リアルとカルマ
「どうして間違っていると分かるのですか? どうして否定されると分かるのですか? 」
エルフが優しく聞く。
「そりゃあ分かるよ。だって自分以外の人がそうだったから。本とかネットとか似たことをすれば否定されている。自分がやらなく誰かがやっているんだからやらなくても分かるよ。だからそうならない方法を探すんだ」
こんなに自分の事を話すのは初めてかもしれない。
エルフ侍女との会話が弾む…いや、これは弾んでいるのか? なんだかとても辛気臭い話をしているように感じる。
普段は思っていても言ってはいけないこと、言ったら嫌われること、言ったら馬鹿にされること、たくさんの理由があって話すことはできないけれど、ここは異世界だ。そのしがらみからある程度解放される。それが俺の口を軽くしたのかもしれない。
俺は価値観の古い父親によって育てられた。でも今俺が生きている世の中では父親の価値観とは少し差があった。思い返すと俺が同世代に馴染めずに年上に可愛がられるのはそのせいなのかもしれない。
父親の価値観で、年配の価値観だから、年配の人には可愛がられるけど同年代にはいまいち馴染めなかった。それで父親の方の価値観が間違っているなら完全に否定することもできたのだけど、父親のころには正しいとされて守られていた価値観だ。完全にとは言い切れないがそこにも正当性はある。だから俺は自分の殻に閉じこもることでその正しさを守ることにしたのかもしれない。
妹は中学の頃から俺が変わったのだと言う。最初は否定していたけど確かに変わったかもしれない。中学ではぶられた時、俺は中学になって気分がハイになったから上手くいかなくなったと自分で分析して納得していた。でも本当は納得なんてしていなかった。家ではずっとこうしていたのにそれが通らないことを察した時、行動自体は修正したけど腑に落ちないものを感じていた。現実がそうだから行動自体はなおしたけど、違和感はぬぐいさることはできなかった。自分の中の正しいと思うことを守るために頑なになっていたのかもしれない。
「所詮、人の経験と自分の経験は違いますよ。ここで私が貴方を否定すればそれは苦い記憶として貴方に刻まれる。受け入れればそれは成功体験として貴方に刻まれる。自信になるのです」
「根も葉もないことを言うね」
「そうやって自分の中の正しいが形作られていくのかもしれませんね」
そういうものなのだろうか。これが年の功と言う奴か。そう言われるとそんな気もするが、正しいと判断するには経験が足りていなくて判断できない。俺はあまり人に肯定されたことがない。
「じゃあ君にとって正しいと思うことはないの? 」
ならばそんな彼女が大切にしているものがあるのだろうか? 少し気になって聞いてみる。
「それは勿論ありますよ。とても稚拙で子供っぽい執着が」
「それは…」
何?
聴こうとしたときだった。
「どうして私が弟に会うのを止められなくてはならないんだ! 」
「ここはイセリア様のお部屋です! お引き取りを!」
部屋の外で何事か言い争う声が聞こえた。カルマと、もう一人誰かが
「どけっ! 」
怒号とともにドアが強引に開かれる。と同時に突き飛ばされて部屋には転がり込んできたのはカルマだった。おいおい大丈夫か?
「カマセ様お下がりください」
カルマはすぐさま立ち上がると俺と侵入者の間に割り込むように立ちふさがる。よかった思ったより元気そうだ。
「別に喧嘩しに来たわけじゃないんだが? 」
!? シャマン?
そう言って後から現れたのは金髪のイケメンだった。なんだろうこの世界イケメンしかいないのか? エルフがいてもみんな美男美女だから埋もれたぞ。
しかしそんなことより問題だったのがこいつが宰相シャマンに瓜二つだったことだった。
宰相シャマン。
ゲームだとカマセに主人公の村を襲わせ、トンスコンを魔物に変えた黒幕である。主人公が300年前の王族の血を引くことを知っており、トンスコンやカマセを操り亡き者にしようとしていた。
レアリティは確か☆3だった気がする。
「仮にも俺はこの国の王子なんだがな」
しかしシャマンはそういうと苦笑いをうかべる。王子ということはトンスコンの息子ということだろうか? しかしシャマンにそんな設定はなかったはずだ。
それに俺の兄弟で後会ってないのはリアルのナマの2人だ。シャマンなんていなかった。
「リアル様お下がりください。この部屋はイセリア様のお部屋です。男が入ることは禁じられています」
カルマはシャマンに対してリアル様と言う。どうやらこの世界では、もしくはこの時点では彼はリアル。トンスコンの息子でありカマセの兄であるらしい。
「そういうお前も入っているじゃないか」
リアルはカルマを揶揄する。
「それに俺は子供だがお前は大人だ。トンスコンの妻に手を出そうとした不敬者としてやつに突き出してもいいんだぞ? 」
顔はイケメンだが表情にも発言にも品がない。
リアルは10歳までは平民だったという。ここら辺が影響しているのかもしれない。
「無礼は詫びよう。だがどうしても、カマセに頼みたいことがあってな」
カルマに対してはひたすら高圧的だが、俺に対する態度は多少柔らかい。ただの騎士と時期領主候補の弟だから態度が変わるのは当たり前なのかもしれないが。
「カマセのメイドの1人、エスラのことは分かるか?」
いきなり、知っているな? と話を振られても俺はさっきこの世界に来たばかりだ。知らない。
