出来心は救いになるのかはまだ分からない
町が夕日で赤く染まっている。周囲に漂うのは誇りっぽさと何かの腐ったような臭い。道端には死体が無造作に転がっている。腐ったような臭いはそれから漂っているのだろう。
「死体を見るのは初めてか? 」
「いえ」
リアルの問いに答える。メイド。恐らく主人公の母親の首がはねられるのを見た。ただ生首とはいっても綺麗なままだった。腐ってはいなかった。
「顔が青いな。お前でもこういうのは苦手か? 」
どこか試すようにリアルが言う。
「…」
「本当は、あれは非人が処理することになっているんだがな」
非人とは読んで字のごとく人間とは非なる扱いを受けるもの。町人や農民よりさらに下に位置するものを言うらしい。主人がいないだけで奴隷とほぼ変わらない扱いを受けている。栄えた都市であれば、主人がいないことは優位なことだが、この町ではそれは不利になる。主人がいないということは守ってくれる相手がいないことだから。この町の非人は真っ先に殺され、犯され、奪われるものだ。ひっそりと身を潜めて生きるしかない。彼らの仕事である遺体や排泄物の処理も、その対価である賃金は中抜きされてほとんど利益にならない。人前に出るリスクを冒しても儲からないのであればだれもその仕事をしなくなるというわけだった。
「気を付けろ! 」
馬車が死体を踏みつけて走り去っていく。腐りかけの下から右足がもげて宙を舞った。
町はとてもすさんでいた。
浮浪者が徘徊して、死体が処理されることなく転がっている。
「ひどいもんだろう? 」
リアルが俺に問いかける。
確かに酷いものだ。
俺はリアルに連れ出されお忍びで町に来ていた。
絵にかいたようなすさんだ町。
どうしてリアルは俺にこんなものを見せたのか。
いや、理由はわかっている。これもまたテンプレなのだから。
「俺はこの町を変えたい。でもそれは俺じゃなくてもいいと思っている」
俺は今回の件でとてもトンスコンの子供とは思えない行動に出た。
それでリアルは俺に期待している。
だからナナリーの事を俺に話した。俺を試した。
でも俺は、元の世界に戻らないといけない。
「ナナリーをお前のもとに残したのは、お前のところにいた方が安全だと思ったからだ。俺は平民との子供だ。もしもの時の消耗品に過ぎない。でもお前は違う」
リアルはそういうとまっすぐに俺の目を見てくる。
苦手だ。
だってリアルは俺と同年代だから。
姿は5歳のものだが俺の心は高校生だから。そうでなくたって目と目を合わせてみるのは苦手だった。年上相手なら子供だからと見逃してもらえることもあるし、そういう余裕がかえって目を見て話すということを可能にしたが、同年代だと相手に甘えることができない。
「俺にもしものことがあれば、俺のメイドの身はどうなるのか。保証はない。だからあいつらは引き取った。本当に大切な方はお前に託した。もう気が付いているだろう? 俺があの時本当に守りたかったのは、エスラでもナナリーでもない」
なんとなく気が付いていた。あの時ナナリーは、コレアではなくアルテの方をリアルに引き渡すように提案していた。
周りがみんな敵ならば、本当に守りたいものがあったらそれを悟らせてはいけない。敵に本当に守りたいものを悟らせたら、敵は真っ先にそれを奪いに来るのだから。
「アルテは俺の妹なんだ。父親は違うけどな」
リアルがそれを俺にばらすことの意味を考える。
リアルは俺を信用して、もう後戻りはできないということだ。
俺はリアルの信用に応えるために、彼女を守らなくてはならない。でも俺は、元の世界に戻らないといけない。
・・・
「アスモ…アスモォ…」
肉塊がグネグネと蠢いている。同じ肉塊、かつてアスモだったものの周りを。
本来ならばそれは喰らうもののはずだったが、それがなんだか分かっているのか、今日に限ってはナマはそれを食うことはせず。どこか悲しそうにうごめいていた。
「哀れなものですね」
エルフはそう言うとアスモを媒体にしてナマを元に戻した。
