第三十七話『第二ラウンド』
重装騎士は火炎放射器を持ち、辺り一帯に炎をばら撒いた。
四階層の一角は赤く燃え上がり、重装騎士に近づくことは困難になる。シゴロウは未来予知で放射器の動きを目で追いつつ、107を連れて四階層を必死に逃げた。
「――くそっ! あれでは近づくことができん!!」
言っている間にも火炎は背後から迫ってくる。徐々に逃げ道は封じられていき、降りようとしていた階段にも火の手が伸びていった。
重装騎士は火炎放射器の射程ギリギリに居座り、シゴロウと107を吹き抜け前まで追いつめる。右も左も炎で封じられ、真正面から戦いを挑むのも不可能となった。
「……はぁ、やるしかないな」
「ががう、がーおう」
「もしも動けなくなった時は助けてもらうかもしれん。その時は頼むぞ、107」
107と意思疎通を交わし、シゴロウはゆっくりと後退した。そして重装騎士に背を見せて走り出し、覚悟を決めて放射された火炎に追いつかれる前に五階層へと跳び下りた。
「――っ! うおおおぉぉぉぉ!!」
高所から落下する気合と恐怖が入り混じり、シゴロウは今まで出したことのない叫びを上げた。
着地の瞬間に形だけでも受け身をとり、転がるようにして床を移動していく。全身には激痛が走ったが、幸いにして骨折などはしていなかった。
「はぁはぁ……。これも半ゾンビ化のおかげか? 大したものだな……はぁ」
荒い息で顔を上げると、四階層の奥から歩んでくる重装騎士と目が合った。その背後には炎と黒煙が立ち昇り、まるで地獄の風景に立つ死神か何かに見えた。
睨み合っていると炎を感知したスプリンクラーが作動し、天井からは多量の水が降ってきた。だが燃料によって燃えている炎を止めることはできず、霧のように水蒸気を発生させただけだった。
(これは……どうしたものか)
接近戦という唯一の攻撃手段を封じられ、107も動きを止めてシゴロウの傍にいた。もし火炎をその身に浴びれば絶命は必死で、シゴロウとしても今戦わせたいとは思わなかった。
勝つ方法を探り思考を回していると、重装騎士が五階層の一部に火をばら撒いた。そしてそこを着地地点として落ち、さらに下がるシゴロウと107に放射器の先端を向けてきた。
シゴロウもアサルトライフルを構えるが、炎の熱気で空気が揺れて上手く照準がつけられなかった。それだけでなく頼りの綱だった未来予知すら、炎の赤い輝きによって力を失っていた。
「…………一か八かで連射して、火炎放射器の破壊に望みを託すか? ……いや」
重装騎士も火炎放射器がシゴロウたちの攻略に必須だと気づいている。常に身体の影に隠すように構え、発射の瞬間だけ前に出す徹底ぶりだ。あれでは命中の望みは薄く、むしろ発砲によって隙を晒す結果になりかねない。
炎と水蒸気による熱気で湧いた汗を拭っていると、止まっていた重装騎士が先に動き出した。
「ガロロロ……ダゴロァ!!」
叫びと共に横薙ぎに火炎が振るわれ、シゴロウと107はまた走って逃げた。だが炎によって移動範囲は狭まっていき、このままでは袋のネズミとなるのは明白だ。
「……ちっ、多少無理してでも、お前は八階層で殺しておくべきだった!」
「ダゴロァ!! ガヅ! ガヅ! ガヅ! ガヅ!!!」
「ふっ、やってみるがいい! だが、そう簡単にはやられんぞ!」
重装騎士の狙いが完全にシゴロウに向いたところで、107は目で合図を送って物陰に隠れた。
シゴロウはさらに注意を惹くためアサルトライフルを発砲していき、あわよくばと火炎放射器を狙い続けた。有効打がないことを確信したのか、重装騎士は一気に走る速度を上げて迫ってくる。
そうしてタイミングを見計らい、107が跳び出そうとした瞬間のことだった。突如五階層のスピーカーがノイズ音を発し、続けて桜花の声が聞こえてきた。
『――シゴロウさん! 一度六階層まで戻ってください! 野乃さんが渡したい物があるそうです!』
「…………渡したい物だと?」
『三十秒後に隔壁を閉めます! タイミングを合わせて下さい!』
三十秒と聞き階段を見ると、ちょうど小競り合い込みで逃げられそうな時間だった。シゴロウは野乃の的確で容赦のない時間設定に呆れ混じりに息をつき、勝利を確信して近づいてくる重装騎士と向き合った。
離れた位置では攻撃の機会を逃した107がいたが、シゴロウは目線で六階層に走るよう指示した。107は迷った様子を見せたが、最後には頷いて階段を目指してくれた。
「……デンジャーと一対一か、少し前までは予想もしてなかったな」
「ガロロロ……ダゴロァ!!」
「未来予知が使える半ゾンビと、鎧と武器を有するデンジャー。まったく、研究としては面白い試みだ!!」
シゴロウはアサルトライフルを構え、決死の覚悟で重装騎士へと走り寄った。そして火炎放射器を使う隙を与えず弾を連射していき、怯んだタイミングを見計らって横を通り抜けようとした。
だが重装騎士は反射で腕を棍棒のように振るい、シゴロウの頭を叩き潰そうとしてくる。至近距離なのもあって未来予知は使え、動きを読んでいたシゴロウは重装騎士の足元へとスライディングで飛び込んだ。
「ダガッ!?」
「悪いな、勝負は一旦お預けだ」
追撃として拳が突き下ろされるが、シゴロウは転がって回避した。床がバガンと割れる音を背に聞きつつ、一切後ろを見ずに六階層を目指して駆け出した。
『シゴロウさん! 扉が閉まります、急いで!』
桜花の焦った叫びが聞こえ、正面に見える隔壁が閉じ始めた。さらにはボゥという火炎放射器の音も聞こえ、背後から暑さと明るい光が迫るのを感じた。
半分ほど閉まった扉の先には、精一杯手を伸ばす107がいる。シゴロウはここが正念場だと足に力を込め、さらに加速して通路を進んだ。
「――シゴロ!」
「あぁ、分かっている!」
全力で飛び込むと、107は力強く手を掴み取ってくれた。そして隔壁に挟まれぬようシゴロウを中に引っ張り入れ、二人は勢いのまま階段を転がっていって六階層まで落ちた。




