第三十話『桜花と野乃』
シゴロウは桜花を六階層に残し、男性の研究員と二人で下へと降りた。
目的地は七階層にある資料館で、そこにあるデータをいくつか持ってきて欲しいと野乃に頼まれていた。通常ならば即答で断るところだったが、シゴロウとしてもゾンビ因子の元となる存在を知りたかったので受け入れた。
「……貴様は知りたくないのか? あの時六階層にいたのだから、話の内容はおおよそでも分かっているのだろう?」
そうシゴロウが質問したのは、ここまで案内役をしてくれていた副リーダーともいうべき立場の研究員だ。
「興味がないと言えば嘘になります。ですが藪蛇をつついて職を失うわけにはいかないので、必要以上に踏み込まないと野乃リーダーにも伝えました」
「……あいつの部下とは思えん実直さだな。見ても黙っていればいいだけだろうに」
「隠し事が苦手なんですよ、生まれつき。野乃リーダーにもそこを評価されて補佐を任されましたから。一度断ったからには、その意思を貫き通そうと思っています」
副リーダーの声には絶対に揺らぐことのない信念が見えた。シゴロウはそのまっすぐな考えに敬意を払い、これ以上ゾンビ因子について話さないことに決めた。
(……ふっ、あいつも良い部下を持ったな)
それから人気の少ない消灯された通路を歩き、シゴロウたちは資料館前に着いた。
ここまでスムーズな道のりだったが、油断を狙うかのように通路から足音が聞こえてきた。とっさに身構えるシゴロウと副リーダーの前に現れたのは、心ここにあらずといった様子の主任だった。
「……おぉ、見回りご苦労。それでは……な」
シゴロウの存在に気づかなかったのか、主任は何も言わず通り過ぎていった。副リーダーも予想外だったようで、去っていく主任の姿を目で追っていた。
「……何でしょう? あれだけ騒いだから疲れたのでしょうか?」
「分からんが、今の様子は気掛かりだな。そういえばデンジャーに対して何か対策はしているのか?」
「そちらは六階層のメンバーが主導で進めています。重装騎士の方は隔壁の補強で対応し、寄生者は各部屋の通気口に有効な忌避成分の薬品を塗っているところです。色々あって、まだ全部回れてませんが……」
「色々? ……あぁ、どうせ主任が邪魔したのだろう?」
シゴロウと研究員は話をしつつ、目的地である資料館へと入っていった。
…………シゴロウが資料館へと向かうのと同時刻、桜花は107と共に六階層に残っていた。野乃の指示と指導の下で植物の世話をし、雑談を交えて交流を深めていた。
「……凄い人だとは思ってましたけど、シゴロウさんってそんなに有名だったんですね」
「あぁ、彼はこの研究所でもトップクラスに功績を残した人物さ。正直死んだと聞いた時は驚いたよ。あれだけの人物を失うのは人類とっても大きな損失だからね」
「医療も寿命も、欠かせないものばかりですもんね」
そんな話をしていると、107がシゴロウの名を聞きつけて近寄ってきた。桜花がシゴロウを褒めていたのだと教えると、107は自分のことのように喜んでドンと胸を張っていた。
野乃はその光景を微笑ましく眺め、桜花へと一つ質問をした。
「107に起きた変化だが、君は何が原因か知っているかい? あぁもちろん。シゴロウ君に話すなと言われているのならいいよ。その場合は直接聞き出すとするから」
「えっと、私は詳しくないですし、合っているか分からないけどいいですか?」
「いいよ、話の精査はこっちでするからね」
「狼男を倒したあと、107ちゃんがその死骸を食べていたんです。そしたら頭に獣の耳が生えて、骨折していた左腕も治ってました」
桜花の話を聞き、野乃はふーんと呟いて虚空を見つめ始めた。微かに漏れて聞こえる呟きは専門用語満載で、桜花には何一つ意味が分からなかった。
手持無沙汰になり107と遊んでいると、桜花はたくさんの機械が置いてある一室を見つけた。中には何度か見たドローンの他に、シゴロウと桜花を強引に七階層に運んだドラム型のロボットも置いてあった。
「野乃さん。この機械たちも研究所で管理してるものなんですか?」
桜花が質問すると野乃はハッと顔を上げ、ゆっくりとした足取りで近寄りながら返事をした。
「それはほとんど私の趣味だね。壊れた掃除ロボットや警備ロボットをいじっていたら、いつの間にかそんな数になったというわけさ」
「他の研究員の方も、やっぱり機械に詳しかったりするんでしょうか?」
「いや、そんなことはない。私が物好きなだけだよ。個人的には語り合う相手が欲しいとこだけどね」
「なるほど……って、これってもしやパワードスーツとかいう奴ですか?」
そう言って桜花が指差したのは、特殊繊維と金属で構成された鎧服だ。
パワードスーツは主に荒地や放射能汚染などが酷い地域での使用を想定したもので、着用者の被爆を防ぎつつ機械のアシスタント力で重い物を持つ作業などを可能にする。
