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チューとリアル

「どこでもドアー」


 パソコンの中で、青い狸の猫型ロボットがポケットからピンクのドアを取り出している。


「おい」


 俺は妹からヘッドホンを取り上げた。


 学校をさぼって逃げ込んだのは近くの図書館だった。駅前とかを制服でうろついてたら補導される危険性があるが図書館ならその心配はない、とは言い切れないがほぼない。

 補導されるのは事件性がある危険な場所にいるからだ。だが図書館は危険な場所ではない。最も文化的な公共施設だ。堂々としていれば補導されることはない、はず。


 この図書館には郷土資料のDVDなどを貸出しているのだが、そこには郷土資料だけでなく幼児向けのアニメなども置かれている。妹は図書館に付くとしばらく懐かしそうに絵本のコーナーにうろついていたが一瞬で飽きてDVDの観賞を始めたらしい。


「何するの。今いいところだったのに」


「いいところじゃないよ。目立つだろうが」


 いくら目立たなければ補導されないとはいえ、昼間から図書館で女子高生が幼児向けアニメ見てたらさぼっているのがばればれじゃないか。せめて本を探して学校の授業の一環みたいな偽装をしようよ。


「そんなことよりスマホ返してよ」


「それはできんな。お前は風邪で寝込んでいる設定だ。友達から連絡が来て返事したらぼろがでるかもしれん」


 学校をさぼる際、俺は父と偽って妹の高校に連絡した。

 そのとき妹のスマホを取り上げたのだ。電話なんてどの電話機からかけても問題なかったのだが、取り上げるための口実だった。妹が角くんと連絡を取ると不味いからな。

 ちなみに俺自身の学校には自分で連絡した。妹と違って俺は優等生だから自分出かけても問題ないだろう。成績優秀でもめ事を起こすタイプでもないからな。ボッチだけど。


「なんか興味がある本はないのか? ほら黒○女さんとかデ○トラクエストとか」


「文字が多いのは無理」


 そんなんだから馬鹿なのだ妹よ。


「そういうお兄ちゃんは何読んでたの? 」


 俺の前に積上がった本を確認する。


「バイク雑誌? お兄ちゃん蓮太郎と仲良くなる気になったの? 」


 妹の顔がぱっと明るくなる。


「そんなわけあるか」


 即座に否定するが妹は聴いてない。すっかり上機嫌になっている。

 角くんは何故か俺を虐めていたと認識しているのだ。見下してる相手が「やぁ俺もバイクが趣味なんだ。仲良くしようよ」と歩み寄ってきても仲良くできるわけがない。見下されている以上は何かしらで見返してやる必要がある。まぁ今はそんな時間もないけどね。


「そろそろ帰るぞ」


「もう? 」


「もう14時だぞ。お腹減ってないのか?」


 9時の館園と同時に図書館にやってきた。食事抜きで14時まで5時間。よく粘った方じゃないかと思う。

 母さんはとっくにパートに出かけたはずだから家に帰っても問題ないし、学校もこの時間帯なら午後の授業が始まっている。昼食のために学校から抜けてコンビニにに買い出しに行く生徒に出くわすこともないだろう。もう帰ってもよいんじゃないかと思うのだが。


「チョコレート持ってきてたから大丈夫。私もはやチョコレートが主食だから」


 そう言ってドヤるとはチョコレートを見せてくる。いやニキビとかできても知らんぞ。

 図書館で飲食も感心しないがこれくらいはセーフだろうか。

 学習スペースではコーヒー飲んだりガム食べながら勉強してるやつもいるし。


「じゃあもうちょっと残っていくか? 」


 妹や俺の同級生が下校するにはまだ早い。もうちょっとゆっくりしてもばったり出くわすことはないだろう。

 結局DVDを見終わるまでは図書館にいることになった。


 俺としてはもうやることは残っていなかったのだが、次の予定まで時間があるのも事実だった。

 しばらく仮眠でもとるのもいいかもしれない。

「こんなこと」になるとは予想外だった。ゲームで徹夜したのは迂闊だった。今日も徹夜する可能性がある。体力を温存しておくべきだ。眠れるなら少し寝たほうがいい。


 …


 角くんや多田くん、坂井くんがニタニタとこちらを見ている。

 これは中学のころの光景か?

