メイドの折半
「お待ちください! 領主様は誰も通すなと」
「煩い黙れ。俺は王子だぞ。子が親に会うのに了解を取る必要などあるものか! 」
トンスコンに会いたいというのだから事前に連絡くらいとおしているんだろうなと思ってたら、全くそんなことはなかったようだ。
リアルは何も考えずにひたすら中央突破。俺はその後を肩身が狭そうについていく。
「ここから先は通すわけにはいきません」
ようやく領主の間というところで、3メートルくらいありそうな大男が行方を塞ぐ。
こいつは本当に人間なのか? ゲームだからありなんだろうけどネームドキャラでなく一般兵士でこれなのか。思うところはあるが、これ以上進め無さそうなことは確かだった。
いくら子供といえど領主に強引に会うことはできないということだろう。
「俺は領主の息子だと、言っているだろうが! 」
しかしリアルは止まらなかった。鞘に収まっているとはいえ、剣で門番の急所をフルスイングした。
「!!! 」
門番は声に出せない悲鳴を上げて蹲る。
ちょっと、ちょっと、ちょっと、やりすぎじゃないか?
ひやひやしてる俺の気持ちなど全く気付かずリアルはトンスコンの部屋の扉を空け放った。
「父上、お話があります! 」
…部屋の中は陰気な空気に満ちていた。
半裸の女が何人かぐったりと倒れており、ベットでは醜悪な豚がぎしぎしと狂ったようにベッドをきしませている。ベッドがきしむごとに女のあえぐ声が聞こえてきた。
だから、そういうのは、エロゲーでやれよ。俺は思わず目を背けた。
リアルが剣に手をかけるのが目に入る、が、なんとか理性が勝ったらしい。剣から手を放す。
いや、違うな。半裸の女たちの中にエスラが、カマセのメイド達がいないことを確認したからか。
リアルは安どしたように息をはいた。
でも、この惨状は安堵できるような状況なのだろうか?
女たちを眺めながら俺はそんなことを思った。
「何の用だ? 」
怒気を含んだトンスコンの声が響いた。
それはそうだろう。お取込みの中突然押し入ってきたのだから。
「お父様にお願いがあってまいりました」
リアルはわざとらしくその場に跪いてた。俺もあわててそれに倣う。
…
俺たちは場所を変えるように指示されて謁見の間に通されていた。
玉座には醜悪なオーク、もといトンスコン。☆3にあるまじき威圧感を放っている。
いくら☆3と分かってはいても相手はメイドの頭をはね、実の子まで犯してるかもしれない危険人物だ。強さ意外に人として関わりたくない威圧感を感じずにはいられない。とりあえずは話があるのはリアルであって俺ではないのは幸いだった。しばらく様子を見よう。
上手くいくならリアルの真似をするし、リアルが怒らせるならその地雷には触れないでおく。
頑張れリアル。負けるなリアル。先に話を進めて地雷を見つけてくれ。
「面を上げなさい」
しかしそう言ったのはトンスコンの後ろに控えていた老人だった。
見覚えはないが大臣的なキャラだろう。世界観から言ってそういうキャラがいても可笑しくはない。
そういえば声はゲームのどこかで聞いたことがある。
「シャマンか…少し面倒なことになった」
苦々しくリアルがつぶやく。
いや、シャマンってお前なんじゃ?
