チューと現実
「ぐはぁ…こんな小僧にこの俺が」
でっぷりとした醜悪な中年禿が膝をつく。腹部が赤く染まっている。主人公の剣に貫かれたのだ。
彼は戦闘チュートリアルのボス、トンスコン男爵。
カマセの父親でこの地の領主、のはずだがあっさりと勝ってしまった。まぁ一応雑魚兵士は通常攻撃だけで勝てたがトンスコン男爵はスキルを使わないと勝てなかった。でもそれもチュートリアルでスキルの発動を説明するための調整にすぎない。所詮チュートリアルの雑魚ボスだ。
何はともあれ今まさに主人公は母の敵を討ったことになる。
「おや、☆4の魔道具がドロップしましたね。それではさっそく装備してみましょう」
しかしそんな感慨に浸る間もなく、空気を読まないナビ子はゲームの説明を始める。
魔道具にもレアリティがあり☆4の武器は☆4のキャラしか装備できない。
主人公はこの段階では☆2なので☆4のチュートリアルガチャのキャラが装備することになるのだが、ここで戦士カノンか騎士セーラが仲間にいないと装備できるキャラが存在しない。
今回は射手カスタムが仲間なので誰も装備できないのだが…
「おや? アイテムとして使っても炎の全体魔法の効果があるみたいですね」
そこは問題ない。
アイテムとして使用する分にはレアリティの制約を受けないらしい。
これが魔法使いララが割を食う原因でもある。
ララは最初から初級全体魔法を覚えているのだが、これがこの魔道具ともろかぶりしている。
しかも魔道具はMPを消費しない。完全にララの上位互換となってしまっている。
「武器に精霊を宿してください。武器のレベルがあがります。武器レベルが上限に上がり条件を満たせば武器のレアリティもアップできます。道具として使った場合の魔法も強化されますよ」
チュートリアルで武器レベルMAXにあげられた。これでこの魔道具の魔法は中級の全体魔法レベルになる。序盤でこれに耐えられる敵はいない。まだ武器レベル1のままならララの全体魔法と同程度の威力なのだがもはや完全にララの出る幕はなくなってしまった。
どうしてこんな武器を実装してしまったのか…
某コンシュマーゲームのオマージュをしようとしたらうっかり戦闘バランスを壊してしまったのではないかと言うのがもっぱらの噂だった。
これで一番割を食ったのがララをはじめとする魔法使い職だ。レベルが上がれば最終的にはこれより強い魔法を使うことができるようになるが序盤は完全に割を食ってしまっている。
「くっ…シャマン貴様。裏切るのか? 」
「あなたなど所詮捨て石にすぎませんよ。トンスコン男爵」
「ぐあああああ」
チュートリアルもいよいよ大詰め黒幕の宰相シャマンによってトンスコン男爵は魔物に変えられる。
トンスコン男爵、ついでにカマセを裏で操っていたのは宰相シャマンだった。王の血族である主人公を倒そうとしていたらしい。まぁよくある展開だ。
考えても見ればあんな糞弱いカマセが手練れだったらしい主人公の祖父らを倒せるはずもなかったのだ。
せっかく魔物とかしたトンスコン男爵だが、合体攻撃のチュートリアルとしてあっさり倒される。これで無事全てのチュートリアルが終了。主人公は☆3に昇級して念願の星6確定ガチャへ。リセマラ開始だ。
あ、そうそう黒幕のシャマンはナビ子が瞬殺してました。
さすが実は全ての黒幕説まであるナビ子である。まぁシャマンはカノンかララが仲間にいると彼らに殺されるからやっぱり小物なんだけど。
・・・
「ああ眠い」
俺はあくびしながら学校に出かける準備を始める。結局あれから徹夜でリセマラして星6を3つ手に入れた。今のところ俗にいう人権キャラとか言われるチートキャラも外れキャラもいないので純粋に星6が3つでるまで粘った。例の魔道具の存在があるため初期こそ魔法使い職は不遇だがちゃんと育てれば使えるようになるし、☆6ともなれば☆4の魔道具とは比べ物にならない魔法が使える。
「2,3時間だけでもちゃんと寝ればよかったか…」
若ければ徹夜なんて何でもないという人もいるが、あまり体を鍛えていない俺にとっては結構な負担となった。それもこれもなかなか☆6が出ないのが悪い。
このゲームの☆6排出率は0.5%であるため3つでるだけですごい奇跡だ。2つ出るだけでも3時間もかかった。もうこれで妥協しそうになったが、あたった☆6のうち1つが魔道具だったのでやり直した。
せっかくだから☆6のキャラクターが2人は欲しい。
そう魔道具だったのでやり直した。いつから☆6確定ガチャがキャラだけのガチャだと錯覚していた?
