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第三十五話『最後の関門』

 一旦救助部隊からの放送が止まったところで、野乃は副リーダーに目線で指示を送った。副リーダーは放送機材へと走り、マイクを取ってすぐに返事をした。

 そうして副リーダーが伝えた人数に、シゴロウたちと野乃は含まれていなかった。事前に話し合っていたからか他の研究員は訂正することなく、黙って頭上から響く放送と副リーダーの応答に耳を傾けていた。


『……無事な者は十人か、了解した。今こちらの部隊は四階層にいる。五階層にいるゾンビを片付け次第救助に向かう手はずだ。安全が確保できるまで、もう少し待っていて欲しい』

「分かりました、他の者たちにも準備するよう伝えます」

『では何か問題があれば、またすぐに連絡してくれ』


 救助部隊の人間は通信を切り、六階層の者たちは一度集まった。

 真っ先に話を切り出したのは野乃で、これから全員がどう動くべきか指示を送った。そして自分とシゴロウと107の存在を絶対に話さないよう約束させ、最後に唯一の一般人である桜花へと向き合った。


「……桜花ちゃん、君の意見を聞きたい。救助部隊の者についていけば、君は東京に帰れる。もうこんな事件に巻き込まれることなく、平穏な生活に帰れるだろうね」

「…………はい」

「もし私たちについて来るならば、二度と日常に戻れることはない。それだけ『外の世界は危険』で、相当な覚悟がなければ生きて行けぬ場所だよ」


 野乃の突きつけるような言葉に桜花は言葉を失った。

 シゴロウは何が最善か考え、桜花に帰るよう促そうとした。本来ここまで一緒にいたことが異常で、別れこそが本来あるべき道だったからだ。


 しかし口を開こうとした瞬間、桜花がジッと見上げてきた。それは自分の道は自分で決めさせて欲しいという、少女の精いっぱいの意思表示だった。

「後悔……するぞ」

 シゴロウの呟きに、桜花は儚げに笑って応えた。


「後悔なら、もういっぱいしてきました。だから次に後悔する時は、私が決めて行動した結果で後悔したいんです」

「……東京で暮らすという幸せを捨てるだけの価値があるとは思えんがな」

「かもしれません。でも、幸せじゃないって保証もないですよね?」

 そう告げる桜花の声には芯があり、シゴロウは納得させるのを諦めて深く息をついた。


「ふん、そこまで言うのならば好きにするがいい」

「はい、好きにします」

 そんな二人の姿を107は離れた場所から見つめていた。そして椅子代わりにした102の枝から降り、シゴロウと桜花の元へと近づいていった。


「――がう!」

 ずぼっと二人の隙間に顔を突っ込み、107は嬉しそうな笑顔を見せた。それを見てシゴロウは仕方がないと諦め、桜花は受け入れてもらえたことに感謝していた。


 一通りの取り決めが終わり、救助部隊の到着を待つばかりとなった。それぞれ運ぶ物などを野乃が指示していると、唐突に頭上からドンという爆音が鳴り響いた。

 爆音は二回三回と連続し、さらには無数の銃声も聞こえてきた。耳を澄ますと救助部隊らしき者たちの叫びがあり、何かに追い詰められているような緊迫感があった。


「……この音はまさか銃撃戦をしてるのか? 野乃、上の状況はどうなっている?」

 シゴロウの言葉を受け、野乃は椅子を動かして自分のパソコンを起動した。そして備え付けの大きなモニターの電源を入れ、キーボードを高速で操作して取り込んだ映像をモニターに映し出した。


 表示されたのは四階層と五階層の監視カメラの映像で、そこには銃を撃つ迷彩服姿の男たちがいた。数は十人を超えていたが、画面外から放たれる銃撃や爆発によって数をどんどん減らしていく。