疑問に思うがそれで思い出す。そういえばこの老シャマンの声は確かにゲームのシャマンのものだった。ゲームのシャマンはグラフィックはリアルのものだったが声は老シャマンだったのだ。
これが何を意味するのか現時点ではわからないが、どうやら現時点でシャマンとリアルは別の存在であるらしい。この世界が完全にゲーム通りの世界ではないのか。それともこれからそうなっていくのか分からないが。
「トンスコン様はお休みのところ急に訪れたことを大変お怒りです。これが愛すべき貴方達でなければ即刻首をはねていたことでしょう。以後気を付けるようにとの仰せです。」
トンスコンは不機嫌そうに座っている。話はシャマンに任せるようだ。
息子たちの前であんな姿をさらした後だからやりにくいという思いもあるのかもしれない。確かにこれなら大物感を演出できる、かもしれない。それからしばらくシャマンのつまらない説教が続いた。
「兄弟そろってワシの前に現れるとは驚いたぞ。いつの間に親しくなったのだ」
いい加減足が疲れてきたところようやくトンスコンが口を開いた。
「それは、血を分けた兄弟ですから」
ごめん。たぶんカマセは血はつながってないけどね。
俺の前では慇懃無礼なリアルもトンスコンの前ではさすがに緊張するらしい。畏まって答える。
「今回はお父様にお願いがあってまいりました。カマセのメイド達についてです」
「それはリアル様には関係のない話ではないですかな?」
シャマンが代わりに応えるがトンスコンが制する。
「よい、続けるがいい」
「ありがとうございます。実はその中の一人に私の情婦がおりまして。できれば助けて頂きたいと」
「ほう」
トンスコンがリアルをにらむ。ガキのくせに色気づいてるな。みたいな感じだろうか?
「この件に関してはカマセも気にしてはいないとの事。できれば他のメイドについても寛大な処置をお願いいたしたく」
そして注目は俺に移る。
「そうですね。別にいいんじゃないでしょうか。助けてあげても。彼女たちがいなくなったら絵本を読んでもらえなくなってしまいますしね」
子供らしい返答を心がけ、なるべく重くならない程度に賛同しておく。
貴族は平民に情を持って接してはならないみたいだからな。
「メイド達はどうなっている? 」
トンスコンがシャマンに尋ねる。
「少し手遅れであしたね。あのメイド達は既に奴隷に落としております」
「!? 」
帰ってきたのは予想外の言葉だった。
「罪を犯したのです。当然でございましょう」
そういうものなのか? とリアルを見ればリアルもかなり動揺している。
「少々早すぎるのではないでしょうか? 」
「丁度見受けしたいという貴族がおりましたので」
なんとなく嘘だと思う。俺が階段から落ちてあら1日もたってない。こんなに速やかに見受けしたい貴族なんて現れるだろうか? 初めから仕組まれていた? いやそれだと俺を階段から突き落としたことからして仕組まれたことになる。俺を危険な目に合わせるのはリスキーすぎる。
庶民なんて取るに足らない連中だから。でも若い娘たちだったから。適当な理由を付けて、奴隷に落としたかっただけということかもしれない。
トンスコンは女と見れば見境無しみたいだし。
「…エスラは返していただけるのですか? 」
しかしポジティブに考えればまだ奴隷に落ちただけだ。殺されても犯されてもいないから大丈夫。大丈夫だよな?
「一人なら返してやろう」
トンスコンが答える。
「有難うございます」
リアルは全員助けるのはあきらめてエスラだけでも助ける方向に切り替えたみたいだ。
それだと俺がものすごく寝覚めが悪いのでなんとか頑張ってほしいのだが。
願いもむなしくリアルは自分の願いだけてよしとしたようだ。最初からそれが目的だったし仕方ないか。
他のメイドは俺が助けるしかないらしい。
しかし俺の予想ではそんなに強固にメイドの引き渡しを拒否されるとは思ってなかった。
俺が階段から落ちたと言っても仕組まれたわけじゃないし、5人もいて一人は既に殺されてるんだからこれ以上の罪は重すぎると思っていた。俺が頼めば割と簡単に許してもらえるんじゃないかと思っていたのだが考えが甘かったようだ。
なんというかメイドを許さない理由に性欲が含まれているように感じる。だとしたら強固に反対してきそう。子供のお願いがどこまで通じるか疑問だ。迂闊だった。トンスコンは性欲の権化だと知っていたのだからその可能性は当然考えておかなくてはならなかった。
「おそれながら申し上げます。メイドを奴隷に落としたというのであれば、私にももう1人譲っていただけませんでしょうか」
「リアル様の情婦は返すことになったはずですが? 」
「あの女は元より私の情婦。私のものです。ですからそれとは別にもう一人いただきたいということです」
しかし、リアルはまだ他のメイドを助けることを諦めてはいなかったようだ。
なんか無茶苦茶なロジックをひねり出してるけど何とか助けようとしてくれている…んだよな? まさか本当にもう一人欲しいだけということはあるまい。
「そんな勝手なことは」
当然拒否されるかと思いきや、シャマンを制するトンスコン。
「強欲な奴よ。だが、悪くはない。欲望に忠実であることは好ましいことだ」
以外にももう一人返してくれるみたいだ。
ここぞとばかりに懐の大きいところを見せようとしているのを感じる。もしかしたらさっき醜態を見せてしまったのを地味に気にしているのかもしれない。ここで懐の大きなところを見せて父として領主としての貫禄を示したいのかもしれない。
良い心がけだ。見どころのある奴。みたいな?