 でも彼らが見ているのは俺ではない。


「おい、また雄二が何か言ってるぞ」


 クスクス、クスクス…


 クラスで笑い声が起きる。

 ユウちゃんがいじめのターゲットになっているころというと、中学の2年か3年のころか。

 俺はそのころはターゲットから外れてすっかり空気。いないものと化していた。でも冷静になって考えるといないものと化している時点でまだ虐めは続いていたのかもしれない。自分の事を冷静には見れないものだ。妹に自分が虐められていたと聞かされてから、そういえばあれは虐めだったとのかと思い当たる節はないこともなかった。


 虐めは本人がどう受け取ったかが重要だという。

 虐めてる当人にその気はなくても虐められている側がそう認識していれば虐められていることになる。

 ならば、逆はどうだろう? 妹の話によると角くんは俺の事を虐められていると認識していた。でも俺は虐められているとは思っていなかった。

 相手は虐めるつもりで当人は虐められていると認識していなかった場合は虐めに該当するのか? 


「貴方もたいがい嘘つきですね」


 ふいにそう話しかけてきたのはナビ子だった。

 いつものゲームのファンタジーなロープ姿ではない。セーラー服を着ている。

 セーラー服を着ているが目隠しはそのままで、額の青い第三の瞳が俺を見つめている。


 驚くことはない。俺は今夢を見ている。明晰夢というやつだ。それに気が付いたのは角くんがピンクの髪をしていたからだ。中学のころは髪を染めてなんかいなかった。

 夢なのだからナビ子が出てきてもなんの不思議もない。


「貴方はユウちゃんが虐められているときほっとしていましたね? 自分が虐められなくてよかったと。だから自分が虐められていると認識していなかったんでしょう。別の人間が虐められているのだから自分が虐められているはずはないと」


 なかなか痛いところをついてくる。さすがはナビ子と言ったところか。

 でも少し違う。俺はユウちゃんが虐められてると認識していたが酷い虐めだとは認識していなかった。それはいじりであり、コミニケーションの一環。仮に虐めがあったって子供がやる稚拙なものだ。メディアで大げさに扱われるような酷いものはない。取るに足らないことだ。だから俺はそれにあえて触れることをしなかっただけだ。


 ユウちゃんは俺と違って反骨心があって虐めは辞めるよう角くん達に訴えた。先生にも訴えた。でも反抗したことによってそれは虐めじゃないんじゃないかと言う認識が生まれた。

 虐めっていうのは一方的なものだ。反抗して来れば一方的ではない。そこにある種対等なコミニケーションが成立している。だったらそれはじゃれ合いで虐めじゃないんじゃないかと言うそういう雰囲気が生じていた。

 

「本人が虐めだと思っていたら虐めではなかったのですか? 先ほどと主張が食い違っていますよ? 難儀なものですね。貴方は自分でも自分が嘘を付いていることを気が付いていないみたいです。いえ、あえて自分に嘘を付いたというべきでしょうか? 」


 でしょうか? も何もこれは俺の夢だ。

 例えナビ子の姿をしていても考えてるのは俺なのだ。俺の思考を超えた考えはできない。

 現に俺もその矛盾には気が付いている。ただ世間での風潮としての虐めの定義がそうであるだけで俺の主観とは食い違っているだけだ。客観的に考えて少なくともユウちゃんに対しては虐めと言えるような酷い行為はなかったと思う。


「貴方の見ていた範囲でユウちゃんに対しては、ですね。どうやら貴方にとってこの世界はとても綺麗な世界のはずだったみたいですね。いえ、そうあって欲しかったのです。虐めはテレビとかネットとかディスプレイの向こう側の話で自分の周りでは悪い人なんかいないと。だから虐めなんかなかったことにしたんです。貴方自分を含めてね」


 知った風な口をきくが否定はできない。なにしろ彼女は俺の夢で、彼女の言葉は俺の言葉なのだから。

 昔の俺は愚かな人間だった。頭がお花畑な人間だった。人間悪い人はいない。話し合えば分かり合えると思っていた。

 周りのみんなもきっといい人間だから、俺を虐めたりなどしないし、ユウちゃんが虐められることもない。そう思っていた。そう思っていつつも実際に虐めにさらされると違和感は感じずにはいられなかった。それを俺は押し殺した? いや、違うな。それも違う。俺が押し殺したのは俺が虐められていたという事実そのもので、俺がユウちゃんを助けなかったという事実ではないだろうか?

