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第四十三話『外の世界』

 ……聞き覚えのある声でシゴロウは目を覚ました。すぐ見える景色は戦闘で荒れた五階層のもので、焦げた匂いがあたりには充満していた。

 視線を横に移すとそこには野乃がいて、床に付いた粘性の液体を調べていた。


「おや、目を覚ましたのか。もう少ししたら叩き起こすつもりだったから、残念だね」

「……俺はどうなった?」

「生きているよ、一応ね」


 喋りながら野乃は近づき、腰を折ってシゴロウに手を差し伸べた。掴み取ろうとすると全身に激痛が走り、起こした上半身を倒してまた床に寝そべってしまう。

 記憶が混濁していて、何故こんなに身体が痛むのかも分からない。重装騎士との戦闘の記憶をたどっていると、最後に現れた『怪物』の姿が脳裏に浮かんだ。


「――野乃! あの怪物はどこに行った!?」

「うぉう、びっくりしたね。そんなに急いで起き上がって、身体の方は大丈夫かい?」

「問題な……ぐぅ……」

 また倒れそうになるが、今度は気合で耐える。表情を歪ませるシゴロウを野乃はやれやれと見つめた。


「もうここにはいないよ。そして、今は私たちを襲ってくることもない」

「…………何を言っている?」

「詳しい話は外に出てからにしよう。部下に頼んでいた物資の搬入も終わったようだし、こんな場所からはさっさと去った方がいい」

 そう言って野乃が差し伸べた手を取り、シゴロウは今度こそ立ち上がった。


 再び辺りを見渡すが、いつも傍にいてくれる107の姿が見えなかった。桜花の護衛をしているのかと野乃に聞いてみると、「そんなところだよ」と言葉が返ってきた。

「お前にしては煮え切らない反応だな……」

「そうかい? まぁどのみちここにはいないから、会いたいのならさっさと上に行った方がいい」


 嫌な予感がしつつも、シゴロウは階段を目指そうとした。すると野乃は通路をまっすぐ進み、一階層から九階層まで直通のエレベーターの前へと歩いていった。

「……エレベーター、もしかして使えるのか?」

「うん、相手からのご厚意があってね。故障したパワードスーツも回収済みだから、後は外まで行くだけだよ」


 相手とは何だと聞き返しても、野乃は黙ったままだった。

 そうして会話ないままエレベーターに乗り、五階層から地上階まで一気に昇っていった。開いた扉の先には無数の死体が転がり、すぐ目の前には一体のゾンビが現れた。


「――っ!? 野乃、下がれ!」

 シゴロウは野乃を守ろうと立ちふさがるが、一向にゾンビは襲い掛かってこなかった。

 よく見るとエレベーター前には他にもゾンビがいたが、同じように襲い掛かることなくフラフラと辺りを徘徊していた。


「何だ……こいつらは?」

 奇妙さを感じつつエレベーターの外に出ると、天井から小さく唸り声が聞こえた。

 顔を上げるとそこには蜘蛛男と同種の改造ゾンビが天井を這いまわっており、じっとシゴロウたちを見つつも攻撃はせずこの場を去っていった。


 奇妙な思いのまま受付まで進んでいくと、そこには『アラート』に分類されたゾンビたちがズラリと並んでいた。その光景はまるで城を守る兵士のようで、シゴロウたちを見送るために呼び出されたようだった。


