情けは人の為ならず
ナナリーは緊張した面持ちで進み出ると静かに告白を始めた。
「はい・・・奥方様の言う通りです。私はエスラがカマセ様を突き落とすのを見ました」
なんだと? 根も葉もない話じゃなく本当に証拠を連れてきた?
エスラが普段から気に入らなかったからそんなことを言っている、という訳ではないだろう。トンスコンの前なのだ。それだけで嘘を付くにはリスキーすぎる。そう証言すればお前だけは助けてやるとでも言われたか?
たぶんこの話は捏造だろう。証拠は作られたものだ。何のために? リアルをはめるために。リアルに悪意ある者が。つまり、イセリナ達はリアルをはめようとしているということだろう。
それは少しショックだった。イセリナは頭は悪そうだったが、そこまでするような悪人だとは思っていなかった。確かにメイドなんて殺しましょう殺しましょう言っていたが、それはこの世界の価値感のせいだ。嘘を付いて他人をはめるような人間とは思っていなかった。
「聞いての通りです。エスラは恋い焦がれるリアルに領主になってもらいたい一身でこのようなことを致したのでしょう」
リアルは俯き黙ってそれを聞いている。その表情は分からない。
「どういたしましょう? 」
シャマンはトンスコンに判断を仰ぐ。
「話は分かった。エスラは処刑する。執行人はリアルよ。お前がやるのだ。後ろ黒いことが無いのなら身の潔白を立てよ」
そう言って剣を投げてよこす。
おいおい信じるのかよ。一応エスラにも話を聞いたらどうだ?
というか付き飛ばしたかどうかなら俺に話を聞けば一番早いのではないかと思うのだが、みんなは俺を無視して話を進めている。子供に発言権はないということだろうか。
いい加減口をはさんでもいいが、ここでそれが嘘だと言ってしまうと逆にナナリーが嘘つきってことになって処刑される可能性が高いように思える。ナナリーは仲間をはめようとしているわけだし仕方ないのかもしれないが、俺の発言ひとつで生死が決まるとなるとあまり迂闊なことは言えない。ギリギリまで見極めてできれば俺に責任のない答えを…もとい、誰も死なない道を模索したい。
だって仕方ないじゃん? 例え嘘をついてるのが分かってもそれを指摘したら殺されるなんてハードなシチュエーション手に負えない。
とりあえずリアルがどう動くかだ。リアルの出方に注目する。
「…ふっ、ははっ、ははははは!」
しばらく無表情でたたずんていたリアルだが、ふいに狂ったように笑いはじめた。
「…ところでお父様、エスラがこの事件の首謀者と言うのなら他のメイド達はどうなる? 奴隷から解放するのか?」
一瞬狂ったのかと思ったが、そうではないらしい。ただ、ぶちきれている。言葉遣いも素に戻っている。
「不敬ですよ。リアル様。いくらご子息であったとしても…」
「よい」
不敬をいさめようとするシャマンだがトンスコンは気にしないらしい。
「それとこれとは別だ。他のメイドはそれを止めれなかった罪がありる。奴隷に落ちるには十分な罪だ。無論、お前に2人目のメイドを与えるという話もなしだ。これはお前の情婦の不始末なのだから」
「それでは俺はただ情婦を失うだけで顔を潰されたことになるな。なぜ平民の情婦がやったことに貴族である俺が責任を取らなくてはならない? 殺せと言うのならいくらでも殺すが、条件がある。奴隷に落とされた残りのメイドをすべて俺によこせ。代わりに情婦をくれてやる! 」
なんだかとんでもないことを言い出した。所詮リアルもトンスコンの息子だということだろうか。でも元々情婦を、エスラを救いたいと俺のところにやってきたのはリアルだ。本心だとは思いたくないが…
「貴方は一体何を言っているの? 貴方がカマセを殺そうとしたのにメイドを全員手に入れようなどと、図々しいにもほどがある」
イセリナが青筋を立てている。
イセリナが青筋を立ててるのはリアルの態度に切れたから、ではない。たぶん自分の事を貴族と言ったからだろう。
「だいたい貴方は元々平民だったのでしょう? 平民は平民同士、自分たちのやったことに責任を持ちなさい! 」
リアルは10歳までは平民として育っている。純粋な貴族であることを誇りとしているイセリナはリアルの事を貴族とは認めていなかった。それなのに貴族を語りだしたからきれているのだろう。
相変わらず馬鹿で人間が小さい。変なことにこだわるから話がかみ合っていない。
「そうだな俺の血の半分は平民の血が流れている。だから責任を取ってやろう。平民のメイドを引き取ることでな! 勿論カマセのメイドなど欲しくはないが、仮にも情婦を取り上げられるのだからそれ相応の対価を支払ってもらわないと困る。聞けばメイドは既に奴隷に落としているとのこと。ならばくれてやることに問題はないだろう? 」
「そんな話が通るものですか。少しは部をわきまえなさい! 」
かな切声を上げるイセリナ完全に感情的になっている。
それを見て鼻で笑うリアル。
「部をわきまえるのは呼ばれてもいないのに湧いて出てきたお母様の方ではないのか? 知っているぞ貴方はもう子供が産めない欠陥品だ。にもかかわらずいまだに妃の立場でいられるのはカマセのお陰。虎の威を借る狐とはお母様の事だ! いや、虎ならまだ格好もつくが借りているのは子供の尻馬ではどうしようもないわ! 」
リアルの言葉の切れはやばすぎる。リアルにしてみればイセリナがメイドを使ってはめようとしてきているのだから何を言ってもいいということなのだろうが、それにしても言っていいことと悪いことがあるのではないだろうか?