 自分という人間が否定されているという事実。それにさらされながらわかっていながらユウちゃんを見殺しにした事実から目を背けるために俺は虐めをなかったことにしたのでは? 


「実際のところどうだったかは言わないでおいてあげましょう。でも角谷は売春の斡旋をしていました。これは明確に常軌を逸脱した酷い行為です。貴方が酷いことの定義を代えるのは勝手ですが今回は貴方が我慢するだけではすみませんよ。酷い目にあうのは妹さんなのです」


 ナビ子の青い瞳は俺を見つめ続けている。

 まるでゲームの主人公に復讐することを促した時のように。俺の中の黒い心を探し当てるように。


「けどやっぱりそれも違うかな。そこまで深くは考えていなかったと思うよ」


 でも俺はゲームの主人公ではないからそれに心揺さぶられるようなことはなかった。はっきりとノーを突き付ける。

 何から何まで計算して動いているわけではない。大半の人間は自分の気持ちもその原因もわからないまま生きている。俺だって同じだ。その時はそれがベストだと、仕方ないと思っていた。それだけだ。


「妹のことだって、言われるまでもなくわかっている。だからこそ「こうして」準備をしている」


 へぇ…と、ナビ子は軽く笑った。


「ところで、ユウちゃんはなぜ虐められたんですか? ユウちゃんは貴方と違って社交的で友達も多かったはずなのに」


 ………?


「もしかして、貴方の事をかばったから虐められていたのでは? 」


 は? 何言ってるんだお前。そんなことあるわけないだろ???


 …


 目を覚ますと妹が覗き込むように睦めていた。


「あ、起きたんだ。もうそろそろ帰ったほうがいいかも」


 時計は5時をさしている。仮眠のつもりだったが結構眠ってしまったようだ。でもあわてるほどではない。ちょっと予定外がったけど、アレはそんなに時間をかけずに作れるはずだ。

 まだ時間はある。そんなことよりも…


「なぁ、お前は売春をやってたのか?」


「え?」


 妹が一瞬固まる。


「どうしたの寝ぼけてるの? 」


「そうか。お前が俺を虐めていた角くんと付き合っていて角くんが売春を斡旋しているというのは全て夢だったのか。それはよかった」


「そ、それは夢じゃないけど…」


 妹は視線を泳がせる。


「私はやってないよ」


 しばらく考えて諦めたように答えた。


「パパ活はやったけどエッチしてないし」


 パパ活はしてたんかい!

 それを親父にちくったら昨日の比ではないくらい怒ると思うぞ。まぁそれは兎も角。


「やってないのに家の前でキスしてたのか。ずいぶん慣れてるじゃないか」


「そ、それは蓮太郎とは恋人だから」


「じゃあ角くんとはやったのか? 」


「ええ…」


 ドン引きされる。


「お兄ちゃんやっぱり寝ぼけてるの? 」


「そうかお前が家の前で角くんとディープキスして胸を揉まれていたのは夢だったのか。それはよかった」


「…」


 いつもなら、そんなこと言ったら無視されるだけだろう。でも何故か、今日に限っては妹はちゃんと答えてくれるみたいだった。


「どうしてそんなことを聞くの? 」


 もっと怒ると思っていたが怒りより戸惑いを感じる。


「角くんが売春をやらせる手口っていうのは恋人に売春させる方法かもしれない。俺の事が好きならそれくらいできるだろみたいな」


「そんなことあるわけないじゃない」


 妹はちょっと怒ったみたいだ。ここで怒るのか? もっと怒る部分は他にあったように思うのだが、角くんを侮辱したことに怒ったみたいだ。


「じゃあ売春をしてるやつは角くんと肉体関係がないやつなのか? 」


「そんなの知らないよ…」


「ならなんでそいつらは売春をするんだ? 」


 俺のことが好きなら他人に抱かれてもいいだろとか言うのはホストの手口でありヤクザの手口だ。要はそんな特別なことではない。普通にありえることだ。

 妹は好意で相手が見えなくなっているんじゃないのか?


