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第三十四話『怨嗟の終わり』

 寄生者は六階層に集まった者たちを見回すと、胎児ほどの頭だけ残して身体の中へと戻った。すると主任はヌッと身体を起こし、今目覚めたばかりのように目をパチパチと瞬かせた。

「…………待ってくれ、なぜ私は銃を向けられているのだ?」


 寄生者は主任の頭を楯にし、後頭部の影に隠れて肉体を動かし始めた。

 あくまで主任の意識は人のままで、ひたすら疑問符を浮かべて近づいてきた。それを見てショットガンを持った研究員は躊躇して下がり、寄生者は動揺を感じ取ってか愉快そうに「ギッギッ」と笑う。


 シゴロウは自分の役目だと判断し、サブマシンガンを構えて主任に近寄っていった。

「……お前は寄生者に身体を乗っ取られた。もう殺すしかない」

「殺す……殺す!? やっやめろ! 誰か……誰かそいつを止めてくれ!!」

「お前には個人的に恨みがあったが、その可哀想な姿で十分だ。……もういいから、大人しく人として眠れ」


 主任は逃げ出そうとするが、寄生者は身体を前へと戻した。クイクイと振り返っては戻りを繰り返す様はまるで出来の悪い人形劇のようで、滑稽さが逆に虚しさを増した。

 シゴロウは責任をもって撃つと決め、サブマシンガンのアイアンサイトを覗き込んだ。狙いは慌てる主任と、脊髄の辺りから飛び出している寄生者の頭部だ。


 寄生者が死ねば、必然的に宿主も死ぬ。逃がさぬよう慎重に銃を構え、シゴロウは引き金に指を添えた。

 しかしシゴロウが発砲するより早く、六階層には銃声が響き渡った。音の先にいたのはここまで姿が見えなかった桜花で、構えている拳銃は主任が落とした装飾付きの物だった。


 桜花が撃った弾は主任の腹に直撃し、白衣にじわっと鮮血を浮かばせた。主任は信じられないものを見るかのようにこぼれる血を手で押さえ、ぜぇはぁと息を荒く漏らした。

「あっ……あぁ、血、血がぁ!?」

 遅れて痛みを自覚したのか主任は泣き叫び、床に倒れて桜花を見つつ後ずさった。


「私がやる……! お前は、お兄ちゃんの仇だ!!」

 シゴロウの制止をかき消すように叫び、桜花は二発目を発砲した。拳銃の重さにより照準がブレるが、それでも肩を削って血を辺りの床に飛び散らせた。


「頼む……、殺さないでくれ……。死にたくない……死にたくないぃ……」

 懇願する主任の姿を見て、桜花は手をガクガクと震わせた。いくら憎むべき相手だったとしても、そこにいたのは間違いなく『人』だったからだ。


「……何人、あなたのせいで死んだと思ってるんですか!? あれだけのことをしておいて、どうしてそんな被害者ヅラをしてられるんですか!!」

「ひっ、ひぃぃぃ!!?」

「――せめて最期は、悪人のままでいてよ!!」


 溢れる感情のまま叫び、桜花は止めを刺そうとした。だが引き金を引く寸前に、いつの間にか近寄っていた107が後ろから桜花に抱き着いた。

「がぁう、オーカ。だめ」

「……え? 107ちゃん、何で止めるの……?」

「シゴロ、やる」


 その言葉で桜花は、ハッと視線をシゴロウに向けた。

 シゴロウは即座にサブマシンガンを構え直し、主任と寄生者に狙いを定めた。身体の向きが横になってくれたおかげで、寄生者を狙うのは容易かった。


(何人、あなたのせいで死んだ……か。確かにその通りだ)

 シゴロウ自身もパンデミックの一因であり、本来なら桜花の敵討ちを受ける立場だ。一度は話し合って許されたが、あれは窮地をくぐり抜けた絆があったからこそだ。


「罪滅ぼしというわけではないが、これでパンデミック騒動から続く怨嗟を……終わりにするとしよう」

 そう言いサブマシンガンの引き金を引き、フルオートで弾を全弾発射した。真横から飛来した弾丸は主任と寄生者をハチの巣状に貫き、身体は血肉をまき散らせてドサリと床に倒れた。


