第八話『シゴロウと107』
シゴロウは野乃に連絡を入れ、107と二人だけで話をすることに決めた。
どこか落ち着ける場所をと考えていると、107は廃墟となった学校を指差した。百年分の劣化により倒壊の危険があったが、シゴロウは107の希望ならと何も言わず学校を目指した。
玄関口から中に入ると、最初に目に入ってきたのは朽ち果てた下駄箱の残骸だ。辺りにはかつて靴だった物が転がっていて、大きさ的に小学生ぐらいが履くものだと分かった。
「……小学校だったのか、ここも当時は賑わっていたのだろうな」
備え付けの掲示板には何かを貼りつけていた形跡があったが、紙などはさすがに跡形も残っていない。何か目ぼしいものがないか見て歩いていると、ふいに足元からバリッとガラスを踏み潰した音が聞こえてきた。
「そのまま歩くと怪我をするな。107、俺に掴まれ」
「…………え、でも」
「誰も見てないし、今更恥ずかしがるものでもないだろう? あぁもちろん。どうしても嫌だと言うのなら無理強いはしないが」
そう言って返答を待っていると、107はためらいつつも両手を差し出してくれた。その反応が嬉しくシゴロウはふっと微笑み、小さな身体を抱き上げ片腕で腰を支えるようにしてあげた。
二人で身を寄せ合って廊下を歩いていると、107がポツリと質問してきた。
「……シゴロ、がっこう、なに?」
「ん? 学校……小学校のことか。まぁ簡単に言うと107のような年齢の者が通う場所で、友達と一緒に勉強して遊ぶ場所だな」
シゴロウは東京出身なので、学校がどういう場所なのか知っていた。陰気な学生だったので輝かしい青春などは無かったが、子ども心的に楽しかったのを覚えている。
「同級生……というには年齢差があり過ぎるか。俺が教師だった時に、107と出会っていたらどんな毎日を過ごしてただろうな」
「……どうきゅうせい? きょうし? シゴロ、それ、なに?」
「ん? あぁ、簡単に説明するとだな」
107に詳細を教えつつ、シゴロウは自分が教師として生徒に勉学を教える光景を思い浮かべた。
ハイと大きな声で問題に答えようとする少し前の107と、教室の窓際で外を眺めていそうな今の107。そしてもう一人、改造ゾンビ107になる前の少女が三人同じ教室にいた。
「がうっ! シゴロ!」
「……なに、シゴロ?」
「 」
それぞれシゴロウの名を呼び、学生時代という日常を過ごしていく。そんなありえない妄想を語っていると、107はどこか安らぐような眼差しで耳を傾けていた。
話をしつつ廊下を歩いていくと、途中で比較的無事な状態で残っている教室を見つけた。中にはボロボロではあるが机や椅子があり、シゴロウは導かれるように教室へと入った。
ガラスなどの危険物が無いことを確かめ、抱えていた107をそっと降ろしてやった。
何か言いづらいことがあるのか、107は顔を俯かせて黙ってしまう。返事が来るまで待とうと考え、シゴロウは特に理由なく黒板の方まで歩いた。
「……シゴロ、あのね」
消え入りそうな声が聞こえ振り向くと、107は不安そうな顔でシゴロウを見ていた。「どうした?」と優しい声で聞き返すと、107はポツポツとここまで悩んでいた葛藤を話してくれた。
まだ喋るのに慣れていないからか、107の言葉は断片的だった。だから一つ一つの単語の意味をしっかり考え繋げていき、大体の状況を理解した。
そうして分かったことは、107が復帰してから抱えていた悲しい葛藤だった。
(半ゾンビである俺を除き、他の者も捕食対象にしか見えない……か)
ゾンビとして力を増した影響なのか、今の107には友達だった桜花すら以前のように接するのが難しいという。最初は間違いだと思ったそうだが、話をしている内に疑問は確信に変わっていったそうだ。
「だから107は俺たちから離れたのだな」
「うん、そう。だめ、わかってる……けど。がまんできない、こわかった」
「…………そうか。よく我慢できたな、偉いぞ」
近寄ってポンと頭を撫でてやると、107はそっと身体を寄せてきた。いったいどれほどの不安があったのか、思いを吐き出した107は微かに震えていた。
どうにか以前のような関係に戻る方法はないか、考えてみたが難しかった。人を襲うのはゾンビである107にとっては本来当たり前のことで、人が肉や野菜を食べると大差がない食欲衝動だからだ。
「いつ、おそう、わからない。……ころす、やだ」
「……そうか、107は偉いな」
「シゴロ、どうする? どうすればいい?」
助けを求める107に、どんな言葉を告げるべきか。シゴロウは短くも深く葛藤し、一つの答えに思い当たった。
「――だったら、俺と一緒にどこかへ行くか。107?」
「え?」
キョトンとする107をぐっと抱きしめ、頭をまたポンポンと優しく撫でてあげた。
「……元々二人で外の世界に出るつもりだったのだ。ある意味で元の状態に戻るだけだ」
「でも、オーカ、ノノ、は?」
「もちろん、この話は最終手段だ。107がどうしても我慢できなくなった時の話で、それまでは頑張って旅に協力して欲しい。覚えて欲しいのは、そういう逃げ道もあるということだ」
言いながらシゴロウはわずかに身体を離し、107の目をしっかりと見つめた。
「……一つだけ約束して欲しい。この先同じような苦難が待っているだろうが、辛くなる度に俺に相談してくれ。もし何も言わず107が姿を消したら、俺は二度と前に進めなくなってしまう」
「…………うん」
「俺たちは二人で一つ、どちらかが欠けても駄目なんだ。どんな孤独も不安も分け合って前に進み、最期が訪れるまであがき続けるんだ」
絶対にお前を離さないと、シゴロウは107に強く語り掛けた。少しの間を置いて107は「うん」と頷き、覚悟決めた眼差しでシゴロウを見上げた。
「わかった。シゴロ、いるなら、がんばる」
「……そうか、ありがとう。107」
こうして107は、第二研究所を目指す旅に同行することを決めた。どんな辛い葛藤も、苦しい困難の壁も、二人でなら歩いて行けると信じた。
今まで作品を読んで下さり誠にありがとうございます。大変申し訳ないのですが、Living Deadmanは今回で打ち切りとさせていただきます。
予定では第四部まで書くつもりで、すでにプロットも完成していました。ですが毎日連載でも完結までに半年ぐらい掛かるのと、いくら連載しても書籍化の目はないと判断したためここで終わりにします。
衝動で書いた三話だけのやけくそ小説を除けば初のエタりで、作者としても非常に心苦しいです。せめてなろうに投稿した一作目のお気に入りを超えていたらと思いますが、力及ばずで本当に申し訳ない限りです。
作品は今月のみ公開状態にして来月からなろう、アルファ共に全編非公開にします。なろうの仕様的にお気に入り登録すれば非公開にしても見れるそうなので、また見たいと思う方がいればよろしくお願いします。
それでは改めて、連載開始から二か月間本当にありがとうございました。




