第二十六話『頭上からの声』
シゴロウたちは研究員に連れられ、七階層へと足を踏み入れた。
入ってすぐの部屋は広間となっており、中には十数人ほどの研究員がいた。戻ってきた者たちを迎え入れる者がほとんどで、シゴロウと桜花も温かく声を掛けられた。
「よく無事だったな。もう下には誰もいないかと思ってたぜ」
「怪我は無いのかい? あの地獄をどう切り抜けてきたんだ?」
「もう、疲れてるだろうし話を聞くのはあとにしませんか」
感染の可能性があるので一定の距離はあったが、近づいてきた者たちに嫌がる雰囲気はなかった。あくまで近くの者だけで遠目から忌々しそうに見ている者はいたが、仕方ないと割り切ってシゴロウは目線を外した。
「シゴロウさん、とりあえず一安心ですね」
「……107を置いてきたのが気掛かりだがな。どうにか戻る方法があればいいのだが」
「さすがに、ここには連れて来れませんしね……」
シゴロウたちを探し八階層を彷徨う107の姿を思い浮かべ、早い内に下へ戻る方法を見つけようと考えた。
それから七階層奥にあるという隔離部屋まで案内されていると、通路の先からやけに偉そうな声で会いたくなかった人物が姿を現した。
「――ふん、お前たちが生存者とやらか。私の管理下で急にゾンビ化して暴れられては困るからな。安全が分かるまで厳重に隔離しておけよ。まったく」
声の主はシゴロウを嫌っていた『主任』で、虫の居所が悪そうに文句を言っていた。まだ研究員の後ろにいるシゴロウの存在に気づかず、ペラペラと余計なことを喋り続けた。
「……まぁいい。今回のパンデミックを起こした大罪人は死んだ。私はずっと懸念していたのだ、あのシゴロウという研究員は絶対に何かしでかすとな」
そこまで聞いたところで、桜花が反射的に前へ踏み出した。今の話から喋ってる相手が兄の仇だと察したようで、眼差しに怒りを浮かばせて主任を睨んでいた。
「んん? 何だ貴様は、この研究所の者じゃないな?」
「………今の話、本気でおっしゃってるんですか?」
「言っている意味が分からんが、パンデミックの発生原因のことならそうだ。事件を起こしたのはシゴロウという研究員で、我らは奴の暴虐に巻き込まれた。何の罪もない、被・害・者なのだよ」
わざとらしい口調に桜花はついに怒った。衝動に任せて動き出そうとするが、寸でのところで案内役の研究員が二人の間に立ち荒れた空気を一旦落ち着かせた。
「主任、彼らも疲れています。今日はこれぐらいで構いませんね?」
「仕方ない。……と言いたいところだが、その生存者の少女は怪しいな。ゾンビの群れを生き延びる術を持っているとも思えんし、今の態度といい何か隠し事をしてるかもしれん」
主任はずいと近づき、桜花へと手を伸ばした。そして指が髪を掴む寸前に、シゴロウは横から割って入って逆に腕を力強く掴み取った。
「…………ふん、元気そうで何よりだな。だが少しおいたが過ぎるのではないか? 無罪の被害者よ」
たっぷり皮肉と威圧を込めて言うと、主任は顔をさっと青くした。まるで亡霊か何かでも見たかのように震え出し、息を荒げてシゴロウから後ずさった。
「――なっ、なぜお前が生きている!?」
「……よみがえったのだよ、地獄の底からな」
それからシゴロウと桜花は一旦別れ、生存者用の隔離部屋へと入れられた。
耳を澄ますと扉二つ分奥から主任の「殺せ」だの「危険」だのわめく声が聞こえ、シゴロウは案内役の研究員と顔を見合わせて肩をすくめた。
「……あれの世話をするのは大変だろう?」
「ですね。七階層と六階層は野乃リーダーの管轄なのに、立場が上なのは私だから指揮をさせろと言って聞かないんですよ。適当にあしらってはいますが、ストレスが大きいです」
「心中察する。だが状況を見るに、大多数の人間はアイツに従っているのだな?」
「もちろん、ここにいるのはほとんどリーダー管轄の者ですからね」
その話を聞き、シゴロウはとりあえず安心した。場合によっては主任の一存で、シゴロウだけでなく桜花も処分される可能性が高かったからだ。
(……後で桜花と話をせねばな。下手に目立って悪い噂を立てられては、救助が来ても取り調べなどで帰れなくなるかもしれん。それは夢見が悪すぎる)
そんなことを考えつつ、シゴロウは去って行こうとした研究員を引き留めた。話す内容は一向に姿が見えない『夜子』のことで、返ってきた言葉は意外なものだった。
「夜子さんですか? 彼女は確か休みだったので、パンデミックに巻き込まれない上層階にいるはずですよ」
「…………上層階だと?」
「はい、明日の実験参加リストに入っていたので覚えていました。詳しいことまでは存じませんが、今回の件には巻き込まれていないかと思います」
その言葉に納得の返事をし、シゴロウは研究員と別れ隔離部屋へと入った。そして扉近くに誰もいないのを見届け、用意されていたベッドの上で今の話の意味を深く考えた。
(……夜子は研究所の下層にはいなかった。となればどうやって、107が冷凍処分されることを知ったのだ?)
事前に知っていたのだとするのならば、あのタイミングで連絡してくるのは不自然だ。
ならば知人経由で直前に情報を得たというのがしっくり来るが、シゴロウの勘がそれは間違っていると告げてきていた。
しばらく思考を巡らせるが、現時点での情報では推測止まりにしかならない。身体に疲れも溜まっており、色々と諦めてベッドに横たわった。
「……情報収集は後だ。ひとまず今日は休むべきだな」
しかし考えるのを辞めると、今度は107の顔が頭に浮かんできた。隔離部屋に入れられている内は身動きできず、もどかしい気持ちで身体を右へ左へと傾けた。
そうして時間を潰していると、頭上の方でカタリと物音がした。音の出どころは天井にある通気口で、ネズミでもいるのかとシゴロウは視線を向ける。
「……何だ?」
ベッドから身体を起こして通気口を覗くと、暗闇の先に薄っすらうごめく影が見えた。警戒して身構えると、影からささやくような声が聞こえてきた。
「……がぁう。シゴロ、ここ」
格子状の通気口の先にいたのは、行方不明となっていた107だった。