 飛び掛かって来ないものの、ゾンビたちが向ける眼差しには殺意が宿っている。

 もしこの場で攻撃でも仕掛けたら、シゴロウと野乃は瞬く間に八つ裂きになってしまう。それが直感で分かるほど、場の空気は静かで冷たかった。


「……行くよ、シゴロウ君」

「あっあぁ、そうだな」

 五体満足で受付を通り、シゴロウと野乃はガラス張りの自動ドアまでたどり着いた。先に見えるのはおよそ数年ぶりとなる外の景色で、懐かしさから思わず感嘆の息が漏れた。


 外と内の扉がゆっくり開き、冷えた空気が流れ込んでくる。風除室を超えて外に出ようとしたところで、背後から聞き覚えのある声が耳に届いた。

「――また会う日を楽しみにしてます、シゴロウさん」


 その声が誰だったのか、シゴロウはすぐに気づいた。そして今の状況とこれまでの疑問から、声の主がどういう立場にいるのか直感で理解した。

「……お前は、俺たちの敵なのか?」


 あえて振り返らず、シゴロウは胸中に渦巻く様々な思いを込めて呟いた。

「いえ、シゴロウさんの敵ではありません。だって私たちは、同じ選ばれし者です」

「俺の敵ではない……か、それが聞ければ十分だ」

「……あら、フラれちゃいましたか。残念」


 そんな返答と共に、背後にあった気配は消えていった。シゴロウも前を向いたまま歩き出し、二重になっている自動ドアの最後の一枚を通り抜けた。

「――また会う日か、楽しみに待っているがいい」

 誰に聞かせるでもなく、シゴロウは奥歯を噛みしめて呟いた。



 ……研究所の外に出ると、辺りの景色は灰色に埋めつくされていた。

 一見すると雪のようだが、足で踏む感触はぼふっと乾いていて全然違う。近くに火山があるわけでもなく、大規模な噴火によって体積したものでもない。

 この灰に覆われた景色は、世界中で見れる不変の日常だった。


『……外の匂いは駄目だな。機械で滅菌されたモノの方が俺の性に合っている』

 シゴロウだけでなく、他の者も同じ感想を抱くであろう。何故なら外に降り積もる灰には、生物全般に影響を及ぼす有害物質が含まれているからだ。


『――医療も寿命も、欠かせないものばかりですもんね』

 灰によって地上の生物は毒され、未だ生き残りつつも著しく寿命が低下している。最先端の医療でも治すことができない奇病が次々と現れ、死者は増加の一途をたどるばかりだ。


『――107は極めて稀な知性を持つ『デンジャー』です。その素材価値は他のモノの比ではなく、時間を賭けてでも調べる価値があるはずです』

 何故命を張ってまで107を救おうとしたのか、それはゾンビ因子の解明によって世界が救われる可能性のためだ。ゾンビと化した生物には、灰の汚染を無効化する性質があったからだ。


『半ゾンビ化……か、にわかには信じられんな。それはここにいる研究者が何十年にも渡って渇望し、結局掴み取ることが叶わなかった願いなのだぞ』

 これまでの医療や薬学では、人類は生き残ることができない。半ゾンビ化という希望を目指し、研究者たちは灰を克服するため日夜身を削って働いてきた。


『……東京で暮らすという幸せを捨てるだけの価値があるとは思えんがな』

 日本でたった二つ、灰の除染を成功させた都市がある。東京はその一つで、そこで暮らす者は相当な富豪であり権力者であり幸せ者だ。そこには誰もが失った日常があり、手放すのは愚かな行為だった。


 何があって世界がそうなったのか、すべての原因は遥か昔に起きた核戦争が原因だ。2022年に起きた『第三次世界大戦』からおよそ百年、地上は汚染された灰に覆われるようになった。

 きっかけはとあるウイルスの脅威で、人類はパンデミックに打ち勝つことができなかった。責任のなすりつけや大量死による軋轢が重なり、たった一つのスイッチで数十年続いていた平穏は地獄になり果てた。


「……久しぶりの景色だ」

 ポツリとした声と共に息は白く漏れた。灰を降らす雲は常に空を覆い、地上の気温を下げてしまう。まだ秋の終わりだというのに、冬のような寒さが辺りには流れていた。

 

