第四十一話『災害』
画面に映るシゴロウが重装騎士を倒すのを見届け、六階層に集まった者たちは勝利に沸いた。桜花は107を抱き上げて喜び、野乃は安堵の息と共に口元を少し上げて微笑んだ。
「野乃さん、終わりましたね」
「あぁ、ようやくひと段落ってところかな」
まだすべて終わったとはいえなかったが、それでもパンデミック騒動から続く一つの戦いが終焉した。
見えていた脅威である狼男・寄生者・重装騎士という三体のデンジャーを打ち破り、障害となるモノは消え失せた。すべてを屠ったシゴロウと107のことを、誰もが称えて誇りに思った。
「107ちゃん、やっぱりシゴロウさんは凄いね」
「がう? がうっ!」
107は自信に満ちた声で言い、腕を組んでうんうんと頷いていた。そして桜花は画面に映るパワードスーツ姿のシゴロウを、まるで物語に出てくるヒーローのように見つめた。
(…………お兄ちゃん。私……見つけたよ)
兄が遺した手紙には、ゾンビの脅威と戦う『救世主』を望む一文が書かれていた。桜花にとってのシゴロウはまさにそれで、数多見てきた活躍を思い出して胸が熱くなった。
ふと桜花が目線を移すと、野乃も似たような目をしていることに気づいた。そして桜花が思い当たったのは、これまで見てきた野乃のシゴロウに対する態度だ。
見た目こそ人を寄せ付けぬ雰囲気があるが、野乃は部下だけでなく初めて会った桜花にも優しく接することができる。非常に人ができた人物だ。
だが何故かシゴロウに対してだけは意地悪で、会う前に聞いた印象も「狂人」や「食わせ者」などあまり良いものではなかった。
嫌いだからという理由ならば納得できるが、そうだったらばここまで力を貸してくれることもない。頭に浮かぶ認識の齟齬の意味を考えていくと、一つの答えが導き出された。
(……もしかして野乃さんって、シゴロウさんのこと)
好きな相手には意地悪をしたくなる。桜花も似たようなことをされた経験があり、野乃の不可解な行動に納得がいってしまった。
頼りになる大人な野乃だが、ロボットに対する反応など時折り子どもらしい所を見せることがあった。
「あの、野乃さん」
「ん? 何だい?」
「あっ、あー……いえ。何でもありません」
どんな返答が来るにせよ、こんな人が大勢いる場所では聞くべきではないと桜花は考えた。
話しかけつつ引き下がる桜花に首を傾げ、野乃はまぁいいかと聞き返すのをやめた。
普段冷静に努めている野乃だったが、ここまでの心労は相当なものだった。シゴロウや部下たち、そして巻き込まれた桜花の安否など考えることが多すぎたからだ。
まだいくつものハードルは残されていたが、明確に一つ乗り越えた実感で心が安らいだ。
(シゴロウ君、君は凄いね。……本当に良くやったよ)
そうして一息つき、次の行動を指示しようとした時のことだった。
突然五階層を映していた大型モニターにノイズが走り、シゴロウの姿が見えなくなってきた。急いで復旧しようとするが、画面は一向に野乃の操作を受け付けなかった。
『どうし……野乃? 何……異常でもあ……のか?』
通信はまだ繋がっていたが、そちらもすぐに切れそうだった。
「シゴロウ君、どこからかハッキング受けている。そっちでも注意をしてくれ!」
慌てて声を送るが、シゴロウからの返答はなかった。さらにパソコンがすべて操作できなくなり、画面にはノイズだけが不気味に揺れていた。
全員が不安そうに視線を巡らせる中で、今度は六階層の照明がすべて落ちた。
一瞬停電かと思うが、パソコンとモニターはそのままとなっている。ハッキングしてきた者の仕業なのは明白で、答えを示すかのように画面が切り替わった。
大型のモニターとパソコンに映っていた光景は、ゾンビ因子回収元のミイラが保管されていた殺風景な部屋だった。
カプセルの前に立つのは黒髪の女性で、その顔立ちは研究員の『夜子』だった。見知った顔を見て他の研究員がざわつくが、野乃は静かにするよう促して画面を睨んだ。
『――おめでとうございます、生き残りの皆様。あなた方は特別に、この地下研究所から出ていく資格を得ました。大変よく頑張りました』
夜子はパチパチとわざとらしく手を叩き、普段通りのニコッとした笑顔を見せた。
『すぐ研究所内から退去をお願いしたいところですが、もう少しだけ待っていてください。ちょうど外を掃除していますので』
「……掃除? 掃除とは何かね?」
返答に期待せず野乃が問うと、夜子はまたニコッと人懐っこく笑った。そしてパンと手を叩き合わせると、大型モニターだけが切り替わってどこかの景色が映った。
画面に映し出されたのは、地上に建てられた研究所の外だった。照明の光しかない夜の景色の中では、地下に入ってきた救助部隊らしき者たちが必死な顔で銃を撃ち続けていた。
射撃の対象となっていたのは研究所で管理されていた『アラート』の改造ゾンビたちで、中にはシゴロウと桜花が接敵した蜘蛛男もいた。
銃という武器があるおかげか、戦力差はわずかに救助部隊の方に傾いていた。このままいけばいずれ救助部隊が勝利する。そんな思いで画面を見守っていた時のことだった。
