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第五話『安堵の静寂を破る弾丸』

 シゴロウの発言と自爆的な行為により、余裕の態度だった主任は焦り出した。

 試験管のゾンビ因子が本当に空気感染する代物だった場合、この場にいる者たちは一瞬で人質に変わったことと同義だからだ。


「おっ落ち着くんだ、四五郎君。そんなことをして何になる、たかがゾンビ一体のために、この場にいる十数人を巻き込むつもりか?」

「たかがゾンビ一体……だと?」

「ひっ」


 目に見えて焦る主任を一瞥し、シゴロウは改めて全体を見回した。すると主任の視線がやけにスーツ姿の一団に向いていることに気づき、一つの事実に思い当たった。

「そうか、そこの奴らは研究所の出資者か何かだな。珍しいデンジャーの凍結処分が見れるからと、今日ここに呼び出したといったところか」

「!? そっ、それは違う!」

 否定はするが、主任の焦りは正解を言っているのと同じだ。


 最も価値ある人質を手に入れたシゴロウだが、正直ここからどうしたものかと考えていた。そもそもが衝動的な行動の結果で、次のプランなど存在しなかったのだ。

(……俺の命などどうでもいいが、絶対に107の生存を認めさせなければならん。最低限の目標は、やはり禁域に107を戻させることか)

 手に構えた試験管が『偽物』とバレる前に、やれることすべてを実行する必要があった。


 空気感染の性質を持ったゾンビ因子が入っていると宣言した試験管だが、中身はここに来る前に採血キットで採取したシゴロウ自身の血だ。

 ゾンビ研究所は常に厳重な管理がされており、禁域からの体液類持ち出しなどシゴロウとて不可能だ。無論その事実に思い当たる者もいるだろうが、もしもの可能性を考えれば容易に動くことはできない。


「こっちの要求は二つ。一つは107を禁域に戻すこと、もう一つは107の知性を改めて記録し、不変の価値を全関係者に理解していただくことだ」

「……君はこれからどうする気だ」

「俺についてはどうでもいい。煮ようが焼こうがゾンビにしようが好きにするといい。目的は凍結処分をやめさせること、それだけです」

 

 こんなどうしようもない世界で、これ以上身を削って働くなど無駄だ。終わりの間際に107という価値ある存在を残す、それを自分の存在意義にしようとシゴロウは決めた。

 シゴロウ独りと場の全員が睨み合い、ジリジリとした緊張の静寂が流れた。そして主任は根負けしたようにため息をつき、近くにいた部下へと指示を出した。


「……107を運ぶ準備をしろ。起こさぬよう慎重にな」

「主任、いいのですか?」

「この場にいる者たち全員を巻き込むことはできん。とりあえず要求を受け入れ、要人の安全だけでも確保するんだ」


 主任の言葉で数人の研究員が動き出し、107の拘束を一部解除した。あくまで装置から離されただけで、全身には金属性の拘束具が厳重に着けられている。

(……とりあえず、第一歩だな)

 ここから107を禁域に戻せば、シゴロウの役目はほぼ終わりだ。


 主任が余計なことをしなけば、命を捨ててまでこんな遠回りなことをする必要もなかった。本当に無駄な時間だとため息をつき、落ち着いた頭で辺りを見回した。

(今更だが……、夜子はこの場にいないのだな)

 107の窮地を救ってくれた友人に内心で感謝し、共犯となって捕まらぬことを祈った。


 そうこうしている内に107は搬送用の簡易ベッドに移され、禁域までの移動準備が整った。シゴロウは試験管をチラつかせて107に近寄り、無事に眠っている姿を見て心の底から安堵した。

「あぁ……良かった」

 もう少しで戻れるぞと心の中で言い聞かせ、搬送する職員と歩き出そうとした。……その時のことだ。


 ――パンと乾いた銃声が鳴った。


 続けて起こったのは、シゴロウの腹部に起きた焼けるような痛みだ。真っ白な意識のままシゴロウは床へと膝をつき、ズキズキと痛む腹を手で押さえた。

「これ……は」

 手には大量の血がまとわりつき、止まることなく溢れ続けている。


 とっさに試験管を手から離してしまい、それは割れることなく床を転がっていった。

 シゴロウが顔を上げた先で誰かが試験管に近寄り、周りの者たちは安堵を浮かべた。だがその人物は手を伸ばすことなく、振り上げた足でガラスを踏み砕いた。

 シゴロウへ銃を撃ってきたのは、たった今試験管を破壊したスーツ姿の男性だった。誰もが焦る中、そいつだけがサングラス越しに辺りの反応を面白そうに眺めていた。


「はっ早く出ろ! ゾンビになっちまうだろうが!」

「痛い、押さないでよ!」

「おっおい、扉が開かねぇぞ! どうなってんだ!?」

 パニックになった者たちの声が聞こえるが、シゴロウにとってはどうでも良かった。朦朧とする意識の中で力を振り絞り、簡易ベッドに眠る107へと近寄った。


 血濡れの手で頬に触れると、107は薄っすら目を覚ました。そしてシゴロウが傍にいることに気づくと、ニコッとした笑顔を見せてくれた。

「107……、助けてやれなくて、ごめんな……」

 息も絶え絶えで喋ると、107は心配そうな顔でシゴロウを見た。すぐに107は近寄ろうとするが、拘束具のせいで身をよじることしかできない。


「……シゴロ? シゴロ!?」

「俺は……、お前と……いっしょ…………に」

 目の前の107がぼんやりとしか見えなくなり、シゴロウはか細い息を吐きながらベッドに倒れ込んだ。

 107は自分の身体に寄り掛かったシゴロウを呆然と見つめ、悲鳴にも似た凄まじい声量の咆哮を響かせた。


「――――――!!!」

 そこから起こった光景に、誰もが驚愕し動きを止めた。


 激高する107は力任せに金属製の拘束具を破壊し、猛獣がごとき殺意で研究員たちを睨んだ。すぐにスタッフがサブマシンガンを発砲するが、107は生物としてあり得ない敏捷性で跳び回り弾丸を避け続けた。


「ヒィ!? たっ助け――――」

 救いを乞う暇もなく、スタッフ一人の頭が弾け飛ぶ。『デンジャー』と呼ばれたゾンビ少女はシゴロウという枷を失い、怒りを持って野ウサギの檻へと解き放たれた。


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