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第三話『破滅への呼び声』

 107の交流と診察を終え、シゴロウは禁域を後にした。

 入室時より厳重な消毒作業を経て部屋の外に出ると、そこには一人の女性研究員が壁に背を預けて待っていた。

「あっ、先輩。お疲れ様です」

 肩ぐらいまで伸びた黒髪と丈の長い白衣を揺らし、女性はシゴロウへと駆け寄っていく。


 その女性の名は『夜子』と言い、シゴロウに友好的な態度で接する唯一の人物だ。以前とあるプロジェクトで協力してからの関係で、お互い担当している研究について意見を交わす仲でもあった。

 夜子は人懐っこい性格をしているので、研究所全体でも人気がある。シゴロウとしても嫌いな人物ではないが、他者を信じ切れない性格もあって一歩距離を置いていた。


「先輩。明日にも異動するって本当なんですか?」

「馬鹿らしい話だが事実だ。最低限の引継ぎ準備はしていくが、どうなることやらだ。もし後任が困っているようなら、出来る範囲で力を貸してやってくれ」

「任せて下さい! ……と言っても、107ちゃんについては難しいですがね」

 夜子は苦笑し、禁域の扉を見つめて言った。一度仕切り越しに107と夜子は顔を合わせたことがあるが、彼女も例に漏れず攻撃の対象となっていた。


「107ちゃんは、先輩の優しいところを見抜いてるんですね」

「……優しい? この俺が? 馬鹿にするのも大概にしろ」

「いたっ、何で頭を叩くんですか!」

「ふっ、それは自分の不出来な頭で考えたまえ」

 二人でほどほどに会話し、名残惜しさを感じつつも研究所の最下層から出ていった。


 それから異動当日の朝、シゴロウはすべての書類チェックを終えて自室を出た。

 一晩で片付けする必要があり相当寝不足で、少しだが頭痛とめまいもする。第二研究所に到着したら必要な挨拶だけ済ませ、ひたすら寝ようと考えていた。

「……いかんな。上司にムカつくことをされたら、反動で殴り掛かってしまいそうだ」

 正常な判断ができない自信があり、今日は誰とも会わず上層階まで行こうと考えた。


 シゴロウは階段ではなくエレベーターを使うことにした。下層から上層直通のものは大勢の者が使うので、施設外れにあるこじんまりしたものを選んだ。

 地下研究所は全十階層あるが、このエレベーターは八階から四階までしか繋がっていない。不便なので使う者は少ないが、人に会わないのが目的なので今回に関してはこれ以上の物はないだろう。

 

 四階に到着したシゴロウは上を目指し、長く続く通路を歩いていった。ここと五階層は吹き抜けで繋がっており、『セーフ』と分類されたゾンビたちの実験場となっている。施設全体でも広々としていて、ほとんどの研究員はここで働いている。

 研究員にも等級があり、ほとんどの者は五階より下には行けない。下層で働くシゴロウや夜子は全体数で考えればよりすぐりのエリートだ。


「……はぁ、歩き疲れた。もう少し……運動もするべきだな」

 研究所にはジムもあったが、シゴロウは一度も利用したことがない。学生時代から運動音痴だったので、普段以上に動くだけですぐに疲れが出てしまう虚弱さだ。

 休憩ついでに渡橋からホールを見下ろし、うごめいているゾンビたちを眺めた。


(こうして見ると、観賞魚か何かのようだな)

 当然だが彼らも元々は人で、最初からゾンビだったわけではない。

 現代科学で治ることのない病の治療として運ばれて実験に使われたり、多大な借金の清算のための生贄だったり、他にも様々な事情があって今の状態になっている。


 後者はともかく、前者についてはさすがにどうかと考えもする。ただ自分もゾンビ研究の恩恵で金を貰っているので、間違っても疑問を口にすることはないのだが。

(……そういえば、107は前者だったな)


 難病に掛かった孤児をこの施設に回収し、ゾンビ因子の実験に使った。人としての彼女と会話したのはわずか三十分程度で、それも当たり障りの無いものがすべてだ。

 改めて何故自分が彼女に懐かれているのかよく分からない。夜子は生みの親的な存在だからと言っていたが、やったのは因子の注入と付きっ切りの体調観察ぐらいだ。


「……いかんな。眠いせいか余計なことを考えてしまう」

 どうせ考えたところで答えは出ない。107とだって、二度と会うことはないかもしれないのだ。気を取り直して渡橋を進んでいると、真正面からスーツ姿の一団が歩いてきた。


(…………なんだ、コイツらは?)

 目立たぬよう、ゾンビを見るふりをしながら横目で一団を見た。するとサングラスを掛けた一人の男性が、明確にシゴロウへと目線を向けた。それは一瞬のことだったが、シゴロウはとても嫌な気配を感じた。

 幸い声を掛けられることはなく、一団は会話しながら下層に続く渡橋を通っていった。


 何事もなく感染チェックと異動についての確認を済ませ、シゴロウは数か月ぶりに地上一階へと足を踏み入れた。フロアに流れる空気は地下のものと違い、それに対してシゴロウは眉を潜めた。

(……やはり外の匂いは駄目だな。機械で滅菌されたモノの方が俺の性に合っている)

 すぐにでも異動を済ませたかったが、早く出てきたせいで迎えの車が来るまでは一時間ほど余裕があった。


 暇つぶしついでに持ち物のチェックをしようかと考えていると、シゴロウの携帯端末に着信があった。画面に表示されていたのは昨夜会った夜子の名だった。

(別れは昨日済ませたはずだが……はて)

 疑問を感じつつ通話ボタンを押すと、聞こえてきたのは夜子の焦った声だった。


『――先輩、大変なんです! 107ちゃんが!』

「どうしたそんなに焦って。まずは深呼吸して落ち着きたまえ」

 不穏な気配がしたが、夜子の焦りが尋常ではないので逆に落ち着けた。だが次に出てきた発言で、シゴロウの冷静さは崩れることとなった。


『107ちゃんが今日にも凍結処分されるって、私……偶然聞いてしまったんです』

「……は?」

『さっき主任と火器装備のスタッフが禁域に集まってました。処分の開始がいつになるかは分からないですけど、すぐにでも始まるかもしれません』


 そこまで聞いたところで、シゴロウは動揺で携帯端末を落としてしまった。拾うべきだと思考はするが、意思の通り身体は動いてくれない。

「何を……馬鹿なことを」

 頭を埋める感情は呆然で、すぐに胸を焼くほどの怒りがこみ上げてきた。


 普段のシゴロウだったのならすぐ冷静さを取り戻していたが、体調不良と寝不足が重なり中々感情が落ち着かない。そして思い出してしまったのは、昨日異動通知を受けて去る時に見せた主任の気持ち悪い顔だった。

「あの俗物が……! どこまで俺をコケにすれば気が済むのだ……!!」

 シゴロウは怒りに身を任せ、107がいる最下層を目指して走り出した。


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