突如画面の端から、白くて大きな何かが姿を現した。それは宙をゆっくりと飛行し、バサッと大きな翼を広げた。
現れたのは蛾のような羽と鳥の翼を生やした『化物』で、大きさは三メートルをゆうに超えていた。その中心には美しい女性の裸体があり、腐りつつも妖艶な雰囲気を漂わせている。
虫のように動く六本の長い人腕が気味悪く、手には今さっき引きちぎったと思われる生首があった。
『コワイ? コワイノ? コワイネェ?』
女の化物は同じような言葉を繰り返し、高らかに笑って蛾の羽をばさりと動かした。それによってキラキラと鱗粉が舞い、辺りには幻想的で不気味な光景が作り出された。
そこから鳥の翼の方も羽ばたかせ、女の化物は強い風を起こした。鱗粉はゆっくりながらも確実に近づき、逃げて行く救助部隊の者たちを覆っていった。
「――吸うな! 俺たちもゾンビにされるぞ!」
隊長らしき者が叫ぶが、何人かはすでに苦しそうに喉を抑えていた。そして地面に倒れ込んだかと思うと、身体を痙攣させて苦しそうに奇声を上げ始めた。
「アアアァァァ! ガアァァァァァ!!」
鱗粉を吸った者は数秒足らずでゾンビ化し、起き上がって残った者たちに向かっていく。無事な者は応戦するが、女の化物は嘲笑うかのように近づいて一人一人六本の腕を伸ばして殺していった。
『コワイヨ! コワイヨネ! コワイコワイコワイコワイ!!』
一通り殺し尽くすと、女の化物はどこかへと飛び去っていった。アラートたちは群れのリーダーを称えて鳴き叫び、付き従うように飛んでいく化物を追って駆けていった。
「……鳥の翼に女性の肉体、もしかしてあれは108か? けど、あんな姿ではなかったはず」
野乃は画面を食い入るように見つめ、声を震わせ冷や汗を浮かべていた。
そして息つく間もなく画面が切り替わり、今度は研究所に繋がる道路が映し出された。そこでは轟音を響かせて射撃する戦車がいて、着弾地点には多量の煙が舞い上がっていた。
風で煙が流れると、大きな黒いシルエットが目に飛び込んでくる。その体表には堅牢な鱗が並び、身体の至るとこには太い骨が剥き出しで生えていた。
煙が晴れる前に戦車がまた射撃するが、シルエットは動きを止めず近づいていた。
『ヨワイ! ヨワイノ! ヨワスギル!』
さっきのが『化物』ならば、こちらは『怪獣』だった。
頭部には恐竜のような骨が腐った肉と共にあり、胴体から下は剛毛と鱗が不規則に見えている。戦車砲の直撃を受けた箇所はただれていたが、時間が経つごとに再生を始めていた。
よく足元を見てみると、そこには無数の死骸が転がっている。怪獣はそれらを狙って踏み潰していき、血肉をべったりと身体に張り付けた。すると肉体の再生速度が上がり、戦車砲の直撃箇所は瞬く間に治ってしまった。
『ヨワイヨワイヨワイヨワイ!! ヨワイナ! ヨワイゾォ!!』
大木のように巨大な手を伸ばし、戦車を容易く持ち上げてバキバキと潰していった。中にいた者たちが逃げ出そうとするが、ひしゃげた金属に挟まれて血を吐き死んだ。
怪獣は残骸となった戦車を放り投げ、どこかへと歩き去っていった。画面の奥の道路には戦車以外にも、戦闘用の車両が残骸となって転がっていた。
「…………爬虫類のデンジャー109番。だけど、私はこんな姿は知らない」
野乃は心ここにあらずといった様子で、画面を眺めるしかできなかった。それは他の研究員たちも同じで、桜花も映画か何かを見ている気持ちで思考を失っていた。
そうして大型モニターに映されたのは、戦いで荒れた五階層だった。
そこでは『怪物』ともいうべき新たなゾンビと、パワードスーツに身を包んだシゴロウが戦っていた。だが相手の力は圧倒的で、次第に金属の鎧は破壊されシゴロウ自身の動きも鈍くなっていた。
パソコンに映る夜子は怪物の圧倒的な戦いを満足そうに見つめ、クスッと笑みを浮かべた。そしてカプセルの前からどくと、そこには四肢を無くしたミイラが映し出された。
元の形状を知っていた桜花と野乃は驚き、夜子はそんな二人に対して一つの事実を告げた。
『今見せているゾンビたちは、野乃さんが言った通り元はデンジャーだったもの。生きているデンジャー三体と冷凍処分されたデンジャー三体を合わせ、新たに作り出した究極の破壊者たち』
「デンジャーを合わせる? そんなことどうやって……?」
呆然と聞き返す野乃に、夜子は背後のミイラを見つつ満足そうに答えた。
『ここにいるお方の腕と足を、それぞれ一つずつ与えました。それによって得た力はデンジャー二体分の戦闘力を凌駕しています。まさに神話の生き物ともいうべき力といえるでしょう』
「何を馬鹿なことを、そんな話あるはずが……ない」
『クスッ、動く死体の研究をしていた人の言葉とは思えません。ゾンビなんてものは、かつては夢物語の産物でしかなかったんですよ? 知らなかったんですか?』
言葉を返せず固まる野乃に、夜子はクスクスと笑いながら新たなゾンビたちの名を告げた。
『――あの子たちは、デンジャーを超えるゾンビたち。人では立ち向かえぬ究極の存在として、脅威度は災害の意を冠する『ディザスター』としましょうか?』




