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第八話『冷凍処分室の惨状』

 シゴロウは背に107を抱き着かせたまま、事の発端となった冷凍処分室へと向かった。

 入り口の扉はゾンビがこじ開けたのか、所どころへこんだ状態で折れ曲がっている。覗いた部屋の中は、床も壁も通路とは比にならぬほど血肉で赤黒く染まっていた。


(……む? キツイ匂いがするかと思ったが、さほど気にならんな)

 普段の実験で慣れているからだろうか、シゴロウは疑問のまま部屋へと入った。


 注意深く辺りを見回すと、頭や心臓を欠損しゾンビ化することもなく死んだ者や、ゾンビ化はしたが腕や足を失って身動きが取れない者がここには残っていた。

 他者に基本無関心なシゴロウでも、さすがに彼らに同情の念を抱いた。形だけでも弔ってやるべきかと考えていると、107が背から離れて何かを探すように歩き出した。


「107、あまり遠くにはいくなよ」

「がうっ!」

 どこで覚えたのか、107は兵士の敬礼ポーズのように手を額にビシッと当てた。ちゃんと話は理解したと判断し、シゴロウは目的の一つだったある物に近づいていった。


 シゴロウが手を伸ばし掴んだのは、床に転がっていたサブマシンガンだ。数は死んだスタッフ分あり、カートリッジやホルスターなどもついでに回収しておいた。

「……ふむ、さすがに二つも持っていたら邪魔か。メインとなるサブマシンガンは一丁にして、控えには拳銃の方を装備するとしよう」


 グレネード類もあったが、こちらは詳しくないので回収しないでおいた。代わりに多様な用途に使えそうな軍用ナイフを二本ほど貰っておいた。

 これらの装備の使い方は、一応研究所内での研修で習っている。だがシゴロウに射撃センスというものは皆無で、狙った的に命中させられた試しはなかった。


 あの時の周囲が向けてきた笑いを思い出すと、恥ずかしさと怒りが同時にこみ上げてくる。教官は「筋力がつけば大丈夫さ」と精いっぱいのフォローをしてくれたが、筋肉などシゴロウにとって最も縁遠いものだった。


「――俺が悪いのではない、そもそも銃が重すぎるのだ。ひ弱な研究員でも扱えるように、もっと軽くて丈夫な素材を使えばよいではないか」

 ブツブツと情けない文句を垂れ流し、シゴロウは身に着けた装備と共に立ち上がった。

 重さのせいで身体が引っ張られるかと思っていたが、想像を遥かに超えてスムーズに立てた。身体の重心が傾くことなく、むしろ若干軽さを感じるぐらいだ。


「…………軽量化したのか? ふっ、やればできるではないか」

 調子よく言ってはみるが、シゴロウは強い違和感を感じていた。手に持った拳銃も腰のサブマシンガンも、触った感触や見た目の材質は以前と同じだったからだ。

 試しに拳銃を構えてみるが、重さで照準がブレることはなかった。数発撃ってみるがさほど反動は感じず、弾はほぼ狙った壁に着弾した。


 発砲音に倒れているゾンビが反応し、一瞬シゴロウへと顔を向ける。だが音が静まると同時に動きが鈍くなり、徐々に視線は決まった場所を見なくなった。

「……まさかな」

 人間がいると気づいたならゾンビは動けなくても暴れ出す。シゴロウは嫌な予感のまま、恐る恐るゾンビへと近づいていった。


(俺はもしかして、ゾンビになってしまったのか?)

 ふとさっきまで見ていた悪夢が思い返された。だが思考は人間らしくしっかりとしていて、107もシゴロウを認識している。ならば結論を出すのはまだ早かった。


 そうしてゾンビの近くまで行くと、急にシゴロウを認識して暴れ出した。その様子は完全に獲物を狙う時のもので、身体を激しくよじりながら足に噛みつこうとしてきた。

「――っうお! いきなり動くな、情けない声を出してしまったではないか!」

 とっさに拳銃を発砲し、近づいてきたゾンビの息の根を止めた。今の騒ぎで他のゾンビ動き出すかと思われたが、これまでと同じで人を認識していない静けさのままだった。


「ここの者たちがおかしいだけか……? 現状では何とも言えぬが」

 一時判断は保留し、用事が済んだので冷凍処分室から出ようとした。するとさっき背から離れた107が駆け寄り、シゴロウへと金属の何かを差し出した。


「これは……、107が着けていたマズルガードか?」

「がっがぅ! シゴロ、シゴロ!」

 107はマズルガードを口元に近づけ、肌に当てたり離したりしていた。シゴロウはそのジェスチャーの意味を考え、一つの答えに思い当たった。


「まさか、せっかく外れたこれをまた着けたいのか?」

「――! がうっ、がおう!」

「……不便なだけだと思うのだがな。まさかと思うが、これを俺からのプレゼントだと認識しているのか?」

 107の反応を見て、シゴロウはその考えがおおよそ合っていると判断した。当然贈り物などではなく職員の安全のための装備なのだが、107の好きにさせることにした。


 マズルガードを装着させてやると、107は目に見えて喜んでいた。シゴロウは107の走り回る姿をやれやれと眺め、用事の済んだ冷凍処分室から出ようとした。

 すると出口に向かう途中で、部屋の隅に見覚えのある人影を見つけた。警戒しながらすぐ傍まで近寄ると、そこにいたのはシゴロウを馬鹿にしていた研究員たちだった。


 両脇の二人はゾンビ化することなく絶命していたが、中心の一人は『人』としてまだ息があった。どうやら横の二人の死臭にまぎれ、致命的な外傷を負わず済んだようだ。

「だっだだsだdさsだ、だtれ? ダレだだだれダ?」

 言葉は支離滅裂で、目の前のシゴロウをまともに認識できていなかった。もはやゾンビ化するのも時間の問題で、この状態になれば救える余地はない。


「アアァ……、ダズ、はやylぐ、ダッだずげろ……」

 研究員は救いを求め、目の前の人影へと手を伸ばした。

 その虚しい姿を何とも言えぬ顔で見つめ、シゴロウは拳銃の銃口の狙いを頭部へと定めた。


「ざまぁみろ。……と言いたいところだが、さすがに同情はしてやる。もう苦しまぬよう終わらせてやるから、それで許せ」

 無数のゾンビを殺処分してきたシゴロウだが、人を殺すのはこれが初めてだった。構えた拳銃がカタカタと震えるが、決意を込めて引き金の指に力を込めた。


「――ではな。あの世が本当にあるなら、達者に暮らせよ」

 パンパンと二回発砲し、シゴロウは研究員を物言わぬ死体へと戻した。


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