ただし、元の姿ではない。半分アスモの混ざった紫色の悪魔として。
「アスモは? 」
ナマは自分のみに何が起こったのが理解もできずに、首をかしげる。
「もういませんよ。貴方が食べてしまったから。貴方の兄弟みたいに」
「ナマ、食べてないよ? 」
「食べさせたんですよ。私が無理やりに」
「どうして? どうしてそんな酷いことを? 」
真剣に聞いてくるナマにエルフは苦笑いする。
「自分の兄弟を食べたのは酷いことじゃないんですか? 」
「でもそうしないとナマは人間になれないから」
「兄弟を食べた貴方はもう人間にはなれませんよ。悪魔として生きていくしかない。だから悪魔として復活させました。もう貴方をナマと認識できるものはいないでしょう。どこえなりとも行くといい。そうして他の悪魔と同じように災厄をふりまけばいい」
何を言われたのか理解できないナマを残して、エルフは部屋を後にした。
城の別館、ナマの幽閉された塔の頂上でエルフは城下を見下ろしていた。
日は沈み、星がいくつか見え始めている。
「ぬしにしては親切だな」
彼女の前に、黄金の竜がゆっくりと舞い降りた。
「何を言っているのですか? 私はいつも親切ですよ? 」
エルフは物憂げに答える。
「そうだったな。ぬしは情に厚い女だ」
「馬鹿にしているのですか? 」
「馬鹿になどしておらぬよ。わしはぬしのことをかっておる。心優しく、聡明で、情に厚い」
「気味が悪いですね」
「だからこそ危うい。情に流され、正しい判断ではないことを理解しつつも、止まることはできない」
「…」
竜は彼女の視線の先を追う。彼女の視線の先には年の離れた2人の兄弟がとぼとぼと城へ帰るところだった。
「あの男が気に入ったか。お前の好きそうな男だ」
「へぇ、一体どこら辺がですか? 」
「抜きんでた才能があるがその才能を認められてはいない。そして認められることはないだろう。確かな欠点も内包しているからだ。それゆえに疎まれもする。」
「一体、誰の事を言っているのでしょうか? 彼はそんな疎まれるような性格には見えませんが」
エルフは竜が彼の事ではなく、かつて助けられなかった彼の事を言っているのだと疑った。
「疎まれるよ。彼は本質を見抜きすぎる。何もないところから見抜く。だが過程を説明できなければそれは否定される。本質を隠して否定すれば、本質か否かを証明するすべがない。故に孤立する。彼はそれを理解しているから誰にも心を開かない。彼の中には宝石が眠っていても誰もそれに気が付かない。故に彼を理解するものは現れない。しかし主ならばそれに気づきのばすことができる」
「そんなことまで分かるのですか? 」
「無論、わしが見るのは現在だけではない。過去も未来も見通すことができる」
「すごいんですね。さすが創世竜と言われるだけのことがあります。その力をあの時使ってくれたならこんな遠回りをすることもなかったのに」
「物事には順序があるのだ。悲しみが無ければ人は学ぶことができない。そうして人の歴史は紡がれる。たとえそれが愚かなことであろうともそのうねり受け入れなくてはならぬ」
「だから諦めろと? 」
「ぬしはまだ引き返せる決定的な罪は犯しておらぬ。正しき導き手としてあの男を導くことができる。もしぬしが望むならかの者に役割を与えよう。終わりかけたこの世界の新しき道しるべとなるべく役割を。ぬしは今度こそ指名をはたせばよい」
「決定的な? 悪しき者は殺しても構わないということですか? 」
エルフは苦笑いする。
「無意味な提案ですよ。彼はこの世界の住人ではない。だから助けるだけです。気まぐれにね。私のなすべきことは変わりません。彼が残ると言うのなら敵となるだけです。この世界が終ると言うのならその役割を担うにふさわしいものは別にいるはずです。そのために300年も待ったのです。」
「終わってしまった者は元には戻らない」
竜は諭したがエルフは拒絶した。
「戻りますよ。正しい手順をふめばね」




