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第二十話『再会』

 しばらくして桜花は泣き止み、恥ずかしそうにシゴロウから離れた。涙で目元は真っ赤になっていたが、シゴロウを見上げる眼差しには活力が戻っていた。

「すいません。ちょっと情けないところをお見せしました」

「もっと泣いても構わん。今回は桜花がいなければ勝てなかったからな。これぐらいで力になれるのならば安いものだ」


 自然と頭を撫でそうになり、シゴロウは直前で止めた。今更ではあるが、女性の髪をみだりに触るのは褒められた行為ではないと思い出したからだ。

(107の頭をよく撫でていたから、感覚がマヒしているな)

 そう思い手を引っ込めると、桜花は柔らかく微笑んで言った。


「今なら構いませんよ。むしろ撫でれば特典がつきます。いつもよりポイント十割増しですよ? とってもお得です」

「……ふん、大人をからかうな。もう大丈夫なら、さっさと立て」

「ふふっ、分かりました。ただ腰が抜けちゃったので、手を貸してもらっていいですか?」

 シゴロウは桜花に手を差し伸べ、グッと引っ張って立ち上がらせた。


 桜花は何度か深呼吸をし、身体をぐっとストレッチした。そしてようやく緊張がほぐれたのか、普段通りの調子で辺りを見回した。

「改めて見ると、本当に私がこれをやったのかって驚きますね」

 これというのは通路に転がっているゾンビで、数は五体とかなりのものだ。預けた弾は決して多くなかったので、追い詰められつつも無駄弾を出さないよう心掛けていたのだろうと感心した。


「もしかすれば、桜花には銃を撃つ才能があるのかもしれんな」

「……止めてください。出来れば二度とこんな状況はごめんです。兄を連れて帰ったら、今度こそ平穏な生活に戻るんです」

「それもそうだな。……さて、これからどうするべきか」


 八階層に行く前に新しい武器を補充したいところだった。狼男戦で使用したグレネードランチャーは強力だが、取り回しや弾数に難があるので携行には向かない。

(とはいえ、一つぐらい奴の装甲を砕く武器は欲しいが……)

 奴というのは、十階層で戦った重装騎士だ。身に纏う皮膚の固さは相当なもので、強力な弾でなければ退けることすら叶わない。


 とりあえず倉庫の中を調べようかと考えていると、急に桜花が鼻に手を当てて周囲を見渡した。

「シゴロウさん、何だか焦げ臭くないですか?」

「……む、確かにそうだな。どこかで火事でも……そうか」

 ふと思い出したのは、狼男との戦いで爆発した部屋だ。ここまで窮地の連続で完全に存在を忘れていた。


(偶然とはいえ命を救ってもらったのだから、それなりに弔ってやるか)

 シゴロウは近くにあった消火器を拾い、桜花を連れて臭いの出どころを目指した。


 ふいの遭遇戦を警戒しつつ、シゴロウと桜花は黒く焦げた一室へとたどり着いた。中を覗くと火は収まっており、煙だけが薄っすらと立ち昇っていた。

「……なるほど、爆薬を使ったのはこいつか」

 部屋の奥にあった作業机の下に、一人の研究員が倒れていた。爆発の影響で身体は酷い状態だったが、顔はギリギリ見れる状態で残っていた。


(ずいぶんと若いな……。そういえばここ一週間ぐらい前に、下層に新しいメンバーが入ったとかいう通知が入っていたな)

 自室に転がっていた書類の内容を浮かべ、研究員の名前を思い出した。名前は確か『神東秋葉』といい、若くしていくつもの実績を出したと書かれていたはずだ。


「……む? 神東?」

 聞き覚えのある苗字は、部屋の前で待機させた桜花のものだ。嫌な予感がして振り返ると、桜花は呆然とした様子でシゴロウの近くにいる研究員を見つめていた。


「…………お兄ちゃん? お兄ちゃん!!」

 桜花は動揺して叫び、死体となった兄の前に膝をついた。肉体の惨状に桜花は吐き気を催すが、ぐっと耐えて兄の身体に覆い被さるようにして泣いた。


「……見張りはしてやる。落ち着くまで泣くといい」

 シゴロウは伸ばした手を引っ込め、二人だけにしてやろうと部屋の外へ出た。


 桜花の泣き声を背中に聞きつつ、シゴロウは近くに転がっているゾンビの顔を見た。どいつもこいつも見覚えがある顔ばかりだが、未だ確認するべき顔を二つ分見ていなかった。

(この階層に、夜子と主任はいなかった。となるともっと上の階にいるか、すでに地上へと逃げたといったところか)

 

 パンデミック発生時のことを考えると、夜子が下層にいない可能性はありえる。だが主任は十階層にいたので、まだ近くの階層にとどまっているのは確実だ。

(警戒態勢で各階の行き来が制限されていることを考えると、すぐ上の八階層……もしくは七階層辺りに移動していると想定するのが妥当か。生きていればの話だが)


 二度と顔も見たくなかったが、シゴロウは直感で主任と相対する気がしていた。その瞬間を思い浮かべて億劫なため息を漏らしていると、シゴロウの肩に疲れ切った様子の桜花が寄り掛かってきた。

「…………もういいのか?」

 振り返らずに言うと、桜花は力ない声で「はい」と返事した。


 部屋から出てきた桜花の手には、数枚の紙が握られていた。

「……これ、お兄ちゃんがゾンビに襲われる前に書いてたみたいなんです。ゾンビ研究に関することとか、家族への手紙とか色々ありました」

「…………そうか」

「爆発の煙が残っているってことは、ついさっきまで生きてたんですよね……」


 シゴロウが無言で頷くと、桜花はギュッと手紙を抱きしめた。

 あまりにも救いのない話で、シゴロウは発端の一因として心を痛めた。だがここで真相を語ったところで、事態は一切好転しない。むしろせっかく築いてきた友好関係を崩すだけだ。

 今は最善を尽くし、ひたすら前へと進むこと。……そんなことは分かっていたが、割り切れなかった。


「桜花、お前は今回起きたパンデミックに関して詳細を知りたいと願うか?」

「え?」

「知れば絶対に後悔することなる。それでも聞きたいというなら、今この瞬間だけ話すと約束しよう。……どうする?」

 シゴロウからの問いかけを受け、桜花は顔を俯かせた。そして言葉の意味を深く考え、決意の眼差しでシゴロウを見つめた。


「――お願いします。私はもう、何も知らないままではいたくないです」


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