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第二話『燃える町』

 マニュアル片手に野乃の指導を受け、桜花は一通り機動戦闘車の兵装の使い方を学んだ。弾頭の装填などの準備はAIが済ませるので、桜花がやることは状況に応じてトリガーやスイッチを押すことだけだ。

(思ったよりも簡単……かな? 何だかゲームみたい)


 緊急時に焦らないよう注意すれば、桜花にでも最低限の仕事はこなせそうだった。

 念のため試射をすることなったが、弾の補給のあてが無いので一発だけとなった。狙いは少し離れた位置にあるボロ看板で、桜花は緊張のまま照準器に対象を捉えてトリガーに指を添えた。


「…………野乃さん、撃ちます」

「うむ、いきたまえ」

 野乃は双眼鏡片手に桜花の隣に立ち、ハッチを開けて弾着観測を行っていた。


 思い切ってトリガーを引くと、ドンと強い衝撃が鳴って砲弾が発射された。AIの補正もあって弾は狙い通り進み、着弾と共に看板を一撃で木っ端みじんにした。

 砲撃によって発生した衝撃音がキーンと耳に響き、桜花は目を瞬かせて放心する。


「……あっ、当たりました」

「お見事。桜花ちゃん、よく頑張ったね」

 野乃は褒めつつハッチを閉じて中に入り、強ばったままの桜花の肩をポンと叩いた。そして砲座の隙間を通って移動し、定位置である操縦席へと戻っていった。


(今の感覚を、忘れないようにしないと……)

 手をトリガーに触れるようにし、桜花は射撃の瞬間を何度も思い返した。これまで相対してきた改造ゾンビたちを仮想敵にして戦闘をイメージしていると、野乃が世間話でもするように話しかけてきた。


「そういえば聞いてなかったけど、桜花ちゃんは東京でどの等級だったのかな?」

「え?」

「東京での等級だよ。ほら、私みたいに他所から来た田舎者としては、やっぱり気になるところだからね」


 野乃は操縦席の背もたれに体重をかけ、首だけ後ろに向けていた。

 桜花は一瞬言葉に言い詰まるが、思い出したように手を打ってすぐ返事をした。


「えっと、下から二番目です。そこまで上がることができれば、ゲームとかアニメとか見る自由が許されるので」

「へぇ、素晴らしいね。私の家は元貧民街上がりの最低等級だから、ひたすら畑仕事ばっかりだったよ。せっかく東京に入れたのに、創作物に触れられないって酷い話だと思わないかい?」

「……そうですね、それは私もそう思います」

「ロボットについても、もっと色々語り合えたのにねぇ」


 そんな風に東京の話をして時間を潰していると、急に野乃の携帯端末が音を発した。

「――野乃だよ、何かあったのかい?」


 通話の相手は車両団にいる他の研究員のようだった。

 内容は距離もあったので聞こえなかったが、話が進むごとに野乃の表情が険しくなり、相槌も重いものへと変わっていった。


「野乃さん、もしかして問題発生ですか?」

 シゴロウと107に関することかと思い、桜花は不安な気持ちで問いかけた。すると野乃は弾着観測に使っていた双眼鏡を手渡し、操縦席にかけていたコートを被り始めた。


「……そこからもう一度、東京の方を見てみるといい。言葉で説明するよりそっちの方が早いからね」

「え? あっ、はい」

「それと私は少しだけ外に出るけど、桜花ちゃんは車両の中にいて欲しい。もし何か異常を見つけたら、さっき教えた拡声器のスイッチを使って周りに呼びかけてくれ」


 テキパキと指示を送り、野乃は外に出る準備を済ませた。

「活動開始か……、予想通りで嫌になるね。まったく」

 

 そんな呟きを残し、野乃は運転席側のハッチを押し上げ外へと出ていった。桜花はそれを見送ってすぐ、同じようにハッチを上げて外へ身を乗り出した。


 早速双眼鏡を使おうとしたところで、桜花は東京方面に起きている異変に気付いた。それは立ち昇る複数の黒煙で、目視できる位置にある町が炎で赤く染まっていた。


 「――うそ、何で」

 驚きのまま双眼鏡を覗くと、炎が貧民街の辺りから出ていると分かった。暗い時間帯もあって人の動きはよく見えなかったが、相当な混乱が起きていると想像するのは難しくなかった。


 倍率を上げて注意深く町を観察していくと、桜花は空に浮かぶ白い何かを見つけた。それは複数の翼を羽ばたかせ、炎に包まれる町を遊覧するかのように飛び回っていた。

 その正体は夜子が生み出した改造ゾンビ、脅威度ディザスターの『化物』だった。


 化物は蛾の羽から鱗粉を舞い散らせ、鳥の翼による風で広範囲に吹き飛ばす。

 鱗粉を吸い込んだ者はゾンビになり、近くの生者を襲って仲間を増やしていく。その脅威を直接見せられた桜花は、貧民街で起きている最悪の事態を予想することができた。


「……あれは」

 続けて起きたのは灰ビルの倒壊で、瓦礫から微かに見えたのは爬虫類の特徴を持った『怪獣』のディザスターだ。


 人体ならば一撃で瀕死になるサイズの瓦礫の落下を受けても、怪獣は一切動じずに巨体を歩み続ける。そして積み木でも崩すように建物を破壊し、逃げ惑う人々を追い詰めていった。


 ディザスター二体により、貧民街は地獄絵図となり果てていく。どこかにいるであろう最後の一体を探していると、電波塔らしき建造物から町を見下ろしている『怪物』を見つけた。


 怪物は背から生やした巨大なタコの足を鉄骨に巻き付け、何もせず町に広がる炎を眺めている。首元当たりから伸びた無数の触手には、人間と思わしきシルエットがいくつも巻き付けられていた。


 怪物は触手で拘束した人間を口元に運び、暴れる肉体を噛みちぎっていく。距離的に声は聞こえなかったが、どれほどの絶叫が響いているのか想像して胸が痛くなった。


 残酷な光景から目線を外そうとした瞬間、怪物はいきなりぐるっと首を後ろに向けてきた。そして遠く離れた距離にいる桜花目掛け、赤黒い腕を持ち上げて人差し指を向けてきた。


「――っ!?」

 ゾッとした怖気が走り、桜花は慌てて双眼鏡から目を放す。見つかるような距離ではないはずなのに、確実に捉えられたという感覚があり背筋が凍った。


(偶然……だよね?)

 恐れつつも再び双眼鏡を覗くと、電波塔周辺に怪物の姿は無かった。


 ――この日この時、研究所内だけで起きていたゾンビパンデミックは、明確な悪意を持って外の世界へと解き放たれた。


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