「お金が欲しいからとか? 私はお金そこまでしてほしくないし。そういうことは好きな人だけって思ってるけど」


 いや、お前パパ活やってたじゃん! と、つっこみたくなるのをぐっとこらえる。


「じゃあ売春をやってるのはみんな金のためにセックスするような連中ってことか?」


「そんな言い方やめてよ」


 また怒った。今度は妹の友達を侮辱したからだろう。でもやはりどこかずれていると思う。何か違和感を感じた。

 いきなり売春してるのかと言われてるのだ。まずはそこに怒るべきなのではないかと思う。本当は売春をやっていて後ろ暗いからそういう反応になるのだろうか?


「ねぇ、今日のお兄ちゃんなんか変だよ? 」


 妹は心配したように覗き込んでくる。

 なんだろう。とても居心地が悪い。昨日までは、いや今日の朝までは妹とは冷戦状態だったはずだ。

 思春期に入って自然とそうなった。

 兄妹とはいえ男女なのだ。趣味や好みは全然違う。いつまでも仲が良いのがおかしなことなのだ。そうなることが当然で、今のように会話が成立している方がおかしい。


「なぁ…なんで質問に答えてくれるんだ? 」


 変なのは今日のお前の方だぞ妹よ。


「だってお兄ちゃん私のこと守ろうとしてくれてるんでしょ? 」


 なんか意外な答えが返ってきた。


「お兄ちゃんと遊びに行ったの久しぶりだよね。ちょっと嬉しかったんだ。お兄ちゃんは気が付いてないと思うけどやっぱり中学の時から変わったんだよ」


 またその話か。それは関係ないって言っているのに。


「私結構もてるんだよね。だからお兄ちゃんも普通にしてたらきっともてると思うんだけどな」


 若い女っていうのはだいたい持てるもんなんだよ妹よ。勘違いしていると年取ってから痛い目を見るぞ。

 というかなんでそんな話になっているのか? 俺がもてようともてまいとそんなことは今はどうでもいい話だろう。


「お前はなんで角くんのことが好きなんだ? 」


「だってかっこいいし」


「売春の斡旋をする奴がか? 」


「嫌々やらせているわけじゃないよ。エッチが好きでお金が欲しいって子に安全にお客を紹介してるだけだし」


 それは本来やくざの仕事だろう。やくざは優しいのかよ。

 でも違和感の正体が分かった気がした。妹は、妹たちの間では売春が必ずしも悪いことととらえられてはいないから。だから怒るポイントが違うのかもしれない。


「蓮太郎は人の痛みが分かる人なんだよ。だから嫌なことはやらない」


 はは、冗談だろう?


 俺は中学のころの角くんを知っている。3年間同じクラスだったから。

 好きな子の前では意外と純情と言うか、ナルシスト気味なところがあった。面白いことを考えるのが上手くて、いつもクラスの中心にいた。でも彼らにとっては虐めることも面白いことだから虐めの中心にいたのも角くんだった。

 実を言うと僕もそれほど角くんのことが嫌いではない。角くんの面白いことはクラスの隅で見ているだけの俺にも多少面白く感じることはあった。

 顔も良いし、上級生にファンクラブがあるほどだった。

 好きになる気持ちも分からなくもなかった。

 分からなくもなかったが、そんな人の痛みが分かるような人ではなかった。

 でもそれをどう説明していいものか考える。うまく伝える言葉が見つからない。結局、少し卑怯な方法を選んだ。


「でも俺を虐めてたんだろう?」


 俺は虐められたとは思ってなかったし、恨んでもいなかったけどね。


「それはちょっとびっくりしたけど」


 妹は目をそらした。


 最初は妹が売春をしているのか、してないのか確認するだけのつもりだった。


 やってなければ守らないといけないし、やってたら…いや、やっててもやることは変わらないな。妹を守らないといけない。家族なんだから。それ以外の理由は特にないと思う。でもそれだけで十分だろう。そしてそのためには問題を排除しなくてはならない。


 俺は逃げる方法を探していた。この会話の中に俺が思いとどまる理由を探していた。なにか、角くんを殺さなくてもよい理由を探していた。

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