第四十二話『敗北』
新たな改造ゾンビ三体は、夜子によって『ディザスター』と命名された。兵器を持ってしても容易く撃破できぬ姿は、まさしく災害と呼ぶにふさわしかった。
未だシゴロウは必死の抵抗を続けていたが、怪物のディザスター相手ではなす術なかった。攻撃を受けて何度も地を転がり、ついには倒れ伏して動きを止めてしまう。
「――ッ、シゴロ!!?」
107が悲痛な声を上げ、五階層へと急いで駆けていった。闇に消えていく後姿に桜花が声を掛けるが、わずか数秒で107は五階層のカメラの映像に姿を現した。
「がうっ! があぁぁぁぁぁう!!」
気を失ったシゴロウを守ろうと決死の表情で威嚇するが、『怪物』のディザスターは動じなかった。むしろ滑稽とあわみの眼差しを向け、他の二体と同様に同じ言葉を発した。
『オロカ オロカダ オロカモノメ』
怪物の上半身には無数の触手が生えており、背にはタコの足を広げた形状の黒い翼が生えていた。人型の上半身から下は馬の身体で、ケンタウロスのような外見となっている。
107は叫びを上げて格闘戦を仕掛けるが、怪物はタコ足の翼を自身の身体にグルっと巻き付けた。すると翼はマントのような形状となり、粘性と弾力で107の打撃を容易く弾いてしまう。
不利を悟り107は離れようとするが、怪物の動きが一歩早かった。怪物は身体から伸びた触手を107に巻き付けていき、どれだけ暴れても逃げられぬよう動きを封じた。
「がぁう!? がぁあああああ!!」
必死の抵抗をして107は声を上げるが、手足の関節すべてを拘束され身動きが取れない。
さらに大きく開かれた口には、怪物が操る触手が突き込まれた。同時に愛用していたマズルガードは破壊され、細い金属片が床に虚しく落ちた。
「……! ……………っ!?」
目に涙を浮かべ107は壊れたマズルガードに手を伸ばすが、無情にも届くことはなかった。
間髪入れず口を覆う触手は脈動し、のどまで届いた先端から何かを流し込んでいった。107は声にならない悲鳴を上げて暴れるが、次第に身体の力が抜けぐったりと手足の力が抜けていく。
『オロカナ オロカオロカオロカオロカ ……オロカナリ』
怪物は107の腹が膨れ気を失ったところで拘束を解き、小さな身体を床にボトリと落とした。
わずか数分足らずで、これまでデンジャーを圧倒してきたシゴロウと107は倒された。勝利の余韻が絶望に変わる様を、夜子はクスクスと楽しそうに眺めていた。
「え、107ちゃん……? シゴロウさんも……、うそっやだっ!」
シゴロウと107の危機を見て、桜花は急いで助けに行こうとした。だが野乃はその手を強く握り、顔を悲痛に歪めて重く声を吐き出した。
「……桜花ちゃん。気持ちは分かるが、ここにいた方がいい。今二人の元に行ったところで、犠牲者が余計に一人増えるだけだよ」
「でも、シゴロウさんと107ちゃんが!」
「分かっている! だからこそ落ち着こう。夜子ちゃん……いや夜子の言葉が正しいなら、私たちは誰も死なず外に出られるはず。……そうだろう?」
野乃がパソコンに映る夜子に問いかけると、ニコッと肯定が返ってきた。
『もちろん、言ったことは守りましょう。ちょうど外の掃除も終わったようなので』
「見逃してくれて感謝するよ。ところでいくつか聞きたいんだけど、君はどうやってゾンビを操り、ゾンビによって何をするつもりなのかな?」
『うーん、世界の救済とかどうでしょう』
「……馬鹿にしてるのかい」
静かに苛立つ野乃に対し、夜子は口元に人差し指をシィと押し当てた。
『…………詳しいことは秘密です。ただしばらくは住居造りに精を出すつもりなので、大きな活動は控えめにするとだけ教えましょう』
「住居造りか、なるほどね。明らかにおかしい量と種類の武器もそれ関連ってところか。後学のために、どんなつてを回したのか聞いてもいいかな?」
駄目もとの質問だったが、意外にも夜子は「いいでしょう」と言った。そしてカメラがグルっと回ったかと思うと、そこには床に膝をつくスーツ姿の一団がいた。
カメラを向けられても誰一人目線をよこさず、スーツ姿の一団は口をあんぐり開けている。その姿はまるで魂が抜けたようで、生きてるのか死んでいるかすら分からない。
『彼らはこの研究所の出資者や、兵器に関連する会社のお偉いさんたちです。武器の仕入れや必要な材料の調達など、色々とべんぎを図らってもらいました』
「……とても話し合える状況に見えないけど、どうやって彼らの力を?」
『簡単です。脳みそをいじったんですよ。分かりやすい言葉で言うなら……私の力で彼らを『洗脳』したってところでしょうか』
「…………洗脳か、にわかには信じられないな」
野乃が挑発するように言うと、夜子は目を細めてクスクス笑った。そして「知らないんですか?」と嘲笑し、この場にいないシゴロウの名を口にした。
『私と同じように、選ばれし者には贈り物があります。十三番目のデンジャーとしてどんな能力を授かったのか、ここを出てから彼に聞いてみればいいでしょう』
「シゴロウ君がデンジャーだって……?」
『クスッ、人が悪いですね。野乃さんほどの人なら、だいぶ前に気づいていたでしょうに』
夜子の指摘に、野乃は忌々しそうに顔を歪めた。桜花は二人の話の意味が分からず、夢でも見ているかのような気持ちで立ち尽くしていた。
互いに会話が止まり、静寂のまま見つめ合う。すると夜子は何か思い出したようにあっと声を出し、野乃へと一つ提案をしてきた。
『――そうだ。もし私たちのことを深く知りたいのなら、ここを出てから『第二研究所』を目指すといいかと。きっと面白いことが待っているでしょう』
「…………怪しいね。そこに何があるのか、予告を聞いてもいいかな?」
『私たちはゾンビの力で最終的に何をしようとしているのか。今言えるのはここまで、後はそちらの行動次第』
これ以上話す気はないと、夜子は笑って答えた。野乃もそれ以上は情報を聞き出せぬと悟り、下手に突っ込むのを止めて引き下がった。
『――うん、賢明です。さすがは野乃さんですね』
「…………お褒めに預かり光栄だよ。それじゃあ最後に確認なんだけど、ここを出るまでにどれぐらい時間をいただけるのかな?」
野乃の言葉に夜子は数秒ほど思案した。そして告げた時間は二時間というもので、それまでは六階層から上の階層の行き来を自由にすると告げた。
『徘徊しているゾンビたちにも、特別にあなたたちを襲わないよう命令しましょう。好きに必要な物を持ち出して、せいぜい外であがいて下さい。――それでは』
言い終えると同時に画面がノイズに呑まれ、ハッキングされる前の状態になった。部屋の明かりも点いていき、いつもの六階層の風景が戻ってきた。
あまりの多くの情報に研究員たちは立ち尽くし、野乃も頭痛がする思いで机にひじをついて顔を伏せる。シゴロウたちの元に走り出す桜花にすら、誰一人目を向けることはない。
ゾンビ溢れる研究所から脱出できるというのに、喜びの声は上がらない上がるはずもない。
ここからどう行動すればいいのか、すぐに答えられる者は誰もいなかった。




