第二十四話『暗闇からの来訪者』
いきなりの停電により、辺りの状況が一切分からなくなる。本来なら切り替わるはずの緊急用電源も作動せず、八階層は完全な闇に包まれていた。
「シゴロウさん、どこにいますか!?」
すぐ傍で混乱した桜花の声が聞こえ、シゴロウはその方向に手を伸ばした。すると温かく柔らかな感触があり、「大丈夫か」と声を掛けてからぐっと抱き寄せた。
周囲を警戒しつつ下がり、シゴロウと桜花は近くの壁に背を預ける。息が感じられるほどの距離なのに、暗闇のせいで互いの顔が見えなかった。
「桜花、倉庫で回収していたペンライトがあっただろう? あれを使え」
「あっ、あのえっと、そこは……」
「……どうした、見つからないのか?」
「そっ、そうですね。ペッペンライト、どこにしまいましたっけ……」
突然の事態に混乱したせいか、桜花の声は酷く震えていた。ワタワタと焦る様子が伝わるが、桜花は何とかバッグからライトを取り出して点けた。
「……顔が赤い気がするが、具合でも悪いのか?」
「……そういうシゴロウさんは、何ともありませんね」
「まぁ、研究やら何やらで暗い場所には慣れているからな。だがさすがにこの状況では、俺も見た目以上に焦ってはいるが……どうした?」
落ち着いて話していると、桜花の表情は次第にムッとしたものに変わっていった。今の会話のどこに不機嫌になる要素があったか分からず、シゴロウははてと疑問を浮かべた。
「……もういいです。それより早く、ここから動いた方がいいんじゃないですか?」
「うむ、同感だ。少なくても安全な場所を見つける必要があるな」
「…………セクハラ」
桜花は何かボソッと呟いたが、声が小さすぎて上手く聞き取れなかった。すぐに聞き返そうとしたが、直感で怒られる予感がしてやめた。
それからシゴロウと桜花はライトの明かりを頼りに、八階層の通路を進んでいった。
姿を消した107を何度も呼ぶが、どこからも返事は返ってこない。それでも名を呼び歩いていると、シゴロウはこの階層で起きている不可解なことに気づいた。
(……物音がほぼ聞こえないだと? この階層にもゾンビはいるはずだが)
通常のゾンビは暗闇で動きが遅くなる性質があるが、こんなに声を発している者がいれば部屋越しからでも一体二体は確実に動き出すはずだ。
桜花もシゴロウの疑問を察したようで、不安そうに辺りを見回していた。
まるで巨大な生物の腹の中にいるような不気味さがあり、今にも物陰から飛び出してくるのではないかと心が焦る。一刻も早くここを抜け出したかった。
警戒をしつつ八階層のメイン通路を進んでいると、道の先が机や棚などで塞がっているのが見えた。ただ置かれているのではなく人為的に作られたバリケードで、そのすぐ前には頭部を破壊されて倒れているゾンビが複数いた。
「シゴロウさん、これって?」
「あぁ、ゾンビの状態も新しい。となればついさっきまで、ここを守っていた者たちがいたのだろうな」
試しに声を掛けてみるが、バリケードの先からは誰の声も聞こえなかった。ゾンビ化して彷徨っている感じでもなく、隠れているような気配も感じられない。
「…………分からんが、進むしかあるまい」
バリケードは複雑な形状をしており、このまま通るのは難儀しそうだった。シゴロウはフロアの形状を記憶の中から探り、八階層へと続く道を脳裏で繋げていった。
そして改めて歩き出そうとした瞬間、どこからか聞き覚えのある遠吠えが聞こえた。それは107でも重装騎士でもなく、禁域に封じられていたある改造ゾンビのものだ。
「……なるほど、確かにこの暗闇なら動けるだろうな」
声の主は管理番号68番『アラート』、『蜘蛛男』。その性質は暗闇での異常な攻撃性と敏捷性で、状況によっては『デンジャー』レベルに危険な存在だ。
まだ音は離れていたが、鳴き声は時間が経つごとに近づいてきている。あと数分でもすれば八階層までたどり着き、シゴロウと桜花へと攻撃を仕掛けてくるはずだ。
「――桜花、走るぞ!」
「はっ、はい!」
シゴロウは桜花の手を取り、脳内のマップ通りに暗闇を駆けた。だが進んだ先にはいくつものバリケードや鍵の掛かった扉があり、中々八階層の奥には進めなかった。
次第に床や壁を這いまわる音が聞こえ、シゴロウたちのすぐ近くまで迫ってきた。開いた扉の中に入り先へ進むと、少し遅れて後ろから通った扉が破壊される音が聞こえてきた。
「――来たか」
振り返ると暗闇の中には、ぼうっと赤い光が揺らめいていた。シゴロウは『アラート』相手でも未来予知が使えることに一瞬安堵するが、光はあまりにも薄く油断すれば見失ってしまいそうなほどだった。
シゴロウは桜花を背後に起き、しゃがんで命中させやすいサブマシンガンを構えた。相手は位置がバレているとも知らず、足音を消してゆっくりと近づいてくる。
接近に合わせて発砲すると、弾は狙い通り蜘蛛男に命中してくれた。暗闇のせいでどれほどの深手かは分からなかったが、ギャアギャアと痛みに悶える叫び声が聞こえてくる。
追撃を加えようとするが、蜘蛛男はカサカサと這ってその場から逃げ出した。ひとまずの窮地を乗り越え息をついていると、また九階層側から音が複数聞こえてきた。
「……これは、困ったものだな」
正確な数は分からなかったが、とても対処できる数ではなさそうだった。桜花の手を取って八階層の奥へとさらに進んでいくが、やはり道はどこも封鎖され通れない。
忌々しさを感じていると、どこからかブゥンというプロペラ音が聞こえてきた。音の方向に顔を向けると、小型のドローンが光を点滅させて近づいてきた。
ドローンはシゴロウたちの前で止まり、顔を確認するように機体下部につけられたカメラを寄せてくる。少しするとスピーカーを通し、低い声の女性が話しかけてきた。
『……おやおや、これは驚きだね。死んだと聞かさせていたが、まさか生きていたとは』
その声を聞いた瞬間、シゴロウは厄介そうに眉を寄せた。スピーカーの先にいる相手はシゴロウが苦手とする人物で、可能であれば関りを持ちたくなかったからだ。
『また会えて嬉しいよ、シゴロウ君。それでどうする? 助けが必要かい?』
「見れば分かるだろう。さっさと七階層まで誘導しろ」
『元上司にお願いする態度ではないね。……まぁいい、死にたくなければこのドローンの後を追ってくるがいい。歓迎するよ』
そう言うとドローンは動き出し、八階層の奥へと進んでいった。シゴロウと桜花は点滅する光を追い、背後から迫ってくる脅威から逃げ出した。




