モブのエルフはモブじゃない
アスモが去った後、この場にとどまるのは危険だという話になり、しばらくイセリナの部屋に隠れることになった。といってもイセリナの部屋が警備が厳重だとかいうことはないみたいだけど…
現在イセリナは自分のベッドで気を失っている。イセリナの部屋にはトンスコン以外の男が入ることは許されていないらしく、カルマが外で見張りについている。
勿論イセリナの子供であるカマセは例外らしく、俺は部屋でイセリナと侍女とで残されていた。
特に断る理由も思いつかなかったからカルマの指示に従ったけれど、特に得るものもなさそうだった。
カルマはアスモと対峙した時、先生がどうとか漏らしていた。もしかしたらその先生なる協力者と接触するかもしれないと思っていたのだが、目論見は外れたらしい。イセリナの部屋にいたのは侍女一人だけだった。彼女が先生と言う可能性はないだろう。カルマは彼女を見つけるなり頭ごなしにイセリナの面倒を見るように命令していたからだ。どう見ても先生にとるような態度ではなかった。
「そうなるといつまでもこうしていても仕方ないか」
カルマの話ではナマはトンスコンにとって特別な存在であるらしい。情によるものか、他に何か秘密があるのか、ナマが何かしたからと言って彼に制裁が下るとは考えにくいらしい。例え兄弟殺しでもだ。だから逃げるしかないのだと言われた。
でもカルマもカマセのことを過小評価していると思う。カルマ、そしてカミュは他の兄弟とは違って世継ぎ候補の大本命だ。いくらナマとはいえ手を出したらただでは済まないはずだ。アスモもそれが分かっていたから直接手を出してくることはなかったのだと思う。
それにアスモの意味深な態度からしてカマセがトンスコンの子供ではないと気づかれている節がある。争わなくても勝てる相手だと思われているからあえて手を出してこないのもあるかもしれない。いざとなったら簡単に潰せる相手だと思われているのだろう。
どちらにしてもわざわざ逃げ隠れする必要なんてないということだ。こうして隠れている時間は全くの無駄だと言える。
「さて、どうしたものかな」
俺はなんとなくイセリナの侍女を見た。
メイドの格好をしているが俺のメイド達とは違ってかなり小柄だ。少女と言っていい。よく見たら耳がとがっている。エルフと言うやつだろう。エデンプロジェクトにはエルフも出てくるのは当然だが、実物は初めて見た。なるほど可憐だ。この世界では美形が多いからそれ以上の感想は湧いてこなかったけど。
こんな少女でもトンスコンは手を出したりするのだろうか? エルフだから見た目通りの年齢とは限らないが、こんなすさんだところに生きてるんだから綺麗な身体のままと言うわけにはいかないだろう。
可哀想に、自然と憐みの視線を向けてしまう。それに気が付いたのか、侍女は気まずそうに身をよじった。
「あの…」
沈黙に耐えかねたのか侍女が話しかけてくる。
「貴方は転生者ですよね? 」
は?
ばれた。いきなり。何故?
「大丈夫です。口外しませんから…私そういうのが分かってしまうので」
さすがエルフと言うべきか、全く油断していた。いきなり確信をついてくる奴がいるとは。
どう答えていいものか悩む。正直に話していいのか、誤魔化すべきか。
結局、相手の能力が分からない以上誤魔化しても無駄と判断して正直に話すことにした。
「実はそうなんだ。すごいね君。もしかして異世界から転生してくることってよくあるの? 」
「そうですね。私は見るのは3度目ですが、それなりにあるみたいですよ。転生だけでなく召喚されたり、それも人の姿だけではなく魔物の体だったり千差万別だという話です」
「3回も…実は君ものすごい長生きだったりする? 」
「ふふふ、女の子の歳を聞いちゃ駄目ですよ。私は永遠の14歳です」
これは…当たりか?
