第七話『変化』
復帰した107が手に入れた怪力やゾンビを操る能力など、脳裏に渦巻く疑問はいくつもあった。だが今は誰一人仲間が欠けなかったことを喜び、それぞれの健闘を称えあった。
それからシゴロウと桜花はゾンビの気配が無いのを確認し、警戒しつつ化物の落下地点まで移動した。巨体の衝突を受けたのか周辺の建物は倒壊していたが、どこにも姿は見えなかった。
注意深く痕跡を探していると、近くの地面に灰を引きずって移動した跡があった。飛行して逃げたからか途中で途切れていて、止めを刺せなかったことが悔やまれた。
「……まぁいい、弱点は知れた。今度は確実に倒す」
思考を切り替え来た道を戻ろうとすると、路地裏に隠れたゾンビを見つけた。すぐに桜花がサブマシンガンを構えてくれるが、ゾンビはシゴロウたちに唸るだけで近づいてこなかった。
「シゴロウさん、これってやっぱり」
「107が放った命令がまだ有効なのだろうな。だが、研究所にいた時はそんな力は確実に無かったはずだ。……桜花の方で何か思い当たることはないか?」
「……思い当たる。合ってるか分かりませんけど、一つあります」
駄目もとの質問だったが、桜花は気になる情報を教えてくれた。その内容は研究所で起きた怪物との戦闘で、シゴロウが気を失っている間に107も戦い敗北したというものだった。
「その時に107ちゃんは、口の中に何かを流し込まれたんです。他に変なことはありませんでしたし、原因があるとすればそれだけだと思います」
「……ふむ、確かに気になるな。野乃のことだから映像の録画ぐらい撮っているだろう。107の件の判断は、その映像を確認してから考えるとしよう」
「ですね。……ふぅ」
突然のため息に気づき桜花を見てみると、顔色が少し悪くなっていた。ここまでずっと外に出ていたので、灰による汚染を受けて身体が不調となっていると考えた。
半ゾンビ化の影響もありシゴロウは何ともなかった。どうしても危険そうな時はおぶって移動しようと決め、出来るだけ急いで野乃と107の元へと戻った。
建物の隙間を抜けていくと、横転した機動戦闘車が見えてきた。その車体には化物との戦闘時に使った丈夫なケーブルが巻きつけられており、離れた位置にはケーブルを持って待機する107がいた。
近づいていくと野乃は横向きの運転席から顔を出し、「おかえり」とだけ言ってまた中に戻って作業を始めた。
「……野乃。こいつを起こすつもりのようだが、動くのか?」
「たぶんだけどね。一応AIのメンテナンス機能を使って調べたけど、致命的な破損はないみたい。戦力として申し分ないから、使える内は使おうと思ってね」
「ふむ、一理あるか……」
数分ほど待つと一通りの作業が済んだのか、野乃は機動戦闘車の中から出てきた。
「さて、準備完了かな。後は一旦別れた仲間と合流し次第、トレーラーやトラックの力を借りて車体を起こすとしよう」
さすがにこの場にいる者たちとジープの力だけでは、数トンを超える金属の塊は持ち上がらない。誰もがそんな常識を理解し、後続の到着を待つことにした。
しかしそんな中、待機していた107がシゴロウたちに近づき意外な言葉を発した。
「――ひつようない。わたし、やる」
107は平静に告げると同時に全身で力を込め、ケーブルを背負うようにして引っぱり始めた。すると不動と思われた横倒しの機動戦闘車が、ゆっくりとだが確実に持ち上がっていく。
だがさすがに107にとっても重かったようで、車体の傾きは途中で止まった。
一連の光景を見てシゴロウたちは頷き合い、すぐに全員で107に協力した。まずジープにケーブルを巻き付け自動運転にして引かせ、さらにこの場にいるメンバーの総力を使ってケーブルを引っ張る準備をした。
「行きますよ! せーのっ……!」
桜花の掛け声と共にケーブルを引くと、機動戦闘車はさっきより大きく持ち上がった。そして数秒ほど片輪で立ち、さらに力を込めるとズゥンという音を立てて無事起き上がってくれた。
「……何とかいけましたね」
「あぁ、そうだな」
「いやぁ、疲れたね。これは数時間後に全身筋肉痛コースだよ……」
汚染された灰に座り込むわけにもいかず、シゴロウたちはそれぞれ背を貸し合って荒くなった息を整えた。改めて見ると機動戦闘車に大きな傷は無く、内部に問題が無ければこのまま使えそうだった。
だいぶ息が落ち着いたところで辺りを見回すと、近くにいたはずの107の姿が見えなくなっていた。
「……107? どこへ行った?」
いつもならば呼ぶと即座に駆け付けてくれるが、待っても現れることはなかった。
不安になって探していると、シゴロウの肩を野乃が叩いた。その手には携帯端末があり、画面にはポンポンと赤く光る点が映っていた。
「ここに映っているのは107ちゃんの現在位置だよ。眠っている時に追跡装置をつけてたから、追えばすぐに見つけられると思う」
画面の点滅は離れていたが、一箇所から動かずとどまっていた。何も告げず去ったわけではないと安心し、シゴロウは野乃から携帯端末を受け取った。
「野乃……。すまん、色々と助かる」
「きっと身体の変化に一番驚いているのは、他でもない107ちゃん自身だろう。そしてその不安に寄り添ってあげられるのはシゴロウ君だけ、分かるかい?」
「あぁ、肝に銘じておく」
野乃の言葉をシゴロウは胸に刻み、携帯端末の反応を追って走り出した。ゾンビの襲撃に気をつけながら通りをいくつか超えていくと、朝の薄明りの先に大きな建造物が見えてきた。
「これは、学校……か?」
雨風による劣化のせいで全体が黒ずんでいたが、学校だと分かるほどの形は残っていた。
灰を踏み鳴らしながら近づいていき、正門と思わしき場所から敷地に入る。周辺の寂れた景色を見渡して歩いていくと、校庭の真ん中にポツンと立つ107が見えてきた。
「…………シゴロ?」
近づけば消えてしまいそうな儚さがあったが、シゴロウはためらわず駆け寄っていった。すると107は何故か悲しい顔をし、逃げるようにして数歩後ずさってしまう。
もしここで足を止めれば、そのまま手の届かない場所まで行ってしまいそうだった。
「――そこにいろ! 107!!」
強く呼びかけると、107はビクリと身体をこわばらせ動きを止めた。シゴロウはすぐ傍までたどり着き、悲しそうな表情を見せる107の腕を掴みそのまま小さな身体を強く抱きしめた。
「まったく、突然いなくなって心配したのだぞ」
「……ごめん、なさい」
「無事だったのならいい。いなくならなくて、本当に良かった」
「うん。シゴロ、あたたかい……ね」
そう言って顔をうずめる107の姿は、研究所にいた頃と何も変わっていなかった。




