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第二十二話『九階層を出て』

 突如起きた107の変化を調べたかったが、ひっ迫した状況的に諦めるしかなかった。未だシゴロウたちは九階層すら出ていなく、下からも上からも脅威は近づいてくるからだ。

 念のため狼男の死骸を調べ、107が食べていた心臓部の肉片だけは倉庫にあった採取キットで回収した。


(……獣のデンジャーを食ったから107にその性質が移った。だがそれは人という……いや、この星で生きる生物としておかしな変化だ)

 容器の中に入った肉片を揺らし、シゴロウは改めてゾンビ因子とは何か考えた。


 研究所内での資料では、特定の生物から採取した細胞とされている。だが実際に研究で使われるものは加工済みの肉片で、因子を持つという生物そのものは誰も見ていない。

 明らかに不自然でシゴロウ自身ゾンビ因子について内々に情報を探っていた。


 最初は深い理由なく、単純に元の生物から調べた方が研究の効率が上がると思ったからだ。だが資料は曖昧なものばかりで、当時シゴロウより立場が上だった研究員すら回収元の生き物の詳細を知らなかった。


 研究員の立場で知れぬとすれば、残ったのは主任などの管理関係者となる。

 しかし、あの主任が口を滑らせることなく情報を秘匿できるかというのは怪しい話だ。恐らくだが詳細を知っているのは、研究所の創設に関わるような最上位の者たちだけとシゴロウは考えた。


(予定通り脱出を成功させたら、そこらへんを調べていくのも悪くないな)

 脱出した後の目的を一つ決め、今回はこれ以上深く考えないことにした。装着していたゴム手袋やマスクを外していると、背後から駆け寄ってくる桜花の声が聞こえた。


「――シゴロウさん、頼まれていた物を持ってきました」

 振り返って見ると、床にはいくつも黒いケースが置かれていた。そこにあるのは桜花に運ぶのを頼んでいた火器類で、中にはサブマシンガンやアサルトライフルやショットガンなど複数種類があった。

 

「……ずいぶんと数が多い。ゾンビ相手に戦争でも始めるつもりだったのか?」

 研究所の防衛用にしてはあまりにも数が多く、弾薬の種類もやけに豊富だった。


 すべての銃はケースに入ってはいたが、どれにも鍵が掛かっていない。入れ物となるコンテナを施錠したから良いとの判断なら、随分ずさんな管理だとシゴロウは考えた。

 引っかかるものは感じたが、疑問は頭の片隅に置いて本題に移ることにした。


「今回は桜花も武器を持った方がいい。使い方は教えたしサブマシンガンにするか?」

「うーん、私の力だとやっぱり重かったんですよね。たぶん置いて使わなきゃ、腕が揺れて狙ったところに当たらない気がします」

「なら拳銃か。カートリッジも新しい物があるし、俺が持っている奴を使うといい」


 シゴロウは拳銃とホルスターを外して桜花へと手渡した。桜花は緊張気味に装備し、抜いて構えてを繰り返して拳銃を撃つ練習をしていた。

「一応だが、下手に撃つとゾンビが集まるだけだから最後の自衛手段にしておけよ」

「ここから私の主人公的な活躍が……とはなりませんかね?」

「ならん、諦めろ」


 バッサリ切り捨てると、桜花はわざとらしく「酷い」と言って泣き真似した。ただの強がりかもしれないが、兄の死からわずかでも立ち直れたなら良かった。

 それからシゴロウが選んだ武器は、ここまで使ってきたサブマシンガンとごついショットガンだ。重量が増して動きが遅くなるが、威力の向上はここから必須だった。


(重装騎士に対してはこれでも効果は薄いが、ある程度のダメージは期待できる。弾を一撃の威力が高いスラグ弾に変えれば、あの装甲を砕くのも不可能ではない)

 用途別に弾を色々と回収し、一部はすぐ手の届く位置に装備した。残った物は新しく用意したバッグに詰め込み、シゴロウは一通りの準備を終えた。


 装備した武器を構えて使用感を試していると、桜花が一つの疑問を口にした。

「偏見かもしれませんけど、シゴロウさんって研究員なのに相当鍛えてますよね。武器を扱えているのもそうですけど、服の上からでも身体ががっしりしてますし」

「……ふむ、身体か」


 試しに上着をまくってみると、腹筋が薄っすらと割れていた。ゆっくり見る機会がなかったので気づかなかったが、腕も筋肉で一回り以上太くなっていた。

「……変化があるのは107だけではないということか」

 そう言って視線を向けたのは、コンテナの上でくつろいでいる107だ。どういうわけか獣耳は頭から消えていたが、モフモフとした髪の毛はそのままとなっている。


「……があぅ? シゴロ、なに?」

「いや、何でもない。そろそろ行くぞ」

 身体的な変化だけでなく、107は知能もわずかに向上していた。話せる単語が増えただけではなく、こちら側の会話に対し今まで以上に反応を示すようになった。


 107はコンテナから高く跳び、ストンと音もなく綺麗に着地した。獣のようにしなやかな動きを見るに、あの獣耳が消えても新しく得た身体能力は残っているようだ。

「シゴロ、オーカ。いく?」

「ここの用事は終わったし、次は八階層だ。これまでの以上の危険が想定される、二人とも気を抜くなよ」


 シゴロウの注意喚起に、107と桜花はすぐ肯定した。そして生きて研究所から脱出するため、次の試練ともいうべき八階層へ続く階段を登っていった。

 警戒はしつつも、シゴロウの中には少しの油断があった。八階層に登ってすぐゾンビと遭遇しても、今のメンバーならどうとでも対処できる自信があったからだ。


 しかしそんな甘い考えは一瞬で崩れ去ることとなる。八階層に登ったシゴロウたちの前に、最大の脅威ともいうべき存在がいきなり立ちはだかっていたのだ。

「……なるほど、これは冗談がキツイな」


 相手の名は管理番号106『デンジャー』。通称『重装騎士』が威圧感を放ちそこにいた。


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