 集団の一人が逃げ出すが、すぐに何者かに撃たれて倒れた。致命傷を受けたのに銃撃は止まず、最終的に倒れたものは肉のミンチとなって通路に赤く広がった。


「……仲間割れ? いや、この様子は違うかな」

「全員、何かに怯えているような表情をしているな。野乃、四階層側のカメラだけつけられるか?」

「できるよ。ちょっと待っててね」


 野乃は素早くパソコンを操作し、モニターの映像を四階層に限定した。

 マス目上に並ぶ映像の中で、吹き抜けの上に黒い影が立っていた。拡大を頼むとそこには『重装騎士』が映っており、吹き抜けの上から救助部隊の人間を攻撃していた。


「……なぜ奴が、重火器を使うことができる?」

 知性がないはずの重装騎士の右腕には、黒々と輝くガトリングガンが構えられていた。さらにもう片手にはシゴロウが使用していたグレネードランチャーが握られ、放たれる二重の攻撃で救助部隊はさらに数を減らしていった。

 二つの武器を巧みに操る様は、107と同じく知性を得たかのようだ。


 注意深く重装騎士を観察すると、頭部にインカムのような金属パーツが装着されていることに気づいた。

 かつてゾンビ研究所では、アラート以上のゾンビを電気信号によって操る実験を行った。今重装騎士が装備している装置はその時作られたものだが、デンジャーには効果が薄く実験は中断状態となっていた。


(……まさか装置を使って、武器を扱えるレベルまで知性を底上げしたのか?)

 しかし知性無き重装騎士に装置を扱うことはできない。何者かがバックアップについてるのは確実だった。


 禁域からのデンジャー脱走と、行く手を阻むように起きた八階層での停電。今回の重装騎士の強化も合わせ、意地でも六階層の者たちを外に出す気はなさそうだ。

 脳裏に浮かんだのはサングラスを掛けたスーツ姿の男性だ。何故か一瞬行方を追っている夜子の顔を浮かぶが、シゴロウは嫌な予感を振り払って野乃を見た。

 

「野乃、五階層に繋がる隔壁は開くことができるのか?」

「――もちろん。ただ今駆け付けたところで、彼らを救える保証はないよ?」

「だろうな。だが、どのみちここにいても袋のネズミだ。なら追い詰められる前に、こちら側から動いた方が勝ち筋を探せるはずだ」

「……一理ある。なら、君に任せるとしよう」


 ここで全滅しては、研究所を脱出するどころの話ではない。シゴロウと野乃は示し合わせ、この場の最善の行動を重装騎士の排除に定めた。

 次に野乃はパンパンと手を打ち、動きが止まっていた研究員に指示を送った。直属の部下ということもあり動きは素早く、全員がテキパキと与えられた作業を始めていく。


「――107、久しぶりに暴れるぞ!」

「がうっ! やる!」

 呼びかけに大きな声で返事をし、107はやる気に満ちた表情で走ってきた。シゴロウは研究員からショットガンを返してもらい、一通りの準備を済ませて階段を目指した。


 そうして階段を登ろうとしたところで、シゴロウは手持無沙汰にしている桜花へと顔を向けた。

「少し行ってくる。もし怪我をした者が出た時は、治療頼んだぞ」

「――! はい!」

「外の世界に行くというのなら、お前も絶対に怪我をするな。それではな」


 役割を与えられて目に光を灯す桜花を背に、シゴロウは銃声響く階段を登っていった。

「それにしても重装騎士か、あいつとも長い付き合いだな。一度目は負け、二度目は勝ち、そして三度目か」

「……がぁう?」

「ふっ、何でもない。ただしいて言うなら……最後の関門としては悪くない相手だ。そうだろう?」

「がー……、がうっ!」


 ぐっと拳を突き出してやる気を見せる107の頭をポンと撫で、シゴロウは五階層へと足を踏み入れた。相手はこれまでの以上の強敵だったが、不思議なことに敗北の恐怖は一切湧いてこなかった。


 ここから三章で、第一部『脱出編』最終章となります。ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。

 第二部の告知ですが、テーマは『ゾンビ』×『旅』×『??世界』となります。作者なりに面白く書いていくつもりなので、ぜひ引き続き読んで下さると嬉しいです。

 それと第二部からは、一週間に一日ほど定休日を設けます。予定では月曜日に休もうかと思っています。

 作者としても毎日投稿したかったのですが、最近腕が腱鞘炎ぎみでわずかにペースを落とします。誠に申し訳ございません。

 

 改めて作品を読んで下さる皆様へ、心から感謝を申し上げます。

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