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第二十七話『小さな身体』

 107は通気口のはめ込み式の蓋を外し、這い出るようにして隔離部屋へと降りてきた。シゴロウは落ちてくる軽い身体を受け止め、そのままギュッと力強く抱きしめた。

「……よく無事だったな、もう二度と会えないかと思ったぞ」

「がうっ、がぁう。シゴロ、すき」


 107はスリスリと頬を寄せ、シゴロウに柔らかい声で甘えてきた。

 改造ゾンビである107の肉体はすでに死んでいて、体温はほとんど無く冷たいほどだった。だけど触れ合うほどに胸の奥が温かくなり、シゴロウはどれほど自分が107に依存していたか改めて気づかされた。


(107がいなければ、俺などとっくの昔に野垂れ死んでいただろうな)

 もう二度と離すまいと誓い、抱きしめたまま107の頭を撫でた。107は気持ちよさそうに目を細め、お返しとばかりにシゴロウの頭を小さな手で撫でた。


 それからシゴロウは107をベッドに座らせ、外傷や体調に問題がないか診察した。特に異常のようなものは見受けられず、シゴロウは安堵して肩の力を抜いた。


「重装騎士を追ったあと、107はどこに行っていたのだ?」

「……? がぅおぅがし?」

「重装騎士、だ。俺たちが戦った敵の中に、やたら固い奴がいただろう?」


 自分の腕をコンコンと叩くようにして固さをジェスチャーすると、107は理解したように拳で手のひらをトンと打った。

「がーがぅ、がーがががう」


 107は意味不明で可愛らしいジェスチャーをいくつか見せ、最後に指を下の方に向けた。シゴロウはそれらの動きを頭の中で組み立て、おおよその状況を推察した。


「つまり重装騎士は、107との戦闘のあと再び九階層へ下りていったということか」

「がうっ!」

「なるほど、情報感謝する。改めて、一人にしてすまなかったな」

 ポンポンと頭を撫でてやると、107は「くきゅぅ」とご満悦な息を漏らした。


 しばらく会話しながら107と過ごし、シゴロウはほどほどの所で離れた。そして机にあったメモ紙に一つの文章を書き、それを近寄ってきた107に手渡した。


「もし桜花の位置が分かったのならそれを渡してくれ。入れそうにない部屋だったのなら、無理せず戻ってくるといい」

「がうっ、りょ!」

 ビシッと敬礼ポーズを取り、107はシゴロウから預かった手紙を口にくわえた。

 

 そうして107はピョンと大きく跳び、幅がギリギリの通気口に戻っていった。少し経つと這う音が聞こえなくなり、シゴロウはひと安心だと机に座り込んだ。

(……人に見つかるなと忠告し忘れたが、わざわざ通気口を通っているということを考えると、107もある程度状況を理解しているのだろう)


 あえて言い含めなくても、107が人前に姿を現すことはなさそうだ。通気口を通ってくるなどまったく予想外だったが、嬉しい誤算だと内心で喜び微笑んだ。

(ふっ、107め。映画の役者みたないことをよく思いついたものだ)


 地下研究所は深さ的に多量の空気を必要とするため、通気口は少し大きめに造ってある。大人などはどうあがいても通ることができないが、107のような背丈ならギリギリいけるようだ。

 詳しい構造はシゴロウとてさすがに知らないが、通気口がフロア全域に広がっているのは確実だ。預けた武器の位置が分かれば、緊急時に107にお願いして回収することも可能と考えた。


「待っている間に、桜花に渡す七階層の見取り図をまとめておくか」

 シゴロウは記憶を探り、七階層の構造をメモ紙に描いていった。

 もしゾンビが侵入してきた時のことを考え脱出ルートを書き加えていると、天井からスリスリと音が聞こえてきた。


 手を止め待っていると107は蓋を開けて顔を見せ、クルッと一回転して床に降り立った。

「がうっ、シゴロ。きた」

「ご苦労、桜花は見つかったか?」

「がぁう! おーか、いた!」


 そう言って107は手に握った新しいメモ帳を渡してきた。

 受け取って中を見てみると、そこには桜花らしい丸っこい文字で無事を知らせる返事が書かれていた。


『シゴロウさん、こっちも大丈夫です。今はすることもないのでベッドで休んでました。107ちゃんが来た時は驚きましたけど、本当に嬉しかったです。それと、あの件については了解しました。私の方でもバレないように注意します』


 あの件というのは、107を桜花の護衛につけるというものだ。状況次第では別行動になりそうで、自衛手段を持たない桜花の身を案じてのものだ。

 ここまで関わった以上、シゴロウは桜花を絶対に外まで守りきると決めていた。いくらか話したことがある同僚より、一緒に死地をくぐり抜けてきた桜花の方が大切だった。


 待機している107に護衛について説明すると、納得したように「がう!」と胸を叩いた。そして身体をストレッチのように動かし、107はまた通気口まで跳んで姿を消した。


「……徘徊しているデンジャーについて言づてもしたし、これで今日やることは済んだな」

 シゴロウは机から離れ、ベッドにドカリと横たわった。すぐにこれまでの疲れが押し寄せ、抵抗虚しく意識は深いまどろみの中へと落ちていった。


 

 …………シゴロウと桜花が疲れて眠りについた頃。七階層に造られた来客用の豪華な部屋の中で、主任は苛立ちを抑えられずウロウロと歩き回っていた。

「…………あいつが生きているなどありえん。あのお方の銃によって、間違いなく腹を撃たれたのだぞ。どうして、どうやって生きている?」


 シゴロウの言った「よみがえった」という言葉の意味を、主任は何度も何度も考えていた。頭に渦巻くのは不安からくる黒い感情で、自然と声や手が震えていた。

「まさか、この私を殺しに来たのか? ……だとするならば、早急に対処せねば」


 主任は唐突に足を止めたかと思うと、目を見開いて重く低く声を呟かせた。

「……また殺すべきだ。どれほど説明をしても他の者が動かぬのなら、この手で葬る必要がある。これは生き残った者たちを守るため、私がやるべきことなのだ」


 主任は机の引き出しを開け、装飾まみれのゴツイ拳銃を取り出した。そして中に弾が入っているのを確認し、フゥフゥと息を荒げさせて部屋の外へと歩いていった。

「…………ん?」


 扉に手を掛けたところで、天井からカサカサと物音がした。主任はネズミかと思いドアノブを捻ろうとするが、聞こえてくる音は徐々に大きく近づいていた。

 気になって通気口まで近づくと、格子状の蓋の先に揺らめく影が見えた。それが何かと覗いた瞬間、一瞬の間に蓋が壊れて細い肢体の生物が飛び込んできた。


「ひっ!? がっ、ぐががっがががはhgさぎゃ!!??」

 管理番号104『デンジャー』、通称『寄生者』は暴れる主任の口にヌルリと入り込んでいく。その後主任はしばらく意識を失って痙攣し、十分ほどしてゆっくり身体を起こした。


「……はて? 銃なんか持って、私は何をしようとしていたのだ?」

 数分ほど記憶を思い返していると、主任は大切なことを思い出した。そしてスッキリとした表情で立ち上がり、うつろな目でこれからすべきことを宣言した。


「――そうだ、殺すべきだ。シゴロウだけでなく、この研究所に生き残っている人間すべてヲナ」


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