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第三十一話『惑わす骸、安息の崩壊』

 画面の中央には大きなガラスカプセルがあり、そこには一つのシルエットが映っていた。

 よく見るとそれは人型をしていて、肌は茶色く干からびたミイラのようだ。監視カメラに映されていたのはそれぐらいで、部屋全体は物が少なく殺風景となっていた。


「……ふぅん? これがゾンビ因子元の生物……かな? まぁそれっぽくはあるけど、想像を絶する感動ってほどではないね。桜花ちゃんはどう思う?」

「です……ね。怖い気はしますけど、これはこれで納得がいくというか何というか」

 ゾンビとミイラという『人の死体』という共通点のせいか、桜花も野乃もさほど驚きは感じられなかった。


 他のファイルを見ても、再生されるのは一見して同じような動画ばかりだった。不可解なのはミイラを撮った動画の膨大な量で、少なく見積もっても千は優に超えていた。

 明らかに不自然ではあるが、それが何なのか分からない。もやもやとして感情のまま、野乃は目についた動画一つに絞って詳細を調べることにした。


「どれ、それじゃあ動画を倍速で動かしてみるとしようか。気になることがあればいつでも言っていいからね」

「はい、分かりました」

 倍速にして数分経っても、動画はほぼ変化しなかった。時折り全身防備の研究員が部屋に入るが、一向にカプセルの中のミイラには触れず去っていった。


「おかしいね……。このファイル群で間違いないと思ってたけど、あてが外れたかな。シゴロウ君が驚愕するところが見たかったけど、これじゃあ難しそうだね」

「………………あれ? 野乃さん、ちょっと動画戻せますか」

「ん、何か気になることでもあったのかい?」


 桜花の声で野乃は一旦動画を止めた。そして気掛かりの元を調べるため、動画を戻してから怪しい箇所を低速で再生していった。

「やっぱり。このミイラ、ちょっとだけど動いてますよね?」

「……本当だ。わずかな変化なのによく気づいたね」


 ミイラは注意深く見ないと分からないレベルで、身体を痙攣させるように動かしていた。

「まぁこいつもゾンビなら、おかしい話ではないけどね。ただ私が知りたいのは、こいつが何なのかって部分さ。宇宙から来たのか、突然変異の産物なのか、これじゃあ結局分からず仕舞いだよ」

「少なくても隠すほどではない気がしますよね」

「現時点で分かっていることは、このゾンビが保管され始めたのは結構昔ってところかな」


 動画ファイル名は暗号化されていたが、日付の部分には202〇年○○月○○日と記されていた。

 見た者を騙すような意図が無ければいじる必要がない部分で、最もセキュリティが深い場所にあったことを加味しても嘘はなさそうだと野乃は考えていた。


「野乃さん。もっと近い日付にすれば、何か分かるんじゃないですか?」

「せっかくだし、思い切って数か月ほど最近のファイルから再生してみるとしようか」

「徐々にミイラが巨大化するとか……ありませんかね」

「フフフ、むしろそういう変化があれば嬉しいんだけどね」


 気が抜けたのもあり、動画を見る前にあった緊張は薄れていた。

 そして次に再生された動画も、これまでのものと大きな変化はなかった。いくつか部屋内に検査機械が増えてはいたが、相変わらず人がほとんど映らない殺風景さだった。

 再び倍速で動かしていくと、数日に一度入室してくる研究員の姿があった。今度はカプセルを開けてミイラに触れ、肉片の一部を回収して部屋を出ていくのが見えた。


「……ここから加工して私たちの手元に届くのかな。うーん、シゴロウ君に見せたら、渋い顔をされて怒られそうだねぇ」

「ゾンビ因子の秘密を知れるってなった時、シゴロウさん凄い顔してましたからね」

「一応回収したデータはこれだけじゃないから、そっちに希望を託すしかないのかな……がっかりだよ」


 野乃はカタリと椅子に背を預け、ハァと大きなため息をついた。そして動画を再生したまま別のファイルを開き、色々と手掛かりを探し始めた。

 拍子抜けではあるがゾンビ因子の正体を知ったおかげか、桜花も一度画面から離れて身体を伸ばした。一旦作業は打ち切り、そんな空気が流れだした……その時のことである。


「……んん? この人物は見覚えがあるな」

 野乃は急に声を発し、再生を続けていた動画のウィンドウを大きく広げた。

 映像の中では一人の女性がカプセルへと近づいていた。何故か服装は研究所既定のもので、これまでと違い一切感染に対する防御を行っていなかった。


 桜花が映像越しに感じた女性の印象は、『冷たく他者を寄せ付けない人物』だった。カメラ越しでも分かるほど女性の目には何の感情も映っておらず、機械的にミイラの観察をして手元のタブレットに記録を残していた。