反面動きが遅くなりがちで、創作物などのような戦闘には向かない。だが桜花が頭に浮かべたのは映画などで使われていた戦闘用のもので、目を微かに輝かせてパワードスーツを眺めていた。
「……君みたいな女の子が、そんな機械に興味を示すのは珍しいね」
「兄が好きだったんです。私も子どもの頃から映画やアニメに触れていたので、自然と銃とかロボットとかに詳しくなっちゃいました」
「映画やアニメか、私もいつか見てみたいものだ。君の兄は妹に英才教育を施したわけだ。素晴らしいね」
野乃の兄に対する素直な称賛に、桜花はえへへと照れ笑いした。そして照れ隠しついでにパワードスーツを指差し、今着ることはできるのかと質問をした。
「いや、残念だが無理だよ。それは君みたいな子じゃ絶対に動かせない」
「えっと、操作が複雑だからですか? あっ、そもそも身長が足りませんね」
「それも理由の一つだけど、違うんだよ。実はそれ元々運搬用だった奴なんだけど、私が強引に戦闘用に改造した奴でね。経費で落とした部品でアレコレするのは楽しかったけど、誰も動かせない代物になってしまったのさ」
野乃はパワードスーツに手をつき、やれやれと言葉を続けた。
「もし君や私がこれを着れば、ものの数秒で奇怪なオブジェが出来上がってしまう。屈強なマッチョに使わせても、数分で全身の骨を折って病院送りさ」
「……そんな危ない物、なんで置いてるんですか?」
当然ともいうべき桜花の疑問に、野乃は自信に満ちた声で応えた。
「――なんでって、かっこいいだろう。君は嫌いかい? 選ばれし者だけが使える装備とか?」
「…………確かに、悪くないと思います」
「うむ、うむ。分かってくれて嬉しいよ」
桜花と野乃は意気投合し、ロボットについて色々と語り合った。すると壁から一本の枝が伸びていき、野乃の頬をぐっと押して存在をアピールした。
「ごめんごめん。もちろんロボットより、私は君の方が大好きだよ」
「野乃さんと102さんって、シゴロウさんと107ちゃんみたいですね」
「フフフ、そう言ってもらえると嬉しいね。最初は私も困惑したけど、今では我が子のようなものさ。もし良ければ、桜花ちゃんもこの子の世話をしてみるかい?」
「えっ、いいんですか?」
それから二人で102の世話をしていると、六階層全域にピピピとアラーム音が鳴り響いた。
野乃は表情を急に真剣なものに変え、一人でパソコンの方へ歩いていった。そしていくつか操作を行った後、桜花に近くまで来るよう促した。
状況を理解できない桜花だが、呼ばれるままパソコンの前に移動した。画面に映っているのは特殊な形式で解凍されたファイル群で、野乃はキーボードに何かを高速で打ち込んでいた。
「――よし、これで準備は完了だ」
「野乃さん、ここにあるデータは何ですか?」
「私のパソコンに取り込んでいたゾンビ因子に関するデータさ。たった今セキュリティプログラムの解析が済んでね。これでいつでも、ゾンビ因子の謎を解明することができるってわけ」
「へぇ……って、あれ? その話しぶりだと、野乃さんはまだ中身を見てないんですか?」
シゴロウへの口ぶりでは、すでにデータを隅々まで調べ終えたようだった。実際にそう思ったからこそ、シゴロウは野乃を外に連れて行くと了承したのではと桜花は考えた。
「フフフ、見てない見てない。あれはただのハッタリさ。このデータをメインサーバーの最深部から取り出したってのは本当だけどね」
「どうしてそんな嘘みたいな言い方を?」
「ほら、あぁ言っておかないと、中身が微妙だった時取引にならないだろう?」
野乃は一切悪びれることなく、いたずらをした少女のように笑っていた。
(ずっ、ずるい大人だ……)
桜花はシゴロウが言った「食わせ者」という意味を、改めて理解して胸に刻み込んだ。
そうして野乃は視線を戻し、また画面を操作し始めた。桜花は作業の邪魔にならないよう離れるが、野乃は「待ちたまえ」と言って桜花を引き留めた。
「私のロボットたちを褒めてくれたお礼だ。一緒に見ないか?」
「……でも、シゴロウさんが来てませんし」
「別に先でも後でも同じだろう? それに、君も早く知りたいんじゃないかい?」
桜花の返事を待たず、野乃は淡々とパソコンを操作していく。桜花はシゴロウへ心で謝罪をし、好奇心に勝てず画面を覗き込んだ。
「ほぅら、これで……終わりだ」
カチッと動画ファイルをクリックした瞬間、画面には薄暗い一室がノイズと共に表示された。映像には時刻や日付が記されており、監視カメラから撮ったものだと示していた。
再生したファイル名は暗号化されていたが、そこにはこう書かれていた。
――管理番号000番、危険度『ナイトメア』。コードネーム、『星ノ人』と。