でも考えてみれば奴隷欲しいの?そらやるぞ。と言ってるだけの最低の会話である。
これでもう1人救える。だが喜んでばかりもいられない。そうなると残るメイドはあと2人。ただここで無理やり2人助けてしまったから残りの2人を救うのはさらに難易度が上がりそうではある。一人ずつ奪っていくと最後まで残っている奴の価値が相対的に高くなるからな。最初から全員救う気がないのであればこれはこれでありだとは思うけれども。
しかしその危惧はいらぬ心配となった。突然の乱入者に打ち砕かれる。
「お待ちください! 」
ドン!と勢いよく扉が開かれる。現れたのはイセリナだった。
領主に謁見中に乱入してくるというのはいくら妻であってもかなり不敬なことではないかと思うのだが、イセリナは意気揚々と現れる。隣にはいつものようにカルマが控えている。
「何事ですか? 」
うろたえるシャマン。
トンスコンも眉をひそめている。ということは2人の仕込みではないらしい。本当にトンスコンに了解なく現れたということだろう。
イセリナはトンスコンを恐れていた。夫婦と言っても力関係にはかなり差があると思っていたのだが、こんなことができるということはイセリナにも一定の地位はあるみたいだ。まさかそんな立場にはないのに出てきたということはないだろう。
会社の会議に社長の妻が出てきても許されるみたいな? いやちょっと違うか。昭和の頑固親父が一家の大黒柱に口答えするんじゃねぇ! みたいなノリかと思っていたけどそうじゃなかったみたいな?
「イセリナ様からも話があるとは聞いておりませんが? 」
シャマンが気を取り直して尋ねる。
「話は聞かせてもらいました。なんでも、今回カマセを階段から突き落としたのはリアルの恋人が行ったとの事」
?
全く見当違いの事を言い出したから一瞬理解が追い付かなかった。
いきなり場違いに登場したと思ったらトンチンカンなことを言い出した。何を言っているのか?
「おそれながら、奥方様はリアル様が情婦のエスラを使ってカマセを暗殺しようとしたということを申し上げたいのではないかと」
カルマがイセリナをフォローする。
なるほど、そう言いたかったのか…て、いやいや
「それは根も葉もない暴言だ」
即座に反論するリアル。当然だろう。どっちにしろ見当違いはなはだしい。
「そうですね。お優しいリアル様がそんなことをできるとは思えません。きっと情婦であるエスラが勝手にやったことなのでしょう。リアルに罪はありませんわ」
しかしイセリナは自信満々だ。その自信はどこからでてくるのか。
「いくら奥方様でも言っていいことと悪いことがあるのではありませんか? 」
案の定リアルがきれかかっている。
「しずまれ!」
不穏な空気な流れる中、トンスコンが一括する。
その気迫に押され沈黙するイセリナとリアル。
「証拠はあるのか? 」
じろりとイセリナをにらみつける。
「勿論ですわ! 」
カルマに目配せするイセリナ。
カルマは襤褸切れのような布を着た女を連れてくる。
身は赤い髪に赤い瞳、憔悴しきっているが瞳は吊り上がっていて…どっかで見たような?
「この者はメイドの1人。ナナリーと申すもの。エスラがカマセを突き落としたのを見たと言っています。ねぇそうでしょう?」
そういえばメイドの中の1人にいた気がする。俺が階段を落ちたことでピンク髪メイド…エスラを責めていたメイドだ。名前はナナリーというらしい。