 野乃は女性の顔を拡大したり正面の位置で止めたりし、数分ほど時間を掛けてパチリと指を鳴らした。

「――そうだ、彼女は夜子ちゃんではないか。見た目の印象が違ったから気づかなかったよ」

「えっと、夜子さんっていうのはお知り合いですか?」

「何度か私の研究に協力をしてくれた女性でね。今でこそ人懐っこい印象なんだけど、研究所に来たばかりは近寄りがたい雰囲気があったね。懐かしい」


 夜子は一日ごとに部屋へ入室し、ミイラの記録を取って退室していった。

 そこから野乃は見る動画を絞り、夜子が姿を現した時だけ再生を通常に戻した。基本は最初と同じ観察風景だったが、ある時を境にして動画の状況は大きく変化した。


『ふふふふふ…………ふふ……ふふふ』

 これまで何の反応もしていなかったのに、夜子はミイラを見てよく笑うようになった。だがその声は不気味そのもので、まるで霊的な何かに憑りつかれているような異質さだった。


『はい……はい。聞こえています、聞こえてますよ』

 日が進むごとに夜子の口数は増えていった。相手は必ずカプセルの中のミイラで、他には誰の姿も確認できなかった。


『――私が……あなた様の……………となります。もう少し、待っていてください』

 次第に狂気に包まれながらも、夜子の話口調は明るく変化していった。ここまでの日数はたったの一週間ほどで、人の印象が変わるにはあまりにも早すぎる時間だった。


「……何だか、気味が悪いです。このミイラと一緒にいるせいかおかしくなってますよ」

「動画だから断定はできないけど、ミイラが特殊な脳波でも発しているかもしれないね。何度も会う内にその影響を受けたとか、あり得ない話ではないと思うよ」

「監視カメラで見てたってことは、夜子さんの異変に気づいている人がいたはずですよね? だったらどうして……」

「――あるいは、この変化を見るために夜子ちゃんをここに連れてきたのかもしれないね」

 

 さらに動画を進めていくほどに、夜子は酷く狂い始めた。表情は支離滅裂な狂気を浮かべ、カプセルの先にいるミイラにブツブツと話しかけていた。

 もはや見るに堪えない。そう桜花も野乃も思っていたが、どちらからも動画を止めようとは切り出さなかった。おかしくなっていく夜子を見ている内に、自分自身が画面の中にいるような錯覚に囚われ始めた。


『――おいで、あなたたちもこっちにおいでよ』

 その声は夜子が発したものか、ミイラが発したものか、幻聴かすらも分からなかった。


 いつの間にか桜花も野乃も言葉を失い、ぼぅっと動画を垂れ流し眺めていた。

 次第に二人の目からは光が消え、画面の細かな動きを目で追い続けていた。次第にミイラが迫ってくる感覚があり、まるで焦がれるかのように胸が熱くなって心臓がドクンドクンと鼓動を始めた。


『――あなたたちも、いっしょになりましょう?』


 もっともっと声が聞きたい。そう無意識に渇望していると、二人は身体に触れる感触に気づいた。

 いつからか桜花の手を107が不安そうに引き、野乃の頬を102の枝がぐっと押していた。そしてそれを理解した瞬間、野乃は急いで開いていた動画を消した。


「…………これは、さすがにヤバいね。桜花ちゃんはどう思った?」

「……正直に言うと、もっとあのミイラを見たいって思いました。でも同時に、これ以上この動画は見ちゃいけないって感じました」

「――同感だね。ただの動画なのに脳へと左右するとは驚きだよ。こういうのは呪いって言うのかな。まさかこの私が、オカルト的な力の存在を信じることになるとはね。いや参った」


 野乃はガクリと机にひじをつけ、寄り添ってきた枝に寄り掛かった。桜花は床に膝をつき、胸中に渦巻くもやもやした感情を消すために107を抱きしめた。

 動画を通して得た情報はあまりにも少なかったが、一つだけ見逃せない真実があった。野乃はそれを深く考え、自分の心に刻むように呟いた。


「…………夜子ちゃんが人懐っこくなったのと、狂い始めた時期は一致している。推測ではあるが、これはたぶん……」

「ミイラに洗脳されたってことでしょうか? 私はあり得ると思います」

「うん。確証はないけど、たぶん当たりだろうね。そして何の証拠もないけど、彼女は今回のパンデミック発生に一番関わっているはずだよ」


 同じ映像を見た者として、桜花と野乃は同じ答えを得ていた。すぐにその事実をシゴロウや他の研究員に伝えるべきか話し合っていると、机に置かれた電話からルルルと呼び出し音が聞こえてきた。


「……たぶん下層からだね。シゴロウ君に頼んでいた奴が見つかったのかな?」

 野乃はぐっと手を伸ばし、受話器を取って耳に当てた。そして聞こえてきた声に落ち着いた表情を崩し、驚きのまま桜花へと視線を向けた。


「えっと、どうしました? 野乃さん」

「……七階層でパンミックが発生したようだ。電話の相手は私の副リーダーで、ゾンビの方はシゴロウ君が対処にあたっているらしい」

「――パンデミックって、隔壁が破られたんですか?」


 桜花の問いかけに、野乃はゆっくりと首を横に振る。そして告げたパンデミックの原因は、禁域から脱走した最後の『デンジャー』、管理番号104『寄生者』の名だった。


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