恐るべきことにこの確定ガチャ魔道具とキャラ混同のガチャだった。そして☆6の排出率は0.5%。0.5%のうちの半分は魔道具。つまり星6キャラの排出率は0.25%。それはもうかなりきつかった。もうこれでないんじゃないかとググったら3体出たというスクショがアップされていたので諦めずにやり続けた。
ガチャを回すためにいちいちチュートリアルからやり直すので吐きそうになった。徹夜しただけで3つ引けたのは運が良かったのかもしれない。
最終的にひけた☆6の3つのうちキャラは2人で魔道具が1つだった。ちなみに10連全ての内訳は☆3キャラ3人。☆5キャラ1人。☆6キャラ2人。☆3武器2つ。星4武器1つ☆6武器1つ。
それにしても意識がぼーっとする。これでは勉強も手につかないだろう。
まぁ高校の範囲なんて1年の時に全部やってしまったから授業なんて聞かなくても問題ないが。
俺の成績が良いのは最初に自分で教科書を読んで1年で3年分の授業内容を全部やってしまったからだ。先にやってれば先に躓いてもみんなに追いつかれる前に問題を克服できる。今はもっぱら授業をさぼって赤本ばかりやっている。たぶん今大学入試をやっても私立の医学部なら受かるところもあるだろう。うちはそこまで裕福ではないから金銭的に国立を狙いたいところだが。
「…ちゃん! お兄ちゃんてってば! 」
ぼんやりとした頭で学校に出かけようとしていたところ、妹に止められる。
ん? おかしいな、なぜ妹が起きているのか? こいつは朝ギリギリまで起きないはず。
徹夜の俺はいつもより早く学校に行こうとしていた。偶然にでもピンク髪と出くわしたら気まずいからだ。問題になりそうなことは先回りして回避しておく。例え何であっても変わりはない。それが俺のポリシーだ。
にもかかわらず妹にでくわしたということは…
「なんだ妹よ。俺の事をお兄ちゃんって呼ぶなんて珍しいな? 昨日の事で改心したか?」
「馬鹿なこと言わないで! 蓮太郎に謝ってよ! 」
蓮太郎? それは誰の事かと一瞬考えるが、すぐにあのピンク髪の事だと思い当たる。
ああ、やっぱり昨日の事でか。
「蓮太郎本気で怒ってるから。本気で殺すって言ってるから」
キスをガン見しただけでそんなに怒っているのだろうか? それとも親にちくったせいで消防団にリンチにされそうなことを妹が教えたのか。
しかし事実は全く意図しない事だった。俺の沈黙を別の意味にとった妹が続ける。
「だって…お兄ちゃん中学のころ虐められてたでしょ? それなのにあんな舐めた真似したからって、だからものすごく怒っているの」
なるほど見下されていた相手に見下されて頭に血が上っているというわけか…て、いやいや
「いや、俺別に中学のころ虐められてないが? 」
「蓮太郎はそのとき虐めてた…て、え? 」
え? て何だよ。お前が俺の中学時代の何を知っているというんだ?
「中学のころだろ? 別に虐められてないって。というか俺は虐められたことなんてないし」
虐められそうになったら先回りして回避するからな。
「でも小学校のまでユウちゃんとかやっちゃんとかと仲良かったのに急に」
「いやぁ小学生の友情なんてそんなものだろう?」
中学で俺が急にボッチになったから勘違いしているのか?
確かに俺は小学生までは何人か仲が良い奴がいたけど、中学で疎遠になった。けどそれは虐めとは全く関係がない。
彼らとは小学生の狭い世界の中で話があったから仲が良かっただけだ。大きくなって興味が広がり交友関係が広がり自然と疎遠になっていった。それだけの話だ。
「でも無視されてたって…」
「無視? ねぇ」
中学生のころの虐め。
まぁ正直言うと心当たりがないわけではない。が、あれは虐めと言っていいのかどうか。
別に直接的に殴られたわけでも嫌がらせを受けたわけでもない。
中学に上がった時、俺はちょっとテンションがあがっていた。だから普通に我が家にいるときみたいに振る舞ってしまった。エンペラータイムで学校生活を送ってしまったのだ。そしてこいつは面白い奴と認識されてしまった。あるいは空気が読めない奴と認識されたのかもしれない。
普段の俺は基本的にコミュ症だ。だからこれは不味いと思って急に喋らなくなった。それでなんだこいつはという感じになって浮いた感じになってしまったのだ。それも中学1年のころだけで、2年3年の頃にはそんな雰囲気もなくなって空気のごとく溶け込めていたはずだが。
「でも虐められてたわけじゃないし」
「でも蓮太郎は情けないやつだって」
だからなんだよその蓮太郎って奴は? なんで俺の中学時代を勝手に語っているんだ?