 仇が死に絶えるのを見て、桜花はただ呆然としていた。泣いているのか怒っているのか分からない顔で、近寄ってきたシゴロウに「なんで」と呟くように問いかけてきた。

 シゴロウはしゃがんで桜花と目線を合わせ、肩に手を添えて優しく言い聞かせた。


「もういい、もう苦しまなくていいんだ。あいつは俺がやった。だから桜花の敵討ちは……ここで終わりだ」

「終わり……? でも、私は……何も」

「本当にすまなかった。どれだけ言葉を尽くしても足りないが、それでも……本当にすまない」


 繰り返し紡がれたシゴロウの謝罪に、桜花は悲しみを抑えきれず涙をこぼした。そして救いを求めるかのように伸ばされた手を握ってやり、シゴロウは何も言わず震える肩をそっと抱き寄せた。

 慰め合う二人のすぐ傍に107も近づき、三人で辛く苦しい想いを分け合っていた。


「ごめんなさい……。私……もう泣かないって決めたのに……」

「ここまで辛かったな。もう大丈夫だ」

 シゴロウが桜花の背をポンポンと叩くと、107は手を桜花の頭に乗せて優しく撫でた。

「オーカ。よし、よし」

「107ちゃん……、シゴロウさん。ありがとう」


 デンジャーである107が家族のように寄り添い、人も襲わずに他者の悲しみを悼んでいる。その温かくも異常と言える姿を見て、六階層にいた研究員たちは言葉を失った。

 もはやその姿は人と何ら変わらなく、研究対象のゾンビとは明らかに違っていたからだ。抱く思いは様々だったが、何人かは三人の姿にゾンビ研究の到達すべき一つの未来を浮かべた。


 …………誰もが呆然と動きを止める中で、野乃は独り死体となった主任へと歩み寄った。よく目を凝らすと穴だらけの肉塊は痙攣するかのように動いており、時折り皮膚は芋虫が這うように盛り上がっていた。

「……やっぱり、これで終わりではないか。本当にしぶといね」


 ポツリと野乃が呟いた瞬間、銃弾で開けた穴から小さな虫が這い出てきた。数はあっという間に数十匹を超え、一斉に間近に立つ野乃へと狙いを定めた。

 研究員の一人が異変に気付き野乃に離れるよう叫ぶが、野乃は「大丈夫さ」と言って手元から赤い液体が入ったカプセルを落とした。


 カプセル中身は野乃の血液で、それは相棒である102にとってのご馳走だった。周囲の葉がザワリと揺れたかと思うと、カプセル落下地点となる主任真下の床がバカリと割れた。

 次々と生えてくるのは無数の木の根で、それは鞭のようにしなって野乃の血と寄生者の幼虫を絡み取って潰していく。ギーギーと断末魔が響くが、102は勢いを緩めることなく寄生者を喰らっていった。


「……さて、これで私の102にも何らかの変化があるのかな」

 そう言う野乃の手には、つままれた状態の寄生者がいた。最後の一匹となった寄生者は必死に暴れるが、野乃は捨てるようにポイと102へ投げ捨てた。


 完全に寄生者が死滅し、六階層には一時の平穏が訪れる。けれどそこに清々しい空気はなく、後味の悪い重い静寂が流れていた。

 ここからどうするべきかと、誰かが口にしようとした。するとタイミングを合わせたかのように、研究所内の放送設備がジジと音を鳴らした。


『――せよ! 生存者がいるならば応答せよ! 我々は要請を受けて駆け付けた救助部隊だ! 生存者がいるならば応答せよ! ――繰り返す!』

 あまりにも突然の呼びかけだったが、研究員たちは表情を明るくして喜び合った。


 シゴロウと野乃だけは無表情に耳を傾け、これからどうするべきかと目線で意思を交わした。桜花は無意識に手を伸ばし、シゴロウから離れまいと服の裾をギュッと握っていた。


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