子供のできない女性に欠陥品とか、現代の日本で言ったら辞職とかさせられるぞ。
「くっ…かっ…この」
イセリナは悔しさで涙をにじませリアルにつかみかかろうとするのをカルマに必死で止められている。
「お父様は本当に私がカマセの命を狙ったとお考えなのか? こんな証言、お前だけは助けてやるといえばいくらでもでっちあげられるだろう? 」
「トンスコン様を愚弄するのですか?」
シャマンが咎めるがリアルは止まらない。
「真実を知る俺の方から見れば、いきなりメイドが嘘を並べ立てているのだからそう取られても仕方がないのではないか? 」
「いいかげんにせよ」
トンスコンの一括。
今まではトンスコンの一括で黙ってきたリアルだったがそれでも今回は止まらなかった。
「私は妥協案を提示している。この茶番に付き合う代わりにメイドは全てよこせとな」
「貴様の言うことを認めるわけにはいかん」
「なぜ? 父上が情婦になさりたいからか? ああ奴隷を情婦にしたいわけないな。ただむさぼりたいだけだ。豚が餌を喰らうようにな! 」
「なんだと」
トンスコンの言葉が殺気を帯びる。
不穏なものを感じる。いくらなんでもリアルはハイになりすぎなのでは?
カルマ以外の兄弟、そしてイセリナ達はゲームに存在していなかった。それはゲーム時点で既にしんでいるからではないかとは容易に想像がついた。
だかリアルはゲームでは宰相シャマンとして存在していた。正史通りに進めば命はあるのではないかと思うのだが…
ただ、ゲームとこの世界は微妙に異なっている可能性もある。そうではなくともリアルがシャマンとなり替わる可能性もある。
今日、情婦を殺されたことが発端になり復讐を誓うのか、もしくはリアルはここで殺されて肉体だけが奪われるのかで。
通常アニメやゲームなどで同じキャラなのに声が違う場合、声の主に体を乗っ取られていることを表す場合が多い。もしそうなら肉体を奪われる説が濃厚だろう。
いろんな可能性はあるが確証は持てない。
可能性を考えるなら俺がリアルと共に直談判に同席したことで正史が変わり、未来が変わった可能性もある。イセリナの侍女から妙な視線を感じてからずっと原因を考えていた。あの視線はそのことを意味していたのでは?
何にせよ、根拠はない。全て創造の話だ。根拠はないが…
このままではリアルの命が危ないかもしれない。それだけは確かだった。少なくともトンスコンたちの様子を見ている限り。
ナビ子と出会うまで正史を代えるのは適切ではない。もしリアルが死ぬのが正史ならそれを代えるべきではない。だが、そもそももう正史は変えてしまっているのかもしれない。そうであるならば動かない理由にはならない。
もうそろそろ限界だろう。
「待ってください。僕は階段を踏み外したのです。突き落とされたわけではありません」
俺は気を決して割ってはいることにした。
今割って入るということはナナリーは見捨てる。けれどそうしなければエスラとリアルが犠牲になるなる。犠牲になるのが2対1では仕方がない。それが仲間を裏切った彼女の代償と諦めてもらうしかないだろう。
「優しいカマセ。でもかばわなくてもいいのよ」
イセリナは言葉では優しいとか言いつつ、彼女の表情はとても焦って見えた。何言いだすんだこのガキというイラつきが透けて見える。
思ったより余裕ないなこいつ。
「僕は王の息子です。誓っていい加減なことは言いません。メイドなんてどうでもいいですが、メイドごときに突き落とされたなど僕の名誉が傷つきます。取り消していただきたい」
「階段を踏み外したのは恥ではなくメイドに付く落とされたのは恥ではないというのですか?」
シャマンが首を捻る。
「そうです。階段を踏み外したの僕のミスですが、メイドに突き落とされたのでは平民の女ごときに僕がやられたことになってしまいます」
俺もこの世界では貴族は平民を気にかけるものではないと散々教わったからな。
これがこの世界の流儀を通しつつ自分の意見を通す妥協点だ。
平民は取るに足らない存在。男尊女卑気味の世界観。そこで取るに足らない平民を助けるための方便がこれだ。上手く通るとよいのだが…
「ならばそのメイドが嘘をついているということだな」
意外そうに俺の話を聞いていたリアルだが、どうやら俺が敵ではないと判断したようだニヤリと笑う。
「嘘をついて私をはめようとした。母上は私をはめようとして、嘘の証言をさせた! 」
今度はノリノリでイセリナを糾弾し始める。
俺としてはイセリナのやっていることは卑怯なこととはいえ、一応カマセのことを思ってやっているのでもっと穏便に済ませてほしいのだが。矢面に立たされているリアルにそんな余裕があるはずもなかった。まぁイセリナはトンスコンの妻として一定の地位があるみたいだし殺されるようなことはないだろうが。
「そんなことはありません! カマセは目の前でメイドが殺されたことを悔やんで心を痛めていました。そのカマセがこんなことを言うわけがありません」
イセリナはなんとか弁明しようとするが声が震えている。予想以上に動揺しているようだ。自分たちの味方であるはずのカマセに逆に追い詰められているから当然か。
「それはワシがメイドの首をはねたことを言っているのか? 」
「ひっ」
トンスコンに睨まれ委縮するイセリナ。
目に涙を浮かべてがくがくと震えている。
なんかちょっと空気がおかしい。なんというか想定していたものより空気が重い。
「カマセ様。貴方は自分が何を言っているのか分かっているのですか? 」
カルマまで顔面蒼白で俺に問うてくる。
あれ?
