第三話『空に浮かぶ白き死の影』
見失った怪物のディザスターを探していると、車両団の方から野乃が走ってくるのが見えた。その表情は普段の落ち着いたものではなく、迫る脅威を警戒して焦っていた。
「桜花ちゃん、ハッチを閉じて席に戻ってくれ。残念だけど休憩は終わり、今から急いでここを離れるよ」
「はっはい! 分かりました!」
「いつでも戦闘態勢に入れるようにしておこう。あくまで勘だけど、一戦ぐらいは交わす気がするからね」
桜花がハッチを閉じて砲手席に座ると、野乃も操縦席に移動してきた。そして急いでエンジンを動かし、これまでと同じように車両団の先導役として運転を始めた。
砲手席の四方についた小窓からは、遠ざかっていく東京の町が見えた。
(……今私たちが行くべき場所は、あそこじゃない)
本心では助けに向かうよう提案したかったが、桜花は何も言わず黙って小窓から顔を離した。シゴロウと107がいるならまだしも、自分たちだけでは到底太刀打ちできないと理解していた。
(………でも、いつかは必ず)
今まさに苦しみ死んでいく者たちに謝罪し、桜花は迷いを断ち切って目線を前へと向けた。シゴロウたちと同行すると決めた以上、他者の死に対する覚悟はすでに済ませていた。
そうして十五分ほど走行し、立ち昇る黒煙も見えなくなった。
辺りの景色は相変わらず閑散としたもので、すれ違う車両はどれも道脇にどけられた廃車ばかりだ。それでも道路として管理はされているようで、車両団は停止することなく進むことができていた。
「んー……、あれ。ここがあれで、そこが……そうで……」
「桜花ちゃん、さっきから唸ってるけど何か心配事でもあるのかい?」
「あっ、野乃さん。貰った地図で現在地を見ようとしたんですけど、道と地名を見てもどこにいるのかよく分からなくて」
桜花の言葉に野乃はふむと頷き、片手で携帯端末を操作し始めた。すると少し遅れて桜花に支給されていた端末が起動し、画面に現在地を示す地図の詳細情報が表示された。
「他の者にはすでに渡してたから忘れてたよ。もし何らかの理由で現在地が分からなくなったら、それに頼って行動すればいい」
「わぁ、便利ですね。ありがとうございます」
「お安いごようだね。それでだけど、私たちはもう少しで東京を出るところだよ」
携帯端末に表示されたルートは、海側を経由して第二研究所を目指すというものだった。
「……東京の区域を出たら、どこまで道が使えるかも分からない。迷い迷ったあげく、相当迂回することになるかもね」
「その場合、燃料と食料は持つんですか?」
「んー、食料は問題ないんだけど、燃料は大丈夫とは言い難いかな。特に今乗っている機動戦闘車は燃費も悪いし、場合によっては乗り捨てることになるかも」
野乃は少しずつだが確実に減っている燃料メーターを眺め、ふぅと深くため息をついた。
「予定通りいってくれとは思うけど、こればかりは運頼みになるねぇ」
「……やっぱり厳しいですね」
「本当にどうしようもなくなった場合は、軍に救助要請を出すしかない。ただその場合はシゴロウ君と107が問題になるし、最悪の場合は……あまり考えたくないね」
黒幕である夜子が見せた『洗脳』が本当だった場合、軍の上層部がすでに取り込まれている可能性がある。あの場に並んでいた者たちの中には、そのような立場にいる人物が数人いた。
捕まって事情聴取されるだけなら幾分マシで、その場で射殺でもされたら目も当てられない。
出会うものすべてが敵という可能性があり、頼れるのは今行動している者たちだけ。同じ人間である軍の者たちからは逃げ続け、襲ってくるゾンビの脅威とも立ち向かわなくてはならない。
今回の第二研究所を目指す旅は、あまりにも孤独で過酷なものだった。
(……そもそも第二研究所に向かわせたこと自体が罠かもしれない。ただその場合は、私たちに二時間という猶予を与えてまで生かした意味が分からなくなる)
夜子が何を始め何を見せようとしているのか、旅にはそれを見極める目的もあった。
「…………桜花ちゃんは、帰りたくならないのかい?」
ふと漏れた問いかけに、桜花はしっかりとした眼差しで答えた。
「ならないと言ったら嘘になりますけど、ちゃんと決めましたから」
「そうか、桜花ちゃんは強いね。私は元々動かない方だったから、もう運転に疲れて大変だよ。前みたいに植物やロボットたちに触れて、机に座って研究に没頭したいものさ」
「……ですね。そんな日が戻ってくるといいです」
野乃は目線を交わしてやれやれと笑い、緩んだ意識を引き締めて運転に戻った。桜花も照準器による索敵に戻り、辺りに異常がないか注意して調べていった。
ポツポツと世間話を交え三十分ほど走っていると、桜花は道の先で起きている異変に気付いた。声を掛けると野乃はすぐに機動戦闘車を停止させ、離れた距離から異変の正体を探った。
「桜花ちゃん。こっちからはよく分からないけど、何か見えるのかい?」
「…………たぶんですけど、道の先にゾンビが何体かいます。ちょっとだけ待っててください。今熱感知用のセンサーを使って調べてみますので」
桜花は覚えた操作通り画面に触れ、遠くの道路を横切る人影にセンサーの光を当てた。すると表示された温度があまりにも低く、フラフラとした歩き方も相まってゾンビと断定できた。
「やっぱりゾンビです。数は見える範囲で五体います」
「……こんな場所にゾンビ? それは妙な話じゃないかい?」
車両団のいる場所は、出発点となる研究所からも第二研究所からも離れている。野乃が知る範囲では外の実験などなく、仮にあったとしてもゾンビを放置するなどあり得ない行為だった。
(夜子がやったのか? だとしても何故こんな場所で……?)
意図も意味も不明。それでも理由を探そうとした時、野乃は一つの回答にたどり着いた。どう考えても予測できぬ事態ならば、それは知性ある者の行動ではないというものだ。
ディザスターが行動を開始し車両団がこの場に到着するまでに、付近の住民をゾンビに変えられるモノなど一体しかいない。思い当たってすぐ、野乃は桜花に上空を見てみるように告げた。
桜花は指示通り機動戦闘車のハッチを上げ、灰色の雲に覆われた空を見た。そしてそこに浮かぶ存在に気づき、一瞬絶句して固まった。
「野乃さん……あれ」
「あぁ、嫌な予感は当たってしまったようだね」
車両団を高い位置から見下ろすのは、飛行能力を持った化物のディザスターだった。そして化物は鳥の翼を大きく羽ばたかせ、機動戦闘車から顔を見せた桜花に狙いを定めて落ちてきた。




