ。ユウちゃんとは小学校の友達だったが中学では仲良くなかった。同じ教室になったのにほとんど話さなかった。部活が違っていたし、小学校とでは趣味も変わっていたからだ。俺など知り合いの1人でしかないはずで俺のために虐められるなんであるはずはなかった。でもあの夢を見てから心がざわめいていた。
俺は中学の事について俺なりに折り合いをつけていた。でもそれは、それが本当ならそれが根幹から揺らぐ事態だった。
ユウちゃんが俺の虐めについて庇っていて、そのためにその後虐められていたなら…
自分だけで虐められてないと思い込むようにしていた俺は、逆にユウちゃんが虐められていたのにあんなもの虐めのうちに入らない取るに足らないことと納得していた俺は、とんだ屑野郎だ。問題はユウちゃんに解決させて俺自身はその恩恵にただ甘えていただけでそれに気づいてすらいなかったということだ。それでは俺は恩知らずで自分を守るために現実から目を背けていた本物の情けない奴じゃないか。
だからこれは本当は八つ当たりなのかもしれない。
妹は頭はそんなに良く無いが悪い奴ではない。それは分かっていたがもう止まれなかった。
「お前の人生で俺なんて取るに足らない存在だからどうでもよかったのか? 申し訳ないという背徳感で興奮していたのか? 嫌いな俺を見下せて満足だったのか? この3つのどれかしかないだろ」
「違うよ。違う。なんでそんな言い方するの?」
「ああそういえばもう一つ可能性があったな。角くんに抱かれたから情が移ってるのか?」
「えっ」
妹は悲しいような唖然としたような裏切られたような、酷くショックを受けた顔をした。
「抱かれたら情が移るんなら。お前は俺に抱かれたら情が移るのか」
俺は妹を強引にベッドに押し倒し、上着を剥ぎ取る。
妹は自分に起きたことが信じられず真っ青になる。
「いや、辞めて」
俺を押しのけようとするがその力はあまりにもか弱かった。
「馬鹿にするなよ」
俺はそんな妹に侮蔑の視線を向けた。
「今一瞬俺がお前を襲うと思ったな? 兄妹の俺が。馬鹿にするのもいい加減にしろよ。やっぱりお前は俺を見下していたじゃないか」
なんとも理不尽な話だ。俺はわざとそう勘違いさせるような行動をとった。勘違いするのは当然のことだ。でもそれがあたかも悪いことの用にののしる。
「お前は虐められて情けない俺なんか見下していて虐めをして買春の斡旋しているケンジを格好良いと思っている浅ましい女なんだ。それを認めればいいだけだろ?」
「違うよ。そんなこと違う」
妹は何も言い返すことができず、ただいやいやと首を振り続けるだけだった。
途中から少し熱くなりすぎてしまった。俺は一体何をしているのだろう。俺は妹を守ろうとしているはずだった。にもかかわらず今は傷つけている。
俺よりも角くんの方が正しいのだろうか? それは決してないはずだ。でも俺も正しくはない。だからこうして妹を傷つけている。
そもそも、売春の斡旋があるといってもそれは角くんだけの問題なのだろうか?
角くんもその末端にすぎないのかもしれない。なら角くんを殺すことが問題の解決になるのか?
ならないかもしれないしなるかもしれない。
止まってもいい。止まるなら今だが、止まったところで何も変わりはしない。少なくとも角くんを殺せば事態は変わっていくだろう。でもそんな理由で殺していいのか?
でも殺すなら、角くんに気付かれる前に行動するしかない。
泣きじゃくる妹を眺めつつ、俺は最後まで悩んでいた。
…
作業は10分ほどで終わった。もしかしたらもっと早かったかもしれない。あっけないものだった。結構な音を響かせていたのにもかかわらず、誰にも気づかれることはなかった。
ガソリンを給油しようとしたら給油口を壊したことがばれるため、少しだけガソリンを足しておく。ガソリンは父さんの車から少し抜いておいた。もし、角くんがバイクの異変に気が付くとしたらこのときか。まだ角くんには助かるチャンスがある。俺はまだ人殺しじゃない。
俺はその場を後にする。電気ドリルは結構な音を響かせたが誰も気づいたものはいなかったようだ。うまくいってしまった。
後は角くんが爆音をなり散らして家の前を通るとき、着火スイッチを押すだけだ。それでバイクは爆発する。しなくても誤作動を起こす。スピードをだして運転していればただでは済まない。
給油口を破壊してしまった以上もう後戻りはできない。角くんがそれに気づくまでが勝負となる。
これが成功したら俺は人殺しになるのか。
昔々大昔では戦争とかがあって人を殺すのは悪いことではなかった。でも今は悪いことだ。やってはいけないことだ。俺は悪い人間になる。
惚けていた。全てうまくいって、油断していた。仮眠を取ったとはいえ、徹夜したのもあるかもしれない。判断力が低下していた。
まさかこの件以外の事に足をすくわれるなんて考えてもいなかった。
深夜になると信号機の青の時間が長くなる。誰も出歩いていないからだ。
だから運転手はいつもよりとばして走る。
俺は速く帰りたかった。監視カメラの位置を避けることだけに集中していて、それ以外の事に注意を払えなかった。
危ない! そう思う間もなく、俺の意識は暗転した。即死だったのかもしれない。
俺はこの時車にひかれて、おそらく亡くなったらしい。