「もしかして…蓮太郎って俺の同級生なのか?」
「そうだよ? 同じクラスだったんでしょ」
「いや知らん」
知らんぞ。蓮太郎なんて奴は。なんで俺のことは知ってるんだ? ストーカー? なにそれ怖い。
「嘘。3年間一緒だったって」
そりゃ3年間同じクラスだったし同じクラスだったんならそうだろうな。クラス替えなかったし。
「蓮太郎はクラスの人気者だったって」
「クラスの中心にいたやつというと角谷と武内と多田と坂井とそれくらいか。蓮太郎なんていなかったぞ。自己申告でクラスの人気者って言ったって本当かどうかは分からないからな。もてたいから話を盛ってるだけなんじゃないか? 」
「角谷蓮太郎だよ」
「!」
ああ、そこでようやく理解できた。中学のころクラスのまとめ役だった角谷。通称角くん。下の名前は全く覚えてないがそういわれてみればそんな名前だった気も。いややっぱり覚えてないけど。
「なろほど角くんかぁ」
「角くんって…なんでそんなに親しげなの? 」
だってみんな角くんて呼んでたからね。俺の脳内変換も角くんになっている。
そういや角くんは顔が良くて上の学年にファンクラブがいたくらいだ。でも頭もそこそこよかったと思う。俺ほどではないけど。なんで妹と同じ馬鹿高に通っているのだろう?
「と、友達だったの? 」
いや全然
なぜかちょっと期待に満ちた目をしてくる妹。しかし残念ながら会話したことすらなかった。中学時代は今現在の性格のもととなった時期だしな。1日中人と話さない事なんてしょっちゅうだった。もしかしたら入学したてのエンペラータイムのときに話しているかもしれないけど。
「髪の毛染めてたから気づかなかったとか?」
妹はなおも期待に満ちた瞳を向けてくる。何を期待してるんだ? 仲が良かったら丸く収まるんじゃないかと思っているのか? 角くんは俺のことを情けないやつとか言って馬鹿にしていたのだろう? ならそんなことにはならないとちょっと考えればわかりそうだが。俺が角くんを馬鹿にしてたのなら俺が悔い改めれば済む話だが、そうではないのだから。
「いや。人の顔なんて全く見てないから覚えてなかったんだ。口調とか声のトーンでなら分かるかも」
「お兄ちゃん変だよ。気が付いてないかもしれないけど中学のころからだよ。やっぱり虐められて変わっちゃったんだ」
なんか憐みの視線を向けてくる妹。やめたまえ。
「それは関係ないだろう。それよりなんで俺を虐めたと自称する精神障碍者と付き合ってるんだ? 俺への嫌がらせか?」
「違うよ。付き合ったときはそうだって知らなかったし」
本当にそうか? そんな偶然があるのか? たまたま付き合った年上の彼氏が兄の知り合いだったと? 少なくとも角くんは俺の妹と知ってちょっかいかけてきたんじゃないか? なにそれホモかよ。
「でも、角くんバイクにはまってるのか。そんなタイプに見えなかったけどなぁ」
そういう直情的なことより思いついた悪趣味なことを他人にやらせて笑ってるイメージがある。自分で言ってて気が付いたが、なんかいやなイメージだな。俺は角くんが嫌いだったのだろうか?
「だからなんでそんなに親しげなの? 兎に角、蓮太郎に謝ってよ…そうでなくちゃ私が虐められるかもしれない」
「はぁ??? 」
彼氏や俺をおもんばかってこんなこと言いだしたのかと思いきや全然そんなことはなかったらしい。
「なんで? 俺が謝らないとお前が虐められるんだ? 」
「ただでさえ蓮太郎と付き合いたい子いっぱいいるから恨まれてるのに」
妹の話によると学園の王子である角くんと付き合うことに嫉妬されているからふったと分かれば何されるかわからないらしい。付き合うのもふられるのも地獄とかどんな罰ゲームだよ。
「なんで俺が謝らないとお前が角くんを振ったことになるんだ? 」
「お父さんが錬太郎を脅して別れさせようとしてるんでしょ? だったら私が拒否してるってことになっちゃうじゃない! 」
ええ…だったら父さんに頼めよと思うのだが。原因は俺だが俺にはもうどうすることもできんぞ?