彼の表情でどうやら俺の思うように事態が動いていないことを察する。
なんか俺はミスしてるのか?
俺はその可能性を考えようと思った。しかしそれはナナリーによって遮られる。
「いえ、私は奥方様にそう証言するように強要させられました。そうしなければ家族を殺すと脅されて」
唐突に彼女は罪の告白を始めた。
奴隷に落とされた後イセリナ達が現れてカマセを突き落としたのがエスラであると証言すれば助けてもらえること。故郷には病気の良心と幼い妹がいて従うしかなかったこと。
「お前自分が何を言っているのか分かっているの!? メイドの分際で! 」
イセリアの声は悲鳴に近い。なんだか俺が考えていたよりずっと追い詰められている。
何故だ? トンスコンの前で嘘を付いたからだ。リアルをはめようとしたからだ。でもイセリナはトンスコンの正妃なんだからちょっとくらいおいたしても大丈夫なのでは? 現に呼ばれもしないのにこんなところにしゃしゃり出てきている。こんなことくらいで失脚するわけない…いや、もしかして失脚する可能性があるのか?
それほどの事をやって…まぁ、いるかもなぁ。
カルマの蒼白な面持ちとイセリナの追い詰められた弁明が繋がった。
俺は勘違いしていたのかもしれない。
一方的にリアルが不利だったし、リアルはトンスコンの子供とはいえ平民との子供でカマセのスペアだし、イセリナは正妃だし、どうせそんな酷い目には合わないだろうからという軽い気持ちで糾弾してしまった。
勿論リアルをはめようとしたイセリナ達が悪いが、その罰は俺が考えているよりずっと重いもなのかもしれない。
なんとかこの世界の理屈に合わせようと思っていたが肝心なところを見落としていたのかもしれない。
「なぜ今になって証言をかえるのですか? 自分が助かりたくてこの場に来たのではないか?」
シャマンの問いにメイドは涙ながらに罪を告白していく。
「私が恐れていたのは家族に迷惑がかかることです。私はどうなってもかまいません。家族のことを助けてください」
彼女の言ってることはとても筋が通っていて納得できる理由だったが、ありがちすぎるようにも思えた。
それに素直だ。素直すぎるくらいだ。確かに俺は彼女の言っていることは嘘だと指摘したが所詮子供の言っていること、イセリナ達が味方に付いているのだし俺の勘違いで押し切ってもよかったのではないだろうか?
彼女が涙ながらに訴えても所詮は平民だ。イセリナ達に逆らって後ろ盾を失った彼女の意見が通るとは限らない。ならイセリナに同調して俺の言葉は思い込みということにして嘘をつきとおした方がリスクが低いのではないか?
それなのに彼女はあっさり嘘を認めている。
「興がそがれたわ。リアルよ。そのメイドをどうするかお前が決めろ」
トンスコンはエスラを殺せと言った剣で、今度はナナリーを殺せと示唆する。
「お、お待ちください。そんなメイドの言うとを信じるのですか!? 」
「煩い! お前が連れてきた証人だろうが! お前の処遇をリアルに決めさせても良いのだぞ! 」
「…! 」
一括されて呆然とするイセリナ。この世の終わりみたいな顔をしている。
冷静に今の状況を考えてみる。100人いたトンスコンの子供が次々と殺されている状況。俺の命も狙われた(と思われている)犯人は必然的にこの100人殺しにも関与したのではないかと疑われる。トンスコンとしては身内に疑われるものが出るのは不味い。だからエスラが犯人ではないと察しつつ、エスラを犯人とすることで落としどころを作ろうとしていた。でもそれを俺が台無しにしてしまった。
もしかしなくてもかなりやばいことをやらかしてしまったのでは?