カルマの言っていた先生と言う協力者が彼女の可能性を考える。先生本人ではなくても先生の協力者の可能性もある。先生の指示でアスモからイセリナを守るための護衛とか? 考えてみればアスモは危険と言って連れてこられたのがここだ。彼女はそれなりの手練れなのかもしれない。頭ごなしに命令していたけど。
「もしかしてすごい強かったりする? 」
「月日をへているからと言って強いとは限りませんよ? 人間だってそうでしょう? 」
そう言って彼女は微笑んだ。確かに見た感じ強そうには見えないが、エルフって大抵すごい魔力を持ってる設定だったりするし彼女もすごい魔法使いなのかもしれない。
ゲームの設定上では、モブでもエルフは人間よりは強いことになっている。一般人の人間は☆1だがエルフの一般人は☆2だ。つまりただの村娘のエルフでも人間の訓練された一般兵士相当の力を持つということになる。
俺が転生者であるということはアスモにも見破らている可能性があった。アスモのレアリティは☆3だった。侍女もいきなり俺が転生者だということを見破るくらいだし☆3相当のレアリティはあるのかもしれない。
さすがに☆2で見破られるとこの世界の半分くらいの連中に見破られる可能性があるってことだから、それはないんじゃないかと思う。☆3でも割と簡単にバレてしまうので危機感を抱くレベルなのに☆2でばれるとか勘弁してほしい。特にアスモなんてコピペ魔族だし。あんなガチャで無限に手に入りそうなのにばれるなんて割と絶望的な状況かもしれない。同じ☆3でも魔法に強そうだから見破られただけで肉体派の☆3にはばれないとか理由があってもらわないと困る。
ちなみに現代のキャラで星4以上のキャラは基本的にイベント配布キャラとなっている。さすがにすべてのキャラを記憶しているわけではないので彼女がイベントキャラなのかどうかまでは分からないけれど。ゲーム開始時にはイセリナもカルマもいないし、可能性は低いんじゃないかと思うのだが。
「ところで、僕は元の世界に戻りたいんだけど戻り方とか知らない? 」
「戻りたいんですか? 」
侍女は少し驚いたように聞く。
「勿論だよ。自分の世界だから」
本当は殺人の証拠抹消のためだけどね。
「この世界に来たとき何か力を得ませんでしたか? 自分で気が付かないだけで大抵そういうものを得るものだと聞いています。その力があればこの世界で楽しく生きられるかもしれませんよ? 」
「さぁ、そんなものはなかったと思うけど。でもどっちにしろ関係ないよ。僕が戻らないと迷惑をかける人がいるからね」
家族が犯罪者の家族になって後ろ指刺されてしまうからね。
「そうですか。珍しいですね。昨今の召喚者たちは、異世界の事を気に入りすぎて帰りたがらないと聞いていました」
「そうなんだ。でもそれは年齢によるかも」
「年齢ですか? 」
「ある程度生きていると自分のこの先の人生がなんとなく想像できてしまうことってない? そこに希望が持てないから元の世界に戻りたがらないんじゃないかな? でも僕はまだ若いから元の世界でやりたいことがいっぱいあるし」
「なかなか教養があるのですね。お若い方とは思えない意見です」
このくらいで教養とがあると言われても、持ちあげすぎな気がする。
今の俺は5歳児だし、5歳児にしたら教養があるどころか天才かもしれないけど。
「貴方の世界は幸せな世界だからそんなことが言えるのかもしれません」
「幸せ? 」
意外な意見に少し考える。でもすぐにその理由を思いつく。
「明日命が奪われるような危険なことがないから未来が予測できてつまらないなどと思えるのでしょう」
やっぱりそうきたか。確かにそういう考え方もできるだろう。
異世界の過酷な閑居を知り、そうして主人公は気づく。自分の世界がいかに幸せだったかを…ってね。これも一つのテンプレと言えるだろう。でも
「そんなにいいことばかりじゃないよ。何が正しいのか良くわからなくなるし」
「というと? 」
「普遍的に正しいと思っていたことが正しいことじゃなくなるんだ。この世界で絶対に正しいとされていることも俺の世界ではきっと正しくないんだ」
貴族が平民を馬鹿にしてるイセリナ達の価値観とかね。
自分の読みが当たったことで気を良くした俺はちょっと意味深に返してみる。
「良いことばかりじゃないさ」
「例えばどういったことですか? 」
「例えば…」