それを正直に話してもいいものかと思ったが、この世界だと平民は注意を払うべき対象ではないらしいし、知らなくても大丈夫かもしれない。
「いえ」
正直に答えた。
「桃色の髪をしているはずだが」
俺の返答に目に見えて苛立つリアル。本当はイセリナの子供じゃないのかと言うくらい気が短い。
それにしても、桃色ってことは淫乱で父のでかい…
ひたすら俺に謝っていた乳のでかい女を思い出す。
「どうやら理解できたみたいだな。乳のでかい娘だ」
どうやらピンク髪のメイドが乳がでかいのは共通認識らしい。
「彼女は俺の情婦でな…といっても分からんか。つまり恋人、のようなものなのだ。できれば助けたくてな。」
カマセは5歳児だから情婦の意味が分からないかと考えたのか恋人と言い直す。中々親切な奴だ。俺は5歳児ではないので情婦の意味は勿論知っている。あれだろ? セフレだろ? 淫乱ピンクはやっぽり淫乱だったようだ。
恋人と言ったとき何やら嫌そうな顔をしたのが気になったが、一応助けようという気はあるらしい。
「カマセ様には関係のないことです。お引き取りを」
カルマはなんとかリアルを追い出したいようだが、俺にとっては青天の霹靂だった。
メイド達の事は気になっていた。助けられるのなら助けたい。でもその糸口すら見つけられないでいた。ようやく思いを同じくする者が現れたわけだ。乱暴な奴だがセフレを守りたい気持ちは本物のようだ。
「時は一刻を争う。お前もあの豚の手元に女を置くということがどういうことかわかっているはずだ。良くて犯され、悪くて殺されるぞ。さっさと助けに行かねばならんのだ! 」
「カマセ様の前で汚い言葉はお控えください」
「事実だろうが! 」
言い争うリアルとカルマ。
て、なんだそのケダモノは。トンスコンってそんなやばい奴だんったのか。スマホゲームよりエロゲームの世界の住人だろう。出るゲーム間違ってるぞ。
エルフの侍女はどんな反応をしているのだろうと思ってちらりと見ればイセリナのベッドの陰に隠れてこちらをうかがっている。
侍女はイセリナの護衛と言う意味もあるのかと思っていたのだが全く守ろうという様子はない。全くないのはそれはそれで侍女としてどうなのかと言う気もするが、やはり戦闘能力はないということなのだろうか?
ま、まぁ可愛いから許す。
「メイド達がどうなろうとカマセ様には関係のないことです」
融通の利かないカルマにイライラするリアル。
「勘違いするなよ。本来お前は私と対等に話せる立場じゃないはずだ。いちいち口を挟むな分をわきまえろ。俺とてあんな女別にくれてやっても構わんが、さすがに殺されるのは寝覚めが悪いわ! 」
「…」
身分の差をごり押しされるとカルマも黙るしかないようだ。
自分の情婦を守ろうとしている熱血漢かと思ったらそんなこと言ってる。まぁ見捨てるよりはいいけどね。
この世界ではメイドはというか庶民は取るに足らない存在らしい。それを必死に助けることを願うのは貴族としておかしいらしい。けれどリアルは情婦という理由で自然に助けようとしている。
やはりそれなりの理由があれば救おうとしても問題ないようだ。男女の関係と言うのは非常に分かりやすい。カマセは5歳児だからその理由は使えないが。
「どうせ助けたいのなら全員助けてあげてはどうですか? 」
石が転がってるから拾うみたいな適当な感じで言えば助けてもらえるんじゃないだろうか?
試しに提案してみる。
「どうして俺がそこまでしなくてはならないんだい? それにメイド達の不手際でカマセは傷ついたのだろ?」
リアルはただの正義感で動いているわけではない。助けたいのはエスラだけみたいだ。
でもそれでは困る。俺の寝覚めが悪くなる。
「僕は気にしていませんよ。エスラを助ける義理はありませんが、他のメイドを助けない理由もありません。どうせなら全員助けたらどうかと思ったまでです」
内心とは裏腹に「俺はどっちでもいいけどね? 」みたいな雰囲気を出すように努める。
上手くそのような雰囲気が出せてるか自信はないが。
「ふうん」
値踏みするように俺を見るリアル。
「まぁ、もののついでだ。トンスコンに頼んでみよう。だが、全員助けたいならその話は自分でするんだな」
「僕がですか? 」
「当たり前だろう。自分のメイドなんだから」
ということは、平民なんか本当は助けたくないけど助けちゃうんだからね。別に平民の事を思ってやったわけじゃないんだからね! ていう文句を自分で考えないといけないみたいだ。
この世界では、もしくはこの国だけかもしれないが…平民を助けようと思うこと自体変わり者の考えみたいだ。カマセはこの国のあと取り息子なのだし、この国の流儀に従って説得しなくてはならない。
あのトンスコンの前でそんな話を披露するのは気が重いのだが。
「なら話は早いな。ついてくるといい」
トンスコンへの会見の準備はリアルが整えるらしい。とんとん拍子に話が進んでいく。なんとかメイド達を助けられるといいんだが。
そんなことを考えていると、一瞬背中がぞくっとした。
振り返ればエルフの侍女がイセリナのベッドの陰から出てきたところだった。俺と目が合うとちょっとバツが悪そうに目を伏せる。イセリナはまだ目覚めていないようだ。
今は彼女たちからそんな雰囲気は全くないが…気のせい? か。
それとも何か今の行動で不味い点でもあったかのか?