「シゴロウ君、そんな空を見上げたまま突っ立てたら灰に汚染されるよ? 外用のフードを持ってきたから、今すぐに着た方が良い。ほら」

「…………」

「それとも、何か大丈夫な理由があるのかい?」


 野乃は羽織った厚手のフードを深く被り、中からシゴロウを見上げていた。その探るような眼差しを見て、シゴロウは自分の身に起きている事情がバレたのだと察した。

「野乃、俺は……」


 すべて話そうと口を開くと、野乃はボフッと丸めたコートを顔に押し付けてきた。

「――いいかい、シゴロウ君。私たちは研究者だ、曖昧な憶測だけで結論を出してはいけないよ」

「野乃……、だがいいのか?」

「いいも何もない。どんな状態であれ、シゴロウ君はシゴロウ君だ。違うのかい?」


 普段通りの会話だが、野乃はどこか悲し気だった。とっくの昔に気づいていたのに、改めてシゴロウの身に起きている事実を認識して胸が痛かった。

「さぁ、それを着たら行くよ。積もる話は……また後にしよう」

「……分かった」


 シゴロウは野乃に連れられ、死体が転がる研究所の敷地内を歩いていった。道中では砲撃でえぐれた大地や残骸となって戦車が転がり、何体かのゾンビが横をフラフラと通り過ぎていく。

 向かう先は裏手にある駐車場のようで、そこにはシゴロウを呼んで手を振っている桜花の姿があった。


「――シゴロウさん、無事で良かったです」

「あぁ、桜花も無事で良かった」

 野乃と同じようにコートを着ており、動き的に怪我もしてなさそうだった。背後に見えるのは救助部隊が使っていたと思われる軍用ジープで、他には移動式のラボを乗せるトレーラーがあった。


 何人か作業をしている研究員はいたが、一向に107の姿が見えない。視線を右へ左へと振り向かせていると、桜花が移動式のラボの方を指差してくれた。

「……107ちゃんはあっちのラボの中にいます。ずっとシゴロウさんの名を呼んでいたので、傍にいてあげてください」


 案内されてラボの中に入ると、そこには苦しそうに眠る107がいた。微かに漏れて聞こえるのはシゴロウの名で、幾度となく頼ってきた細い手をシゴロウは強く優しく握り込んだ。

「――――107、俺はここにいるぞ」


 シゴロウが近くにいると分かったのか、107の息は落ち着き表情は微かに和らいだ。シゴロウはそれを見て無意識に涙を流し、肩を震わせてそっと107に寄り添った。

 野乃と桜花は二人の姿を見届けて頷き合い、それぞれの役割を果たすためにラボの外に出た。


 それから十分ほど時が経ち、シゴロウと107が乗ったトレーラーはエンジン音を発し始めた。そしてタイヤを動かし、灰に包まれた夜の道を走り出した。

 窓の方を見てみると、道を分かれて去っていく車両が見えた。どうやら研究員総出で動くのではなく、二つ以上のグループに別れて行動しているようだ。


「…………俺たちは、どこへ向かうのだろうな」

 夜子が野乃たちにした会話を、シゴロウはまだ知らない。次の行き先は核戦争で都市機能を失った名古屋があった場所で、そこには目的地となるゾンビ因子の『第二研究所』があった。

 

「どんな場所でも、俺とお前なら戦える。……だから目を覚ましてくれ、107」

 心からの懇願するが、107は目を閉じたままだ。いつ目覚めてくれるのか、目覚めたとして元のままシゴロウを迎えてくれるか、今は何も分からなかった。


 …………こうしてシゴロウたちは、パンデミックが起きた研究所から脱出を果たした。

 まだ先にある未来は不透明で、道はどこまでも灰に覆いつくされている。進んだ先にあるのは希望か絶望か、答えられる者は誰もいなかった。


 第一部完です。読者の皆様、本当にお疲れさまでした。

 第二部は予定通り『ゾンビ』×『旅』×『終末世界』とします。詳しい世界観は物語の進行と共に明かしていく予定です。ゾンビもちゃんと出ます。

 

 色々と苦戦した部分がありストックが尽きたので、書き溜めと腕の回復のために一週間ほど休みます。色々と仕事も片付けるので、復帰は次の木曜日の予定です。

 存在を忘れて欲しくないので、図々しいのは承知ですが先が気になる方はお気に入り登録をお願いします。


 そしてもし良かったら、ぜひ第一部までの感想や評価をお願いします。「面白くないから二部は見ないよ」、「新しいタイトルダッセェな」というのでも結構です。

 どんな内容でも作品の糧となるので、感想を貰えることが作者としては一番嬉しいです。もしレビューを書いて下さった場合は、以前言った通り一日のみ二話投稿させていただきます。


 それでは改めて、私の作品を読んでくださりありがとうございました。


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