貴族が平民をなんとも思ってないこの世界の価値観と俺の世界の価値観の違いを指摘するのは辞めておいた方が良いだろう。お前らがおかしいと言っても俺の世界の価値観を押し付けるだけになる。この世界の住人にとってはそれが当たり前なのだから侍女にそれを察せさせることはできない。ただ不快感をあたえて印象を悪くするだけにもなりかねない。
例を出すならばこの世界から見たとき俺の世界がおかしいという内容にすべきだ。俺の世界のおかしいことの方がこの世界の人間には違いを実感できる。俺たちの世界の方がおかしいのだから彼女にも不快感を与えない。その方が素直に受け止められるはずだ。
「…貴族が、体を売ったり? 」
本当はそんなことを言いたかったわけではないのだが、分かりやすく違和感と言われたときにとっさに思いついたのは妹のことだった。
売春は悪いことだと思う。でもエッチが好きでお金も儲かってちやほやされるならそれもありなのかもしれないと妹は言う。それにパパ活とか。お金が儲かって体も売らないなら悪いことではないというのは妹から考えればそうなのかもしれないが、普通の世界の価値観とは食い違ってるんじゃないだろうか。
「平民なら生きていくためには仕方ないかもしれないけど、貴族がそんな必要ないけど遊ぶ金が欲しくて、ワインを水にしたくないからやるみたいなそんな感じでやるのは駄目じゃないかと思うんだけど」
でもよく考えたら女の子に向かって体を売る占いとかセクハラじゃないか?
何言ってるんだ俺は。ゲームのキャラとはいえ初めて会った女の子に。
言ってて不味いんじゃないかと思えてくる。
「なかなか面白いで話すね」
けれど侍女はそんなことは気にもしなかったようで、クスクスと笑った。
「それって例え話ですよね? 何を例えているのかは分かりませんが、平民にとっては楽しい話ではないでしょうか? いけ好かない貴族がワインを買うために体を売るのですから」
例え話と言うか、割とそのものずばりな話なんだけど。侍女にそこまで分かるはずもない。彼女は深読みしたらしく一人で納得している。
「それであなたの大切な人が水を我慢せずにワインのために体を売ったから怒っているんですか? 」
と思ってたらいきなりそんなことを言われた。自分の事を話していると見破られるとは思っていなかったので少し戸惑う。
「それは違うけど」
妹は売春してないって言ってたし。パパ活はしてたみたいだけど。
俺が不振を覚えたのは妹の周りの価値観であって妹そのものではない。
「そうやって怒っているのは、自分の大切なものがそういうことにさらされているからですよね? 」
「…!?」
そう、だけどそうじゃない。何か話が変なことになっている。
「別に怒っていないよ。その人たちにはその人たちの考えがあるんだから怒る必要がないし」
俺は今はそういう価値観なら、そういうものなんだろうと思っているだけで、怒ってはいない。ただ俺と同じ過程で育った妹までそんな価値観を持っていることに戸惑っただけだ。
「でも貴方は嫌だと思っているんですよね? 」
「思ってないけ…いや、思っている、か」
確かに思っていなかったら例え話でこの話題を出さないはずだ。俺は不快に思っている。でも不快に思ったとしても俺がそれをとやかく言う権利もないような気がする。おかしいな。いつの間にか侍女に手玉に取られているように感じる。
「あなたの中には正義がありそれに反したから怒っているという事でしょう」
ニッコリと笑って侍女はそう言った。
正義とか言われるとむず痒い。俺は俺が正しいとは思っていないし。今の正しいはもう違うのかもしれない。俺は価値観の古い父親によって育てられた。でも今俺が生きている世の中では父親の価値観とは少し差があった。親父の言ってた正しいことなんて今の世界ではあまり意味がないことが結構あった。例えば、いうことを聞かなければ叩いてでも言うことを聞かせてもいいとか、男は仕事さえしていれば家庭の事は全て母親に任せればいいとか、そういうことだ。俺はそのことに気づいてから、どうにも自分の意見に自信を持つことができないで生きていたように思う。
「独りよがりかもしれませんが隠す必要はないと思いますよ。それに、それが独りよがりかどうかは言ってみなくては分かりません。私は貴方の言ってることは優しいことだと思いますよ? 」
優しい? 俺が? 人を殺そうとした俺が?
