第四話『最大火力』
夜明け前の空に浮かび、化物のディザスターは車両団を見下ろしていた。
全長は三メートルを超え、背からは白い蛾の羽と鳥の翼が生えている。肉体の中心には妖艶さを感じさせる女性の裸体があり、虫のように六本の細腕がうごめいていた。
「――桜花ちゃん! 今すぐ中に戻って!!」
野乃は叫ぶように指示し、機動戦闘車のアクセルを強く踏み込んだ。車輪は急速に回転を始め、弾けるようにして道路に積もった灰を吹き飛ばし走り出す。
化物は車両団から突出する機動戦闘車を狙い、急降下して距離を詰めてくる。野乃は予測通り自分たちが追われているのを確認し、携帯端末を使って後続の車両団に指示を送った。
「桜花ちゃん、相手との距離は!?」
「あっえっと、およそ五十メートルです! どんどん接近されてます!」
桜花の声を聞きつつ視線を前に戻すと、野乃は機動戦闘車に近づいてくるゾンビたちに気づいた。
横転の危険を想定しハンドルは切らず、さらに加速して邪魔なゾンビを轢き飛ばす。衝突の瞬間車内には凄まじい衝撃が走り、野乃と桜花は一瞬悲鳴を上げて身体を衝撃に揺らした。
「――っ、思ったよりキツイ。出来る限りぶつからないようにしないとね!」
言いながら道路を進んで行くと、道の先に何体もゾンビがうろついているのが見えた。とっさにブレーキをして速度を落とし、当初予定していたルートとは違う道に逸れて移動した。
徐々に辺りの景色には廃墟となった建物が増えていき、それに合わせて瓦礫や廃車などが道をふさいでくる。
野乃の腕とAIによる補正によって機動戦闘車は隙間縫うように走り続けるが、化物のディザスターは真上近くまで迫ってきていた。
「野乃さん! 射撃許可をお願いします!」
「あぁ、許可する! 死んではすべて終わり、ありったけをお見舞いしてやれ!!」
「――はい!」
桜花はAIに火器系統の準備を指示し、レバーと共に砲塔を上に向けた。そして照準器に化物を捉え、スイッチを操作して備え付けられていた対空ミサイルポッドのセーフティを外した。
「……無理に撃つ必要はない。狙うのは、相手が接近してから……!」
ピ、ピ、ピという間隔を開けた電子音が鳴り、化物が近づくほどに音は連続していく。そしてロックオンが完了した瞬間、ピピピと激しく鳴って発射タイミングを知らせてきた。
桜花はトリガーとなるスイッチに指を当て、装弾数六発の対空ミサイルを一斉発射した。
ミサイルは白煙を巻き上げて飛んで光の尾を引き、上空にいる化物へと向かっていく。回避する間もなく一発二発と着弾していき、空には爆発による煙と破裂音が派手に巻き起こった。
「――たっ、たぶん全弾命中!」
桜花が状況報告する間にも、野乃は機動戦闘車の動きを止めなかった。これで終わりだとは一切考えず、今の攻撃で得た時間で必死に距離を取っていく。
桜花は照準器を見つめ、煙の先にいる化物を探した。すると二人の思いに応えるかのように、化物は翼を大きく広げて姿を現した。
『コワイノ……? コワイコワイコワイコワイコワイ??』
化物は言葉を発しつつ、これまで以上の速度で機動戦闘車に近づいてきた。
「――野乃さん! 来ます!」
叫んで伝えつつ桜花は砲座を操作し、機動戦闘車の主砲を化物に向けた。即座にAIが弾道の落下や風速の計算をし、ロックオン対象を狙いやすいよう調整してくれる。
三・二・一と頭の中でタイミングを計り、桜花は構えたトリガーを引いた。そしてドンという衝撃と共に砲塔が火を吹き、赤熱した弾が空を切って化物に向かっていく。
だいぶ距離が近づいていたということもあり、砲弾は狙い通り化物に命中した。……はずだった。
「――え!?」
着弾するはずの弾は、化物の身体を貫くことなく滑って通過していく。同時に舞い散るのは多量の鱗粉で、攻撃を無効化した化物は楽し気に笑い声を上げた。
『コワイコワイ? コワイヨネ? コワイヨネェ?』
化物の声を無視して弾を発射していくが、鱗粉はすべての攻撃を無力化し続けた。悪あがきとして放った機銃も効かず、化物は無傷の状態で細長い腕を機動戦闘車に近づけてきた。
「――駄目です! あの化物に、この乗り物の武器は効きません!」
「あぁ、だろうね。まったく、第二研究所を目指してみろとか言っておいて、いきなり大ボスを投入してくるとは悪趣味なことだ!」
速度を上げて逃げようとするが、狭い道が続き完全に追いつかれてしまう。化物は六本の細腕で機動戦闘車に取りつき、どれだけハンドル切っても振り落とされないようしがみついてきた。
『コワイコワイ? コワイヨネ? コワイヨネェ?』
ハッチ越しに化物は叫び続け、数トンある車体を揺らしてきた。そして自らの体重と翼の力を使い、車体を傾けて強引に道脇へと転がし倒した。
「――――――っ!!?」
恐怖で漏れ出た二人の悲鳴は、機動戦闘車の横転の衝撃で消える。
シートベルトを着用していたのと長い時間を掛けて堆積した灰のおかげもあり、桜花と野乃は酷い怪我をすることなく一瞬失っていた意識を取り戻した。
「……桜花ちゃん、生きてるかい?」
「はい、何とか……」
互いの無事に安堵するが、落ち着く暇もなく車内が揺れた。化物はおもちゃで遊ぶかのように車体に触れていき、ついには砲塔部にあるハッチに手を掛けた。
わずか数秒で金属がへこみ始め、シールでも剥がすかのようにハッチは破壊された。
さらに化物はぬっと美しい女性の顔を近づけ、機動戦闘車の中にいる桜花を見つめた。『コワイ?』と問いかけるように呟き、腐った細く長い腕をゆっくりと近づけてくる。
「ひっ、こっ来ないで!」
桜花は横転した車内を後ずさり、目線を化物に向けた状態でサブマシンガンを手探りした。化物は悲鳴を漏らす桜花を嬉しそうに見つめ、氷のように冷たい手を震える頬へと当ててきた。
怯える反応を楽しんでいるのか、桜花はすぐに殺されなかった。
桜花は微かな好機をつかむためサブマシンガンを手に取り、返り血を浴びる覚悟で全弾を撃とうと引き金に添えた指に力を込めた。
(――シゴロウさん、私に力を貸して……!)
幾度となく窮地を救ってくれた存在を脳裏に浮かべ、勇気を込めて発砲しようとした瞬間のことだった。
桜花が撃つよりわずかに早く、辺りにはパパパパという乾いた銃声が連続して響き渡った。
化物は水を差されて苛立ち、桜花から手を放して音の方に身体を向ける。窮地を脱してバクバクと暴れる心音を抑え、桜花は荒くなった呼吸を落ち着けた。
ノイズまみれの照準器のモニターに映っていたのは、車両団から来たと思われるジープだった。前面のライトからは眩いハイビーム光が発せられ、その前には白衣をなびかせて立つ一人の研究員がいた。
「シゴロウ……さん」
桜花は涙混じりに画面へと手を伸ばす。今のシゴロウの姿は、子どもの頃に見たヒーローそのものだった。




