第二十一話『107に起きた変化』
シゴロウは桜花へ、パンデミック発生時の顛末を話した。
107が冷凍処分されそうと知って動揺し、怒りに身を任せ暴走して動いてしまったこと。その結果パンデミックの一端となり、今の惨状が起きたのだと教えた。
迷ったがスーツ姿の一団のことは言わなかった。怪しくはあるが明確な証拠もないし、場合によっては一緒に行動していた桜花が気に止むと考えたからだ。
「……以上が、今回の事件で知っているすべてだ。好きに憎んでくれて構わない、それで桜花が納得するならな」
そう言って目を閉じ、桜花からの言葉を待った。どんな罵声を浴びせられるかと身構えるが、桜花はポカンとした声で返事をした。
「…………いや、何で私がシゴロウさんを憎まなければいけないんですか?」
「何?」
「確かにシゴロウさんの言う通り、107ちゃんを見捨ててれば今回の一件は起きなかったかもしれません。だけど二人の関係を見てれば、そんなの無理だって分かります」
桜花はシゴロウと強く目を合わせ、隠し事を暴くように語り掛けてきた。
「……たぶんまだ隠していることがありますよね。あんなに冷静に動けてたシゴロウさんでも、焦るしかなかった理由があるんじゃないですか?」
「それは……」
「詳細を話すって、約束してくれましたよね。もし私に対して罪の意識を感じているなら、それをすべて話してください。お願いします」
しばらく見つめ合い、シゴロウは根負けしてため息をついた。
確かにさっきの会話では、パンデミックの起きた状況しか語らなかった。無意識の内にシゴロウは自分が悪いと考え、事の発端の一因であるもう一人のことは言わなかった。
(よくよく考えれば、あのクソ野郎を庇う理由もなかったな)
そう考え、シゴロウは桜花へと上司である主任について付け足した。あくまで事実のみで、シゴロウに対する悪意という部分は主観的な感想なので大部分はぶいた。
すべてを話し終えると、桜花は無言で考え事を始めた。そしてうんうんと何か決意したように頷き、改めてシゴロウと向き合って言った。
「シゴロウさん、一つお願いしてもいいでしょうか?」
「む、何だ?」
「もしその主任って人がゾンビ化していたら、私に始末をつけさせて下さい。生きた人を殺すのは駄目ですけど、ゾンビなら構わないですよね?」
口調はお願いだがその声は有無を言わさぬもので、目の奥に宿るのは兄の死に対する静かな怒りだった。
気圧されたようにシゴロウが頷くと、桜花は納得して近づけた顔を離した。
お互い話すことも話し終え、無言の静寂が流れる。シゴロウはやれやれと呟き、背を壁からゆっくりと離した。
「では行くか。困ったことに、どちらもやることができてしまったからな」
「ですね」
「まずは姿の見えない107から探すか。そして全員集まってから、上の階層をどう攻略するのか決めるとしよう」
「はい」
桜花は未練を断ち切るように兄の部屋から視線を外し、シゴロウと共に元来た道を戻っていった。
名前を呼びながら通路を歩くが、107は中々姿を現さなかった。結局シゴロウと桜花は、狼男と戦った倉庫近くまで戻ることとなった。
「中を見てくる。危険かもしれんから、そこで待機していろ」
「……分かりました」
いつでも逃げられる位置に桜花を置き、シゴロウは恐る恐る倉庫内を覗いた。
暗闇の中からはぐちゃぐちゃと肉を貪る音が聞こえてきた。見逃していたゾンビかと考えるが、シゴロウはその考えはおかしいと思い直した。
(いや、さすがに倉庫の中に生きている者やゾンビなどいなかった。とすればこの音は、いったい何から発せられているのだ?)
銃でもあれば良かったが、弾切れで持っている武器はナイフぐらいだ。心細さを感じつつ刃を構え、音の出どころに気づかれぬよう静かに近づいていった。
「……がぁう? シゴロ?」
ある程度の距離まで近づくと、107の声が聞こえてきた。まだ姿は見えないが無事だったことに安堵し、シゴロウは一旦離れて倉庫の照明を付けることにした。
「スイッチは……、これだな」
パチパチと並ぶボタンを押していくと、倉庫内が少しずつ照らされパッと眩く光った。明るさに目を覆いつつ歩き、シゴロウはまた107の元へと戻り……驚愕した。
「…………は?」
シゴロウの視線の先で、107は狼男の残骸を食っていた。顔や身体には血がべっとりついていたが、そんなものはどうでも良かった。
何故か107の耳には、犬のような耳が生えていた。よく見てみると髪の毛の量が増えており、これまで見たことがないモフモフ具合だった。
「…………え??」
目の前の光景が理解できず、シゴロウは何度も目をこすった。だが107の姿は変わらず、食事を終えてにこやかにシゴロウへと駆け寄ってきた。
「シゴロウ、うま!」
「そうか、それは良かった……な」
いつも通り頭を撫で、ついでに107の耳にも触ってみた。付け耳の可能性も考えていたが、107の獣耳はしっかり頭から生えていた。
脳の処理が追い付かず、シゴロウは終始困惑していた。すると反応が無かったからか外にいた桜花が倉庫に入り、107の異常に気付いてシゴロウと同じように驚いた。
「え、107ちゃん。どうしたのそれ?」
「がー、がうっ!」
両手で頭から何か飛び出すジェスチャーをし、107は突如として耳が生えたことを伝えていた。桜花はその意思表示を理解し、シゴロウへと興奮気味に問いかけた。
「すごいですね、シゴロウさん! これもゾンビ因子の力なんですか?」
「え、いやなにこれ知らん。……すごっ」
未だ脳内の処理は追いついていなかったが、突然の獣化以外にも107には変化があった。それは元通りになった左腕で、最初から折れていないかのようにぐりぐり動かしていた。
「???」
シゴロウはゾンビ研究者として、不可思議な現象の連続に翻弄されるばかりだった。