思わぬ高い評価に戸惑う。
それは違う。彼女がそう思うのはきっと俺がすべてを話してはいないからだ。この話題ならそういう反応になるのは分かっていた。だからこの話題にしただけだ。売春が良いことだと思う価値観の方がきっと稀だから。賛同してくれると思ってこの話題にしただけだからだ俺は卑怯な男なのだ。
「むしろそんなことで悩んでいるのは軟弱者だと思います。正しいのだから堂々と戦えばいいだけなのに」
正しいから堂々と戦う。たとえ賛同を得られなくても?
ユウちゃんを思い出す。みんなに馬鹿にされながら戦っていた。ユウちゃんは正しいことを言っていた。道徳的に。でもしらけると相手にされなかった。もしかしたらあれが本当の強さなのかもしれない。
ただ自分の中だけで正しさを貫いてあげくに角くんを殺そうとした俺なんかよりよっぽど。
でもユウちゃんが反抗し続けても結局何も変わらなかった。角くんは改心することなく売春に手を染めている。何も変わらないのならユウちゃんの行動はやはり無駄じゃないのか?
「まぁ悪い人でないのは分かりました。そういうことであれば故郷にはそういうことに精通した者もいます。お力になれそうでしたらぜひ協力させてください。今は連絡が取れませんが」
「そうだね。その時はよろしく頼むよ」
悪い人ではないといわれて後ろめたいものを感じずにはいられない。俺のしようとしたことを知ってそんなことを言えるだろか? 確実に悪い人だと思う。今だって、もやもやをかかえつつでも予定通りに話が進んだことに満足してもいた。
彼女の言う故郷にいる転生に精通したものと言うのはナビ子のことではないだろうか? なにせ同じエルフだし。それどころかナビ子の命令で彼女はここにいる可能性もある。
もし仮にカルマのいう先生が本当にナビ子だとしたら目的は何だろう?
決まっている。カマセをこの国の次期領主にするためだ。
そして村を襲わせて主人公の覚醒を待つ。もともとナビ子には黒幕説、マッチポンプ説があった。そうなると洒落にならない外道キャラということになってしまうのだが、もしそうだとするならいろいろと説明が付く。
カルマと瓜二つのカマセがトンスコンの息子として疑われていないこと。
そんな間抜けなイセリアと実力不足のカルマに守られたカルマが世継ぎレースで最後まで生き残れたこと。
まぁ、違うなら違うで転生にていて知っているみたいなのでどちらにしろ元の世界に戻る手掛かりが得られたことになる。最悪元の世界に戻るには10年以上待たないといけないかと思っていたが、案外早く戻れるかもしれない。
イセリナの部屋に来たことは全くの無駄かと思ったがそうではなかった。良い出会いがあった。
「そういえば君の名前は? 」
「ふふ、残念ながらそれは明かせません。名前を告げるということは支配権を与えるということです。だから今あなたに名前を明かすことはできません」
それはエルフ特有の決まり事だろうか? 少なくともエデンプロジェクトのエルフはみんな普通に名乗っていたと思うけど?
「貴方が悪いわけではありません。でもこんなところで働いているので、極力危険は冒さないようにしておきたいのです。襲われちゃいますからね」
そういうと彼女はちろっと舌を出した。




