第十九話『怪物を焼く銀の弾丸』
107と狼男の大立ち回りにより、倉庫内は見るも無残な惨状へと変わっていった。
戦闘の余波で辺り一帯のコンテナは破壊され、鉄組の棚が倒れ耳障りな金属音を響かせる。そして時間が経つごとに、散らばった食品や薬品の匂いが充満し始めた。
「ガロロロオオオオォォォォ!!!」
頼りの嗅覚が機能を失い、狼男は苛立ちのままに暴威を振るう。だが逃げに徹する107を捉えることは叶わず、繰り出す爪はことごとく空を切り続けた。
「がー、がうっ! がー、がうっ! ががう、がうっ!」
107は徹底してシゴロウが狙われないよう動き、一定距離を保って挑発を続けた。
暗闇のせいで視界が奪われているのは107も同じだったが、デンジャーとしての特性である『知性』を生かして戦況をコントロールしていた。
狼男は107の声に翻弄され、焦れた叫び共に攻撃を仕掛ける。107はそれに合わせて安全域まで下がり、再びつかず離れずの距離に居座った。
「がっがぅー、がっがう。がっがぅー、がっがぅ」
「ガグギギギ……ガラアアアアアァァァァ!!」
二度と狼男の攻撃が107に届くことはない。誰もがそう思えるほど107は場を支配していく。だが突如として、狼男の爪が偶然倉庫のシャッターを派手に切り裂いた。
照明の光が差し込み、倉庫内は微かに明るくなる。ようやく標的を認識した狼男は笑みを浮かべ、これまで余裕を見せていた107に近寄っていった。
「グッグッグ、ゴルルルルル」
「がっ……がうぅ……」
狼男は有利を示す威嚇をし、107は不利を悟って後退った。左腕を骨折しているということもあり、全力状態の狼男の攻撃を避けるのは困難だったからだ。
そうして両者の距離が近づき、戦闘が再開されると思われた時のことだった。
「――107、今すぐ下がれ!!」
倉庫全体に響く声で、シゴロウが107に指示を飛ばした。107は不安げな表情を一変させて笑みを浮かべ、一回の跳躍で数メートル後方まで下がった。
狼男はシゴロウの声に一瞬動きを止めるが、すぐに無視して107を追った。脅威になるのは目の前の相手だけだと、これまでの戦いを通して考えたからだ。
しかしその直後に、ポンという間の抜けた音が響き渡った。狼男が目線を音の方に向けると、弾丸より大きい何かが速度を上げて向かっていた。
とっさに腕を振るって飛来物を切り裂くと、中からは液体が飛び出した。液体は勢いを失わず狼男の身体に付着し、一瞬で体毛ごと肉体表面を凍らせた。
「ガッ、ガギャアアアアァァァッァァァ!!?」
突然のことに動揺し、狼男は身体をかきむしるように暴れた。だが事態を理解する暇もなく、続けざまにポンポンと音が鳴り続けた。
発射した弾頭が二発三発と着弾するのを、シゴロウはコンテナの上から眺めていた。
「効果あり……か、試射はまだだったが良い的があったものだな」
言いながら照準を定め直し、両腕で構えたリボルバー式グレネードランチャーの引き金を引く。無慈悲に装填した氷結弾を撃ち、狼男の巨体を氷で縛り付けていった。
「どうだ、狼男。これは対デンジャー用に作られた弾だ。用途通りなら無駄遣いということにはならん。たっぷりその身体で受け取るといい」
氷結弾の中身は酸素に反応する凍結材と、その効力を高める特殊な薬品だ。弾頭炸裂後、飛散した液体は数秒で液体窒素並みの威力を発揮して対象を凍らせる。
直接ではないがシゴロウも開発に関わっており、どれほどの威力があるかよく理解していた。
全弾で六発撃ち込むと、狼男の動きはだいぶ遅くなっていた。それでも無理に身体を動かそうとするが、氷結による影響で片腕の一部がバツンと弾けた。
「ふむ、やはりこれでも死なんか。大したものだ」
シゴロウは関心しつつ弾を入れ替え、通常弾ともいうべき火薬入りの弾を装填した。
狼男は必死に音の出どころを探し、コンテナの上に立つシゴロウを見つけた。そして獲物を殺そうと無事な足で走り出すが、シゴロウは逃げずに銃身を構えた。
「――悪いな。お前の動きなど、全部見えている」
冷静に告げて引き金を引き、グレネードランチャーから弾を発射した。着弾と同時に強い爆発が起き、凍って脆くなった上半身は血をまき散らして崩れていく。
狼男はバランスを失って転倒し、倉庫に散らばっている備品に突っ込んでいった。即座に起き上がろうとするが腕は動かず、また転ぶようにして床に倒れ伏した。
「ガッ、ガロロアアァ……!」
狼男は顔を上げ、これまで見逃していた最も恐れるべき存在を見た。そして後悔の念を抱いたまま、シゴロウの放った止めの一撃で頭部を焼かれ絶命した。
狼男が完全に停止したのを見届け、シゴロウはコンテナから降りた。その顔には大量の汗が浮き、口からは緊張を吐き出すように息が何度も漏れた。
「さすがに、もう動くまい」
弱点の頭部は破壊し、目に映っていた赤い光も消えた。ならばこれ以上攻撃を加えることはない。
思考を冷静にするよう心掛け、急いで桜花がいる倉庫の外へと向かっていった。
倉庫から出ると、通路には五体ほどゾンビが転がっていた。死体の列を目で追っていくと、通路の突き当りには震えながら拳銃を構える桜花がいた。
よほど怖かったのか目からは涙がこぼれていて、シゴロウの姿を見ても拳銃を構えたままだった。近づいても体勢は変わらず、目線はずっと通路の先を見たままだ。
「……桜花、もう終わったぞ。よく頑張ったな」
そう言って手から拳銃を取ると、弾はすっかり空になっていた。足元には同じく弾切れのサブマシンガンが転がっており、どれほどの窮地をくぐり抜けたのか嫌でも分かった。
「シゴロウさん……、私……生きてますか?」
「あぁ、ゾンビにもなっていない。まったく大したものだ」
ポンと頭を撫でてやると、桜花はワッと泣き出した。そして目の前のシゴロウに抱き着き、顔を押し付けて子どものように泣き続けた。
「怖かった……、怖がっだよぉ……」
「もう少し早く来れれば良かったのだがな、本当にすまなかった」
「うぅ……、うわあぁぁぁん」
桜花の声は大きかったが、姿を現すゾンビはいなかった。
シゴロウたちは全員で力を合わせ、狼男を含める九階層のゾンビ掃討を果たしたのだった。