というか意中の相手がフリーになるならふられて万々歳じゃないかと思うのだが、妹のポジションだとふられるのはいいけどいいけど振るのは駄目らしい。なんだよそのポジションていうのは面倒くさいな。
「虐められるって具体的にどうなるんだ? スマホで隠し撮りとかしてネットにあげれば身を守れるんじゃないか? 」
「そんなことしたらもっと虐められる! それにそんな直接的なことじゃないと思う。無視されたり」
「なんだ無視くらいどうでもいいじゃないか」
「お兄ちゃんじゃないんだから無理に決まってるでしょ! 」
「それは褒められてるのか? 」
「褒めてない! 」
なんだよ。普通な心折れる無視にさらされても心折れないばかりか馴染んでるお兄ちゃん凄いって話かと思ったぞ。
「なぁお前は将来何になりたいんだ? 」
「はぁ? いまそういう話してなかったでしょ。話が飛ぶのはお兄ちゃんの悪い癖だよ」
「いや、関係ある話だぞ」
俺は考えた。中学生のころはそもそも仲がいい友達がいなかったので無視されようが平気だったけど、小学校のころには仲が良い友達がいた。その時に彼らに無視されたと考えると結構つらい思いをしたかもしれない。それならその時の気持ちになって考えてみようと思う。
そして考えた結果将来の職業が大切だという結論に至ったのだ。
「美容師だけど」
しぶしぶ答える妹。
「はぁマジで。美容師は儲からないからやめとけよ。手取り13万くらいだぞ。独立しないと儲からない。保育園とかのママ友にも美容師の免許だけ持ってて仕事はしてないって奴はかなり多いって話だぞ」
「お兄ちゃん。なんでそんな話知ってるの? 」
疑わしそうに聞く妹。
「先生が言ってたからな」
担任の岡本先生は独身だが、結婚した先生の友達がそういう話をしてくるらしい。
自分は結婚すらできないのに、子供の話するなんて非常識だと悲哀と憎しみを込めた感情と共に教えてくれた。次の見合いはうまくいくといいな岡本先生。
「悪いことは言わないから看護師にしとけよ。夜勤とかで大変だけど食いっぱぐれることはないぞ。後性格がきつくなるらしいけど食いっぱぐれることはないぞ。大切なことなので2度言いました」
「関係ないでしょ」
俺の親切なアドバイスにも何故か妹はイラ立ちながら答えた。的確なアドバイスのはずなのにWHY?
「まぁ別にいいか。で、お前の友達も美容師になりたいのか? 」
「違うけど」
「だったら別に疎遠になってもいいじゃん」
俺は考えた。将来的に仲良く無くなるんなら今仲良く無くなってもいいんじゃね? と。
学校は将来の職を得るための通過点に過ぎない。友達など不要。というか友達とはなんだろう。そんなよくわからんことで虐められるならそれは最初から友達ではなかったのではないのか?
「いいわけないじゃん。お兄ちゃん! お兄ちゃんはどうしていつもそう極端なの! 」
何故だ。将来疎遠になるんだから今疎遠になっても構わないのではないか? ロジカル的に俺が正しいのでは? 俺が間違ってるの? WHY?
「…私売りやらされるかも」
しかもさらなる爆弾発言も。売りってそれは、うりうりがうりうりにきてうりうれずうりうりうりかえるうりうりの声のうりでは、もちろんないよな。
「売りって体を売るって意味? ダメな方のパパ活? 」
妹はうなづく。うわぁ
何それ俺の周りにそんな汚い世界が広がってるの? それはショックだ。でも
「…それは角くんらしいかもな」
「なんで納得してるの」
角くんにはそういうイメージならある。少なくとも改造バイク乗り回すよりも想像しやすいかもしれない。女の子手玉に取るの上手かったし、直接的に仕掛けるより裏で手をまわしてるイメージの方がしっくりくる。
「それなら学校にばらせばいいんじゃないか? 」
「そんなことできないよ連太郎はやくざの友達がいるんだから」
高校生でやくざの友達がいるのか?
なんか嘘くさいけど売春の斡旋にかかわっているなら確かに危ない目には合うかもしれない。
そうなってくると無視したり無視し返したりとそういう簡単な話ではない。実際にあるなら大人の、それも警察とかが介入すべき問題ではないだろうか?
ああでも、角くんは未成年だから警察に捕まっても実刑があるわけではないのか…なかなか難かしい問題だな。
問題があればなにごとも先を見て解決しておかなくてはならない。咄嗟の判断をするのが頭のいい人間だが、凡人でも時間をかければ同じ考えに到達することができるはずだ。だから事前に行動する。それが俺のポリシーだ。なら俺が今すべきことは…
「とりあえず、今日は学校さぼるか」
俺は妹と学校をさぼることにした。