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第二十九話『107と102』

 野乃の拳銃の銃口は、シゴロウではなく桜花の方へ向けられた。そして引き金が引かれようとした瞬間、天井からバガンと大きな音が鳴り響いた。

「――っ! があぁぁぁぁ!!」


 通気口の蓋を破壊し現れたのは、桜花を守るため動いた107だった。107は怒りの形相を見せて真下の床に着地し、一気に駆けて銃を持つ野乃へと向かっていった。

「……ほう、この子は107か。相変わらず元気がいい子だね」


 しかし野乃は避けようともせず、距離を詰めてくる107を観察していた。桜花はとっさに107を止めようとするが、声を掛けても107は止まらない。

 そして野乃目掛け鋭利な爪が振るわれる瞬間、107は唐突に空中で制止した。


 勢いをつけて跳んだ107を止めたのは、部屋全体に伸びていた木々だ。枝はまるでツルのように107の手足を拘束し、暴れる身体を強引に押さえつけていった。

「がう!? がぁうあああぁぁぁ!!」


 107は驚愕しつつも動きを止めず、絡みついた枝を力任せに引きちぎった。だが暴れれば暴れるほどに枝が密集していき、107は対抗するためさらに力を振るう。

 幾重にも覆い重なる枝と葉を、107は的確に爪と足技を使って破壊し続けた。


 徐々に木々の動きが鈍くなり、ついには107を抑えきれなくなる。野乃はここで初めて余裕な表情を崩し、怪力を振るう107を畏怖して見つめた。

「もういい、そこまでだ! 107!」


 シゴロウが声を掛けると、107はハッと正気に戻った。そして周囲の枝を足場にして跳び、シゴロウと桜花のすぐ近くまで滑り込むように後退してきた。

 逃げた107を追うように枝が伸びていくが、その動きは途中でピタリと止まる。制止させたのは注射器を持った野乃で、すぐ近くを通る枝に針を刺していた。


「よしよし、いい子だね。もう大丈夫だから、ゆっくり休むといい」

 野乃が子をあやすように呼びかけると、枝はスルスルと元の位置に戻っていく。その異様な光景を桜花は呆然と見つめ、シゴロウはやれやれとため息をついた。


「分かったか、桜花? これが管理番号102、『死霊樹』の姿だ」

「……あっ。すでに見られているって、こういうことだったんですね」

「あぁそうだ。ちなみに入室時に水やりをやったのもそれ関連だ。102は外敵となる者を攻撃する性質がある。ああして敵意はないと示さなければ危険というわけだ」


 言いながらシゴロウたちは視線を野乃に向けた。野乃は手元で銃をクルクル回し、掴み直して虚空にトリガーを引く。するとポンという軽い音が鳴り、中からは日本国旗を模した旗が姿を現した。


「……それ、偽物だったんですね」

「フフフ、驚いたかい? 外側は本物そっくりに作ってあるから、しっかりと騙されただろう。まぁ、シゴロウ君は分かっていたみたいだけどね」

「当然だろう。指摘しようとしたが、予想以上に107の反応が早くて間に合わなかっただけだ」


 偽物の銃とシゴロウの言葉を聞き、107は「がうぅ……」としょんぼりした。気が立っていたからか獣耳が生えており、ペタンと垂れて悲壮感を漂わせていた。

 なぐさめようとシゴロウが手を広げるが、107は無視して桜花の膝へと移動していった。その光景を見てシゴロウはショックを受け、完全に思考が止まってしばらく制止した。


「……シゴロウさん、何だか悲しい顔をしてますよ」

「なるほどこれが娘に嫌われた父親の顔か、興味深いね。107が反抗期にでもなったら、部屋の隅で膝を抱えていそうな残念さだね」

「………………何を言う、107は俺を嫌いになどならん」


 若干の不安と共に頭を撫でようとするが、107は桜花に抱かれたままプイと顔を背けた。そしてその光景を見た瞬間、シゴロウはショックでまた数秒意識を失った。


 それから時間を掛けて107と仲直りし、伸びきったカップラーメンを食べ、飛び散った葉を片付けてからシゴロウたちは再び席についた。

 話の中心となったのは七階層までたどり着いた本来の経緯で、シゴロウたちは107と力を合わせてここまで来たのだと説明した。


「……以上が、俺の知っているすべてだ。107の存在を隠していたのは悪かったが、そう簡単に言えるものではないというのも理解して欲しい」

「なるほどね。確かにそれなら納得できる。……できるが、うーん」

「なんだ、まだ気になることでもあるのか?」


 シゴロウが嫌悪感を示して言うと、野乃はじっと探るような目をして話を続けた。

「まだ隠していることがあるんじゃないかい? 今のメンバーと武器と幸運を合わせても、狼男を倒すにはまだ足りない。圧倒的な戦力差を埋めたのは……一体何かな?」

「考えすぎだ。お前が思っている以上に、俺たちが幸運だったというだけだ」

「……そうかい。まぁ、今回はそれで納得するとしよう」


 野乃はフフフと微笑み、取り調べともいうべき会話を辞めた。

 シゴロウは半ゾンビ化と特異能力ともいうべき未来予知がバレなかったことに安堵し、深い息をついて背もたれに身体を預けた。

 ふと視線を横に向けると、桜花は膝の上に乗った107とじゃれて遊んでいる。野乃はそれをゆっくり眺めてからシゴロウに話しかけた。


「大したものだね。あれほどシゴロウ君意外に懐かなかったのに、桜花ちゃんとはまるで親友のようじゃないか。素晴らしいね」

「ふっ、107は賢いからな。本当に仲良くすべき相手が分かるというわけだ」

「……親バカの自慢はさておき、実際に知能も以前より向上しているように見える。特に身体を抑えているわけでもないのに、私に襲い掛かってくる気配もない」


 そっと野乃が手を近づけると、107は即座に威嚇した。「これ以上近づけば食う」という意思が感じられ、野乃は軽く謝罪さながら引き下がった。


「……さて、そろそろ別件の話をしよう。実は私個人として、君たちに依頼したいことがあるんだよ」

「……依頼だと? わざわざそんな話をするということは、間違いなく厄介ごとの類ではないのか?」

「まぁ、おおむねその認識で合っているよ。ただこの件は私の部下じゃ無理でね。どうしてもこの研究所から出ていく部外者じゃないと駄目なのさ」


 シゴロウが伝えるまでもなく、野乃は外に脱出する計画を見抜いていた。シゴロウは忌々しい目を向けるが、あえて否定することなく「早く本題を言え」と会話を促した。

 野乃はコクリと頷き、これまでで一番真剣な眼差しをして言葉を紡いだ。


「実を言うとね。パンデミック発生時に、管理AIのセキュリティが弱くなった瞬間があったんだ。私は好奇心からハッキングをかけ、何とメインサーバーの最深部へとアクセスしてしまった」

「最深部だと? ……まさか」

「うん、ご明察。私が手に入れたのは、これまで秘匿され続けていたゾンビ因子の回収元のデータさ」


 その言葉に桜花すら驚き、緊張の空気が流れた。そして野乃はコホンと咳ばらいをし、テーブルに身を乗り出してシゴロウたちへの依頼を告げた。


「――これを見せる代わり。君たちが研究所から脱出する時に、ぜひ私も同行させて欲しい。どうかな?」


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