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第七話『悪夢からの目覚め』

 いつの間にかシゴロウは暗い闇の中に独り立っていた。

 どうしてこんな場所にいるのか、記憶は霞がかかったようで思い出せない。

「ここは……、どこだ?」


 出口を探して彷徨い歩くと、身体が壁らしき物体にぶつかる。だが不思議と痛みはなく、シゴロウは気にせず闇の中を進み続けた。

 少しすると目が慣れてきたのか、建物の薄っすらとした輪郭が見え始めた。出口らしき場所から出て行くと、道の先でシゴロウ以外の人とバッタリ出くわした。


 自分独りしかいないと思っていたこともあり、シゴロウは喜んでその人物に近づいていく。そして声を掛けようとした瞬間、急に空腹感がふつふつと湧き上がってきた。

 普段から食の細いシゴロウには珍しく、今なら何でも美味しく食べれる気がした。


「――――!!?」

 空腹のまま近づいていくと、暗闇の中にいた誰かは必死に逃げ始めた。シゴロウはとっさに「待ってくれ」と言おうとしたが、意思に反して口からはうめき声が漏れた。

 最終的に誰かは、通路の突き当りに逃げ込んだ。もはやこれ以上行き場はなく、ようやく落ち着いて話ができる……そう思った時のことだった。


 目の前の人物の足元に転がっていた影が手を伸ばし、立っている身体を地面にひっぱり倒した。突然のことに誰かは悲鳴を上げ、必死に死体を足蹴にして離れようとしていた。

 こんなひっ迫した状況なのに、誰かは決してシゴロウに助けを求めなかった。何故という疑問を抱いたまま近づくと、接近を拒絶する叫びが聞こえてきた。


(あぁ……、こいつも奴らと同じか)

 奴らとは何を指すのか、シゴロウはよく思い出せない。だが心の底から憎むべき対象だということだけが、グルグルと頭の中で巡っていた。

 徐々に空腹感だけではなく、怒りが心を支配してくる。目の前にいる人物を肉片の一片も残さず食い荒らせと、叩きつけるような頭痛と共に語り掛けてきた。


 そうしてシゴロウは誰かへとゆっくり近づいていった。どうせここは夢の世界なのだから、暴食の感情に身を任せるのもありだと思った。

 一歩また一歩と重い足を引きずり歩いていると、ふいに肩の辺りに重いモノがのしかかってきた。振り払おうと身体を揺するが、何かはガシリとしがみついて離れなかった。


「――シゴロ、シゴロ!」

 ふいに耳を通し脳へ、聞き覚えのある声が聞こえた気がした。

 シゴロウはピタリと動きを止め、ゆっくりと後ろを振り向いた。するとそこには見知った少女の顔があり、シゴロウはとっさに名を呼ぼうとした。


 しかしいくら頭を捻っても、少女の名が思い出せなかった。何か大切なことを忘れている気がするが、相変わらず頭痛が酷くて頭が回らない。

 シゴロウは少女の声という光に手を伸ばし、必死に正気に戻ろうとあがき続けた。


(オレハ……、おれは……、俺……は)

 あと少しで戻れそうなのに、あと一歩が踏み出せなかった。まるで鍵が掛かった扉が、目の前の行く手を遮っているようだ。

「……107、……俺は」


 自然と漏れ出た言葉に、しがみついた少女はとても喜んだ。そしてどういうわけか少女は、大口を開けてシゴロウの首元に牙を突き立ててきた。

 じくじくとした痛みを感じつつも、シゴロウは少女を振り払わなかった。不思議な感覚だったが、痛みのおかげで靄のかかった思考が晴れていく気がした。



 …………目を覚まして最初に聞こえたのは、研究所のけたたましい警報だった。

 立ち上がることもできない気だるさと頭痛を感じつつ、シゴロウは自分が生きているという実感を得た。服は汗でビッショリと濡れ、今すぐにでもシャワーを浴びたかった。


(ここは……どこだ?)

 ぼんやりとした意識で辺りを見回し、ある程度だが状況を把握した。

 まず今いる場所は十階層の通路で、そこら中の壁にはべったりと血が飛び散っていた。


 さっきから鳴っている警報音は訓練で嫌というほど聞かされたゾンビパンデミックのもので、通路には危険を知らせる赤ランプが点灯している。

 推測するまでもなく、倒れている内に相当な異常事態が起きたようだ。シゴロウはこの場にいた経緯を思い出そうとするが、記憶は霞がかったように曖昧なものだった。


(……とりあえず、近くにゾンビはいないか。どうやら俺は相当運が良かったようだな)

 ゾンビは常人より聴覚も嗅覚も敏感で、地下空間で呑気に寝ていればまず襲われてしまう。

 近くに姿が見えない状況を合わせると、九階層に逃げた者たちを追っていったおかげで助かったといったところだろうかと考えた。


 未だ体調不良は続いていたが、さすがに通路で寝そべっているわけにはいかない。そう考え立ち上がろうとすると、太ももの辺りに重さを感じた。

「…………?」

 見下ろしてみるとそこには、107がヒシッとしがみついて寝ていた。スゥスゥと気持ちよさそうに寝息を立て、まるで父親に寄り添うように表情をほころばせていた。


「……そうか、この惨状は恐らく」

 シゴロウはあえて言葉にはしなかった。

 シゴロウ以外に懐かぬ107が、窮地を救うために拘束具を破壊して暴れた。その結果ゾンビパンデミックが起きたとして、責任を問うことなど出来るわけがない。


 むしろシゴロウは、そこまで107が自分を想っていてくれた事実が嬉しかった。

(……そもそも俺が余計なことをしなければ、こんな事態は起きなかったのだがな)

 迷う余地なく、事の責任があるのは自分だ。


 シゴロウはその思いを心に刻み、それでもなお前に進もうと決めた。せっかく107が繋いでくれた命を、贖罪などという行為に捨てる気は毛頭ない。今更後悔しても、もう遅いのだ。

 そんな決意で107の頭を撫でていると、107は起きてシゴロウをじっと見上げた。


「む? 107、俺の顔に何かついているのか?」

 そう問いかけた瞬間、107はパッと表情を明るくした。

「っ! シゴロ、シゴロ!」

「他の誰だというのだ。ううむ、今日はやけに甘えてくるな」

 抱き着いてくる107を適度にあやし、シゴロウはほどほどの所で立ち上がった。そして改めて辺りを見回し、次の行動をどうするか考えた。


(……やはり当面の目的は、この施設から脱出することか。地下十階層から地上に出るのは容易ではないが、やらなければ俺たちに先はない)

 どれだけ眠っていたのか分からないが、さほど時間は経っていないと思われる。待てば状況は悪化していくばかりで、ここからは素早い決断が必要だった。


「――――行くぞ、107」

「がうっ!」

 二人は死に包まれた通路を進み、先の見えない混迷の未来へと向かっていった。


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